僕の猫舎

主に海外ミステリの感想を綴るブログです

『すねた娘(怒りっぽい女)』E.S.ガードナー【感想】理想の探偵であり上司

1933年発表 弁護士ペリー・メイスン2 大岡昇平訳 創元推理文庫発行

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    E.Sガードナーと言えば、推理小説界屈指の多作な作家です。多い時で年5冊ものペースでぼこぼこと作品を生み出した彼の代表的な作品群【弁護士ペリー・メイスンシリーズ】は、ガードナー自身が弁護士だったこともあり、その経験が色濃く反映された作品群になっています。

 

    1933年『ビロードの爪』で初登場したメイスンは、エキセントリックな女依頼人が絡んだ難事件を見事に解決しました。そして、興奮冷めやらぬうちに、またもや型破りな依頼人が弁護士事務所のドアを叩きます。本作も1933年発表なんですよねえ。ただただ凄い。

 

   『ビロードの爪』のラストで紹介された依頼人“すねた娘”の登場によって進みだす物語は、前作と違い王道のリーガルミステリ。弁護士にすら真っ正直に依頼しない捻くれた依頼人ですが、メイスンには全てお見通し。アッという間に、依頼内容の本質と目的を探ってしまいます。ここで事件が発生し、関係者が窮地に立たされるのもフォーマットどおりです。

    ここまでのスピード感が凄まじく、メイスンの推理同様に軽やかかつ流麗です。さらにドラマ仕立てかのようにスムーズな舞台転換と、一話一話に用意されたドラマチックな展開のおかげで、どんどんそのスピード感は増していきます。

    間怠っこい余計な挿話が全く無く、常に物語の解決にベクトルが向き、クライマックスである法廷での戦いまで一直線に進む力強さも魅力的なポイントです。

    また、弁護士ペリー・メイスンに対立する軸を、法の手を逃れ依頼人を貶める凶悪犯以外にも用意している点が上手いと思います。

 

    謎解きの山場でもある法廷での戦いでは、ライバル検事ドラムとの丁々発止のやり取りを中心に、巧みな弁舌で窮地をくぐり抜け、一発逆転の瞬間にまで漕ぎつけるメイスンの手腕を堪能できるに違いありません。そして、その終幕は、スリリングな現場検証や法廷劇を経てたどり着く静かすぎる無言の判決です。

    オーソドックスな推理小説では決して体感できない、法という名の牢獄に四方を囲まれた絶望感と、裁判という評決の場にある凍り付くような空気が見事に一体となり、物語は大団円を迎えます。

 

    オチだけは都合が良過ぎるきらいがありますが、シリーズの醍醐味でもある次回予告はバッチリ決まっているので、早く次作が読みたくなること間違いなし!

    法廷ミステリの入り口としても、万人にオススメできる作品です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    いや、もう二作続いてとんでもない女が依頼人。

    ただ、前作で上手く転がされたメイスンも、本作では序盤からかなりのキレを見せる。私立探偵ドレイクの使い方やライバル弁護士や関係者への狸っぷりも面白い。

 

    肝心の殺人事件に目を向けてみると、二階から呼びかけた被害者ノートンは、声だけで生きている姿は見られていないことから、すでに死んでいたと予想できる。ということは?クリンストングレイヴスの共犯、で間違いなさそう。共同経営者という立場上クリンストンの動機も予想しやすいし、目撃者のパーレイ判事が一度も被害者に会ったことが無い、というのも犯人たちにとって好都合で打算的な香りがする。

推理

アーサー・クリンストン&ドン・グレイヴス

 

    犯人当てと動機についてはほぼ満点。まあこれだけヒントが散らばっていたら、謎解きだけで言えば当たらなきゃおかしいか…ただ、解決(評決)までのプロセスとなると、そこは作者ガードナーの独擅場。

    犯人の嘘をどのように暴き、法廷という環視の中で真実を明るみに出すか、ドラマチックでスリリングな演出で構成された解決編は圧巻。これだけでも、今後メイスンものを読み続けようと思わせるだけの旨味が詰まっている。

 

    また、メイスンという探偵の魅力だけでなく、一人の人として魅力的な人物でもあることが確信できた。

    前作では程よいハードボイルド風味も見どころの一つだったが、今回は私立探偵ドレイクとの共同捜査(探偵術の奥義を伝授してもらう)は新鮮かつエキサイティングだし、新聞記者ネバーズを用いてのメディア操作も巧妙だ。法廷では、鬼神の如く攻め抜いた次の瞬間にはのらりくらり脱力して躱してしまう柔軟性を披露してくれるし、法廷外では、見習い弁護士エヴァリイに対して教育者としての温かく頼りがいのある姿も見せてくれる。理想の探偵であると同時に、理想の上司(味方でいてほしい)でもある男だった。

 

 

 

ネタバレ終わり

    弁護士ペリー・メイスンシリーズは全82作ということで、どこまで当ブログで紹介できるかわかりませんが、探偵そして上司としても理想の男メイスンと、魅力に溢れた係者たちがいるかぎり、是非とも読み続けていきたいシリーズではあります。

    と言いつつも次作(『幸運の足の娘(幸運の脚)』)は未所持。まだまだ『嘲笑うゴリラ』(第40作)は先になりそうです。

では!

『ホロー荘の殺人』アガサ・クリスティ【感想】傑作だけど好きにはなれない

エルキュール・ポワロ 中村能三訳 ハヤカワ文庫

 

粗あらすじ

長閑なホロー荘に集った、秘めた想いを抱えた登場人物たち。彼らが演じる悲劇を最前列で鑑賞したのは、名探偵エルキュール・ポワロだった。死者が口にしたダイイングメッセージが指し示すのは犯人かそれとも…

 

    事前に誂えたような劇場型の犯罪に、クリスティお得意のロマンスが加わること、それ自体は彼女の作品の中でも珍しい設定ではないのですが、全体的にドロドロとした複雑で険悪な雰囲気に満ちているのは異色です。唾棄すべき極悪人を扱った作品であればまだしも、それらとは一味違った悪意が感じられ、とにかく気持ちの悪さ、ぎこちない坐りの悪さを感じてしまいます。

    頁の大半が登場人物たちの心境や相関の描写に割かれ、それらがミステリを解くための重要な手がかりになっているのもいつも通り。ただ、登場人物の多くに好感が持てないので、読むのにはかなりの精神力が要されるのも事実です。

 

 

    欺しの天才であるクリスティは、読者の思考を逆手に取ったトリックを用いるのが常ですが、これは推理小説家としてのテクニックです。本作では、推理小説というよりも普通小説として、人物描写において読者の予想を裏切るような、また、求めるもの(ハッピーエンド)を敢えて与えないような、ある種の意地悪さが滲み出ているような気がしてなりません。

 

    ミステリを構成する要素を分解してみると、ダイイングメッセージに始まり、不可能犯罪偶然の要素を巧妙に絡めた重厚な作品だとわかります。

    ただスピード感が全くなく、探偵ポワロの指揮力も皆無、とくれば、知的遊戯としての推理小説も楽しみたい読者からしてみれば苦痛そのもの。登場人物へ共感できないことが多いため不満(というかモヤモヤ)が残る一作となってしまいました。

 

    以下余談です。

    クリスティの作品はある種のスターシステムを用いていると思っています。名前や容姿が違っていても、生まれ持った性質や思想が似通った人物が作品を超えて登場します。

    これを、自分はクリスティ劇場と(勝手に)呼んでいるのですが、彼、そして彼女たちは作品毎に立場を語り手、被害者、犯人、とコロコロと変え、見事に役を演じます。とはいえ全員が同じような行動をとり、同じ結末に到達することはありません。

    クリスティは、彼らの行動を人間の多面性を加味してパターン化し、それを登場人物の数だけ組み合わせ巧妙に物語を作り出します。ひとつの事象に対し、ポジティブにとらえるのかネガティブにとらえるのか、ロマンスで言えば潔く身を引いて諦めるのか、それともあらゆる手を用いて欲望を実現させるのか。どちらにも転び得るのが人間で、その人間らしさの複雑なコンビネーションが騙しのトリックの一つなのではないでしょうか。

    だからこそ、読者の人生観や恋愛観が彼らとビタッと合えば、登場人物たちの行動が透けて見え格段に難易度が下がる一方、自分が思うパターンの逆を突かれたときにアッと驚くサプライズに繋がるのです。

    さらに、これは作品の好き嫌いにもつながります。何が言いたいのかと言うと、自分が本作には合わなかった、ということ。少なくとも登場人物の行動に同調できず、むしろ嫌悪感が募る時点で、かなりしんどい読書でしたし、オチの性質上の問題もあります。

    間違いなくクリスティの作品群の中でも傑作の部類に入るハイクオリティな作品ですが、本作を語るのには、まだまだ自分はおこちゃまみたいです。

 

 

    今回≪謎探偵の推理過程≫はお休み。

    さんざんネガティブなこと言った後のフォローになるかわかりませんが、本作にはちゃんと「救い」も用意されています。決して好感が持てるキャラクターがいないわけではありませんし、コメディ要素も用意されています。

 

では!

 

『途中の家(中途の家)』エラリー・クイーン【感想】美しさと懐の広さが両立

1936年発表 エラリー・クイーン10 青田勝訳 ハヤカワ・ミステリ文庫発行

 

 

    『ローマ帽子』から始まる≪国名シリーズ≫をついに読み終え、お次は『災厄の町』以降の≪ライツヴィルもの≫への繋ぎとなる一作です。

探偵エラリー・クイーンがいるのは、ニュージャージー州会議事堂前のホテル。実在の場所が出てくるのが珍しくて、色々と画像を調べて回ったのですが、残念ながら現在は議事堂近辺にホテルは全く無し。さらに冒頭に登場する地名ラムバートンやキャムデン(カムデン)、デラウェア河などヒントに事件現場の特定に挑んでみたものの撃沈。ただ、議事堂の金の屋根の描写は現代のものとピッタリと一致します。

 

   話を元に戻すと、クイーンはホテルのバー・ルームで偶然旧友ビルと再会します。ビルは義理の弟ジョーについて何やら疑念を抱いているようで、エラリーとの親交を温める暇もなくジョーとの会見に臨むのでした。会見場所では読者の予想通り事件が発生し、エラリーの登場と相成ります。

    ここでエラリーが友人ビルのために一肌脱ぐ過程(描写)がかなりアツい。国内シリーズの前半では、探偵エラリー・クイーンのキャラクターは控えめで、謎を解明するためだけのデウス・エクス・マキナと化しているのですが、後半にいくにつれ心情や人間関係にも重きが置かれ、キャラクターものとしても楽しめる要素が増えてきます。本作でも、エラリーは友人の苦境に心動かされ、自主的に事件に首を突っ込んでいきます。(結局のところ、ビルの妹が関係者の中にいた、というのが大きかった気もしますが)

 

    肝心のミステリの中身で言えば、物語の中核をなすフームダニットを中心とした謎が秀逸です。ビルの置かれた状況や関係者の登場のタイミングによって、予想はつき易いかもしれませんが、あくまでも予想は予想。タイトル『途中(中途)の家』のとおり、全てにおいてどっちつかずで中途に留め置かれた状況設定と、明らかに曰くありげな物的証拠も見どころです。

    前者については、事件の心理的な側面と直結しており、後者はエラリー・クイーン(作者)が得意とする論理的で美しいパズルミステリの屋台骨になっています。数学的な美を備えつつミステリとしてバランスの取れていた前シリーズから一転し、心理・物理の両面で平均以上の水準をクリアした安定の一作として、また、捜査一辺倒な古典ミステリと違い法廷描写など読者を楽しませる小技も用意されているので、ミステリ初心者の方にもオススメしやすく懐の広い作品でもあります。シリーズ作品としての絡みはほとんどなく、登場人物もそこまで多くありません。キャラクターに目を向けてみても、探偵エラリー・クイーンとその仲間たちという構図で行動する、弁護士ビルと女性記者エラとのトリオものとしても常に読んでいて楽しいミステリでした。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    偶然にも、本作を読んでいたのはほとんどが、飲み会帰りの電車の中。適度に(時には過度に)お酒が入った中読んだので、探偵エラリーの友人を思う「アツさ」にウルウルきっぱなしの読書だった。ただ、酔っぱらっていたとはいえ、推理はそこまで難しくない。

 

    中盤の公判のシーンまで読み進めて、推理できることは、ギムボール派の誰かがルーシィに成りすまして、ガソリンスタンドを訪れ、目撃者を用意したこと。

    焦げたコルクの謎は全くわからなかったが、何かメッセージが書かれた可能性が出てきたので、まず間違いなく、アンドリアへの脅迫の手紙だろう。ジョーが殺された原因が重婚だと考えると、ここも騙されていたギムボール派の誰か、ということになる。

    重婚の被害者はジェシカだが、保険金の支払い問題を考えるとフィンチも怪しい。いや怪しすぎる。彼のオフィスでやり取りされた特注の煙草のエピソードや、エラリーに送られてきた煙草とマッチ箱の描写も怪しい。というか、マッチ、煙草、とくればそのまま事件現場の不可思議な謎ではないか。女装しても一言も声を発しなかったことも含めて、ルーシィに成りすましていたのは、グロヴナー・フィンチで間違いなさそう。アンドリアを拉致して命を奪わなかったのも犯人像と一致する。

 

推理

グロヴナー・フィンチ

真相

勝利

    動機だけは誤っていました。いの一番に保険金の受取人変更を知っていたので、最初っからギムボール家への義理が動機かと思っていましたが、それプラス、ジェシカへの愛もあったとは…正直ジョーが諸悪の根源じゃないかとも思うのですが、堂々と不倫や重婚をテーマにしてしまうところは、1930年代からずいぶん進歩(?)したなあと思わざるを得ません。

    ≪読者への挑戦状≫が付された作品の中では難易度が低い作品でしたが、中でも、脅迫文を書くために使った焦げたコルクの手がかりがそのまま、犯人が男性だと暗示している点(女性ならものを書くためなら口紅を使えばいいから)はさすがです。謎を覆い隠す手がかり、さしずめ二重の手がかりには一読の価値があります。

 

 

 

 

ネタバレ終わり

    他の方の感想でチラッと見た記憶があるのですが、本来本書って前書きがあるの?今回読んだハヤカワ文庫の旧訳版には無かったので、シリーズ順に読みたい方は新訳の方がエラリー・クイーンらしさがあって良いかもしれません。

    あと、オチに用意された“リップ”サービスも含めて、作者エラリー・クイーンがのびのびと書いた様が容易に想像できる作品なので、シリーズ順に読むのもおすすめです。

では!

 

『魔法人形』マックス・アフォード【感想】奥深いプロットとモクモク

1937年発表 数学者ジェフリー・ブラックバーン2 霧島義明訳 国書刊行会発行

 

    マックス・アフォードは初挑戦なので、まずは簡単に作者紹介から。

 

マックス・アフォードという男

    マックス・アフォードは1906年オーストラリア・アデレード生まれ。若くしてオーストリアを代表するラジオ局でラジオ・ドラマ制作で生計を立て、その実力は局のシナリオコンテストでも入賞するほど高いものでした。その後は劇作家としても人気を博して100を超える作品を世に送り出し、ラジオ・ドラマの製作は1000話を超えるほどだったと言います。

    そんな膨大なラジオ・ドラマに比べて、生み出した長編推理小説の数はわずか5作。“オーストラリアのカー”と呼ばれるほど密室と不可能犯罪をテーマにした作品が多いのが特徴です。

    そして彼が生み出した主な探偵は、数学者ジェフリー・ブラックバーン。論理的な“数学者”ほど探偵役に合う職業はあまりありません。引き締まった肢体にクールな表情と愛らしい灰色の目、35歳で数学教授の座に就き、かなりのヘビースモーカーで、チェスの名手でもある。と、多くの探偵の中でもなかなかのイケメン具合。クイーンやピーター卿、キャンピオン氏のようなスタイリッシュ探偵の仲間でしょう。

    残念ながら本作はシリーズ作品の2作目なので、できれば1作目から読んでみたいところです。

 

粗あらすじ

悪魔学研究家の屋敷で起こるのは、家族一人ひとりを象った不気味な人形にまつわる怪事件。

 

    コレだけでワクワクしてきます。この恐ろしげな空気が、作中の天候や、屋敷の様相、施設や設備の入念な設計との符合によって独特の雰囲気を醸し出しており、たしかにカーを彷彿させるだけのものはあります。

    探偵役ジェフリー・ブラックバーンは、警察から絶大な信頼を受けているようですが、1作目を読んでいないため多少の違和感は拭えません。また、ヘビースモーカー、という点以外飛びぬけたところはあまり多くみられませんが、“数学者”故の細かで論理的な思考が常に推理に活用されています。一方で多少怒りっぽいところが玉に瑕ですが…

 

    物語に登場するプロップ・木彫りの人形、そして殺害予告と言えば、クリスティの名作を否が応でも想像してしまいますが、本作はフーダニット一点に絞ることなく、ホワイ(動機)、ハウ(方法)、さらには包括的にホワット(何が起きていたのか)ダニットにまで範囲を広げて多彩な展開を見せます。これらのどこに重み付けがなされているかは、ネタバレのため省略しますが、これら多彩な謎の種類と構成に作者がある仕掛けを施しています。

    全体的に感じられる正統派な印象とは違う、攻めのスタイルで書かれた挑戦的な一作だと言えるでしょう。個人的には好きな作品です。

 

    一方で、ミステリ初心者うけはあまり良くなさそう。というのも、巧みに練られたプロットから導かれる真相や演出が実は作者の計算のうちだった、ということが、めちゃくちゃ気づきにくいからです。巧いけど地味。川相の送りバント…じゃないですね。あれは芸術なので。

    …とにかく、“オーストラリアのカー”の名に恥じぬ実力は発揮していますし、最後に待ち受ける“会心の一撃の破壊力も抜群。ミステリファンなら読んでおいて損はない一作です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    序盤から大好きな雰囲気。怪奇風の小道具に、私立探偵、摩訶不思議な密室、とミステリを彩る装飾に余念がない。

    密室も怪奇もたしかにカーらしいが、私立探偵との推理合戦もあるとすると、それこそアンリ・バンコランものを彷彿とさせる造り。

 

    ロジャーの死を経て、一度物語を整理してみると、ベアトリスを事故に見せかけて殺したロジャーが、復讐のために殺された、というのはアリか。そうなるとベアトリスの兄であるロチェスター教授が怪しく見えてくる。

    凶器のナイフが射出された可能性も提示され、密室のトリックにも光明が差す。そもそも礼拝堂のカギも屋敷の主なら合鍵ぐらい持っていても不思議ではない。

 

    決定的な証拠が無いまま物語が進むが第二の事件直前で、あきらかに怪しげな人物が…私立探偵ピムロットの、プレーター殺害は決定的では?頁169のピムロットによる一人二役はさすがに目立つ。

    また、終盤、密室トリックが機械仕掛けの凶器によってもたらされたものだとわかると、ピムロットのアリバイは崩れ、ほぼ決定的に。最後に明かされる遺言書の中身で動機も提示され謎解きとしては終わり。

 

推理

トレヴァー・ピムロット(アーサー・ハーバート・テンプル)

真相

勝利!

 

    「犯人あて」にだけ絞ってみると、実に簡単なミステリですが、再度サラッと読み返してみると、作者マックス・アフォードがどんな思惑でプロットを組んだのか朧げですがその形が見えてきます。

    まず、わかりやすいのは、一見すると密室トリックと関連付けたくなるアリバイトリックが、実はピムロットにとって想定外の事案だった点。ここは、私たち読者視点ですが、不必要なアリバイができてしまったがゆえに、物理的な密室トリックが解けた瞬間、唯一アリバイがあるピムロット(とジャン)が目立ってしまいました。しかし、ピムロットはここで自信をつけ、大胆かつイチかバチかの賭けに出ます。それが第二の殺人です。作中では見事探偵を騙すことに成功していますが、ここで用意されているのが、ひとたび見破ってしまえば犯人に直結してしまう“会心の一撃”になる手がかりでした(頁183)。しかもこの手掛かりの解説を最後の「余録(頁321)」で明かしてしまうのも憎い演出です。

 

    また、遺言状の隠し場所と付随する事件の全体像も秀逸です。外国に住む相続人による犯罪、というテーマ自体はありきたりなものですが、犯行後の計画まで完璧なミステリはありませんでした。ただ、これらの美点になかなか初読で気づきにくいのは難点。

 

 

 

ネタバレ終わり

    決して玄人向けということはないと思うのですが、初読時に感じる以上の奥深さがあるので、ある程度ミステリの形式や造りに慣れておくと、面白さが倍増しそうです。

    探偵ジェフリーも、推理しながら燻製でも作っちゃうんじゃないか、と思われる(作中にエピソードあり)ほど愛煙家探偵で、個性はバッチリ。未訳も含めて邦訳化が期待されるシリーズです。

では!

 

 

 

『ドラゴン殺人事件』S・S・ヴァン=ダイン【感想】次回に期待

1933年発表 ファイロ・ヴァンス7 井上勇訳 創元推理文庫発行

 

粗あらすじ

スタム邸の屋内プール、通称“ドラゴンプール”で飛び込み事故が発生した。凶報を受けて駆け付けたヴァンス一行だったが、被害者の影も形も無い一方で、紛うことなき伝説の巨竜の痕跡が見つかるなど、事件は混とんの様相を呈する。巨竜伝説の真贋と事件の真相やいかに。

 

    悪くない。導入部から、事件の展開もそこまで悪くない印象だ。前作『ケンネル殺人事件』ほど登場人物も少なくなく、人間模様も複雑そうで、誰が犯人でもおかしくない雰囲気がただよっている。特に異彩を放っているのがマチルダ・スタム夫人。彼女の精神を病んでいるかのような言動や妄想と本事件の背景が合致しているおかげで、作品としての一体感も生まれている

    また、このテの人物造形がどこかクリスティの作品にも通じるところがあるように思えるのは気のせいだろうか。一人の超個性的な人物に振り回される家族とその関係者たちという構図は、作者ヴァン=ダインが6作を書き終えて一度原点回帰を計った表れかもしれない。

 

    導入こそ立派で読者の興味を持続させそうな魅力的な着想だが、発展は実に稚拙だ。周辺地図ありきで決められているような事件の発展は単純につまらないし、そのつまらない手法を何回もくりかえすのだから逆に恐れ入る。ミスリードこそあれ、それすら数多の推理小説で目にしたありきたりな人物造形だ。では、ミステリ初心者なら楽しめるのかと問われれても答えはノー。「犯人当て」だけに挑んでみても難易度が低すぎる。誰がどう見ても怪しい人物が犯人で、それを隠そうとする手法がまたお粗末だ。というか隠そうとすらしていない。これくらいで読者を騙せると思っていたなら大きな間違いだろう。

    同年代に生み出された傑作たち(『エジプト十字架の謎』『Yの悲劇』『エッジウェア卿の死』などなど)と比べるのが気の毒かもしれないが、少なくとも、物理トリックやミステリとしての形式など有形的なものに囚われ過ぎて、人間や事件の心理的な側面を描くことを疎かにしているとしか思えない。この点は、各事件の登場人物だけに限らず、レギュラーキャラクターであるマーカム検事ヒース部長刑事、語り手のヴァンにも通じる。何作読んでも彼らの人間的な部分に触れることも、新しい発見も無い。常に型にハマった動きを延々と繰り返すだけで、ファイロ・ヴァンスという超人に蘊蓄を喋らせるための栄養を補給し続ける肥料に成り下がっている。唯一ドアマス医師だけは、登場する時間が少ないおかげか、たまあに出てくるとぐちぐち溢すのが面白い。

 

    先入観を抱かないようにとは思っていたが、贔屓目に見ても水準以上の作品とは言い難い。現時点で次作『カシノ殺人事件』までは読んでいるのだが、そっちは本作よりも面白かったので、好評は次回に持ち越し。

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    プールに飛び込んで消えた死体、という着想は立派。

可能性としては、

  1. 単純に被害者モンタギュが誰かを担ごうと画策し逆に殺された。
  2. 共犯者と協力して消失した→モンタギュ生存ルート
  3. 共犯者と協力して消失した→死亡ルート

 

    物語が進むと3は無いことがわかるが、問題はやはりどうやって消失したか。こっそりダムを通って消えたか、作中のエピソードにもあったインディアン洞窟への地下道のようなものが水中に設けられているかの二択だろうか。

    ドラゴンプールに落石があったことは、地下道を隠す目的だったとも考えられる。

 

    プールの水を抜く作業が終わり、結局地下道なんてものもなく、竜の蹄?の跡だけが見いだされる。ここまでが犯人の思惑だとすると、物理トリックについては行き詰まるのでここらで一度保留。

 

    犯人当てに取り掛かると、どう考えてもアリバイがないルドルフに注目せざるを得ない。酔っぱらっていた、というのは何の証拠にもならないし、ほかのメンバーが一定アリバイがあるだけに、いくらミスリードがあろうとも第一容疑者は動かない。母親であるマチルダがドラゴン伝説に固執しているのも何気にクサい。息子を守るためか?

 

推理

ルドルフ・スタム(酔っぱらったふりをして偽のアリバイを作る)

真相

    そりゃあ当たるよなあ。本作の難易度の低さはどうしようもないんですが、推理小説において、犯人が早々に分かってしまったからと言って面白さが大きく損なわれることは、あまりないと思っています。その分ホワイダニットやハウダニットに重きを置いていれば、十分読むに堪えうるわけですから。

    本作に欠けているのは、説得力です。とくに、一番怪しげな協力者リーランドが真相を見抜いていたのにヴァンスに言わなかった理由が「義理」だけでは弱すぎます。むしろ、真相に気づいたリーランドを退場させるくらいの力業できてくれたほうが良かったです。二人目のグリーフは、ただ物語を繋ぐだけの無意味な死で、死んでも死ななくても何の記憶にも残らないキャラクターなのでただただ可哀そう。

 

    アリバイトリックと消失トリック頼みなのに、片方がよれよれなので全体を支えることができなかった脆弱な一作です。

 

 

 

ネタバレ終わり

    当初はこんなに酷評するつもりは全くなく、むしろ6作しか作らないと言っておいて出した7作目にしては良いじゃん、と肯定的に書こうと思っていたのだがダメだった。前半でも言ったように次作『カシノ』は本作よりもドラマチックに、またサプライズもしっかり用意されているのでちゃんと好評できる…と思う…たぶん。

 

では!

 

『試行錯誤(トライアル&エラー)』アントニイ・バークリー【感想】奇想天外がぴったりな傑作

1937年発表 鮎川信夫訳 創元推理文庫発行

 

    また、とんでもないものを読んでしまった…恐るべしバークリー。

    う~んあらすじの中に展開バレを含みそうなので、恐恐としますが、とある人物が完全犯罪を目論むお話とでも言いましょうか。この、物語の筋が早々に明かされるため、一見ミステリのジャンルの一つである倒叙形式のようにも思えますが、そこはバークリー。そう簡単にはいきません。

 

    計画と挫折を繰り返す中で、殺人者としての矜持に磨きがかかり、段位が徐々に積みあがっていく過程には、ヒトが決して超えてはいけない壁を超えてしまう瞬間の恐怖を感じます。

    一方で、男の精神の中には、ある種独特のユーモアが混在しており、殺人という大罪を犯す当事者ながら、斜に構えた特殊なスタンスが奇妙な味を出しています。

 

    バークリーと言えば、オーソドックスな推理小説だけでなく、犯人の心理に軸足を置く作風も見どころですが、本作では、肝心要の部分が巧妙に隠されているため、読者ははたして額面通り犯人目線で読んでよいのか、それとも、シリーズ探偵であるチタウィックの目線で挑んだらよいのか、良い意味で宙ぶらりんの状況に留め置かれることになります。

    この中途半端な状況が、膨大な500頁超(文庫版)というボリュームの中で大部分を占めるにもかかわらず、ほとんどダレることなく物語が進んでゆくのは、主人公格の男の人間的な魅力のおかげでしょう。バークリー作品に登場する人物の中には、冴えない、女性不信の、金持ちの独身おじさんがよく登場します。本作でも同様なのですが、彼にはプラスαのエッセンスが備わっているため、そんな男が抱きがちな劣等感ではなく、正義感や愛を感じるのが不思議です。

    また、彼が本書で担う役割にも一捻り加えられています。立証できない殺人犯を演じるかと思えば、一方では巧緻な犯人としての顔を持ち、犯人の犯行を立証する探偵(助手)として汗を流した次のページでは、思い通りにいかず苛立ったり、予想外の展開に右往左往したり、とまるでコメディ俳優のような動きを見せます。

 

    さらに面白いのは、殺人犯の行きつく先=死に対する、犯人の捉え方がミステリに調和している点。普通の犯人は、真っ先に死を避けるために様々な策を弄しますが、彼の場合、敢えて策を弄さずに逃げの一手を打ちます。にもかかわらず、後半では彼の死への思いはぐるりと転換し、さらには多くの登場人物の思いを乗せながら「死ねない」「死なせられない」「死んでほしくない」「でも死んでほしい」とぐるぐると目まぐるしく回転しながら物語が進むことになります。そして、ここに読者が翻弄される最大の要素が詰まっているのです。ネタを割りそうなのでここらで退散…。

 

    本作以上に奇想天外という言葉がぴったりの作品はありません。冒頭でも述べたとおり、全編を通して作者バークリーの特殊な思想が根底を流れており、その水を吸収し育つのは、完成されたミステリなんかじゃなく、招かれざる闖入者によってぐちゃぐちゃに荒らされた怪作です。

    一方で、ユーモアいっぱいに描かれ、また、ヒロイックな物語でありながらシニカルな精神が詰まったバークリーらしさも満載なので、彼の発表した数少ない作品の中でも、まず間違いなく超のつく傑作であり、ATB級と言っても差し支えない一冊だと言えます。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    推理と言うほどのことはないのだが、本書の展開予想は大きくに分けられる。

  1. トッドハンター氏は女を殺したと証明し、誤認逮捕を阻止する(本書の筋通り)
  2. トッドハンター氏は女を殺したと思い込んでいるだけで、真犯人は別にいる
  3. トッドハンター氏は女を殺し、誤認逮捕を誘発させることで、同時に二人を殺そうとしている

 

    もちろん逮捕されたビンセントがそのまま犯人でも良いし、真犯人の目的が女優とビンセントの二人でも良い。

 

    バークリーの作風でもある「犯人を描く」手法を考えると、トッドハンター氏の胸中から探るに3の可能性も無きにしも非ずか。犯罪を訴える変人(しかも証拠なし)は、ビンセント弁護側からしても迷惑でしかない。

    しかし、それだと、トッドハンター氏とチタウィックの捜査描写は全て無意味だし、やはり2か。こちらはすんなり飲み込める。

    そもそも、殺害後、証拠隠滅(銃弾の回収や指紋消去)を行ったのが怪しい。とはいえ、主題は1なのだから、そこまで疑う理由は無いし、銃の交換のわざとらしさや腕輪の紛失の件は3を指しているようにも見える。巧いなバークリー。

 

    法廷に舞台が変わり、間違いなくトッドハンター氏が犯人になりたがっているのはわかるが、これでバツンと死刑になるのは可哀そう…どうなるのこれ。

 

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    トッドハンター氏が辿るブラックユーモアが利いたオチと、満足度の高いサプライズが用意された真相など、美点はもちろん多い。また、真相に対する説得力も十分備わっているように思える。終始、彼は誰かを殺さなければならないと感じているし、その使命を痛感するエピソードも前半部で盛り込まれているからだ。

    ただ、改めて読み返すと、この前半のエピソード自体が真相の巧妙な伏線であったことに気づき驚かされた。つまり、殺人を犯す必然性・必要性・正当性を持つ人物に成り代わり、余命幾ばくもない自らが罪を肩代わりをする、というトッドハンター氏の信念(プロット)は、既に事件の前に出来上がっており、第一部「悪漢小説風」全てが一つの伏線として機能していた。これは、ただの殺人者として死ぬというプロローグの会談とは全く違う内容である。それを、派手派手しい超個性的な被害者によって目くらましをかけ、トッドハンター氏という凡庸な殺人者との対比にクロースアップさせることで、真犯人を隠す手法になっているのは凄すぎる。

 

 

 

ネタバレ終わり

    善いミステリとは言えず、手放しで「面白い」とも言えるわけではありませんが、そもそもミステリを評価するための枠組みから大きく飛び出た奇作として、後世に伝えるべき、唯一無二の長編ミステリです。

    バークリーが出した長編ミステリはたった十数作で、本書はその中でもかなり後期にあたる作品。彼がミステリの中で書こうと画策した要素が全て詰まった集大成的な一作として、ぜひ多くのミステリファンに読んでいただきたい一冊でした。入手難易度だけでも、どうにかならんかねえ。

では!

 

『思考機械の事件簿Ⅱ』ジャック・フットレル【感想】失われた短編たちのご冥福をお祈りして

1906年発表 池央耿訳 創元推理文庫発行

 

    今年初の短編海外ミステリです。

    「二たす二は四、いつでも、どこでも、ぜったい四!」が口癖の≪思考機械≫ことオーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン博士シリーズ。やっぱり古典ミステリを読むと、心が洗われるというか、初心に戻れる感覚があるので良いですね。

    本書は日本独自編纂の短編集のため、収録作の発表年代もバラバラです。まだ未発表のものもあるらしいので早く全作読みたいなあ…と思っていた矢先!春以降に作品社から『思考機械【完全版】』が二巻分冊で刊行予定、との報が入ってきました。1冊6,800円というややお高い作品ですが、増税の影響が出る前になるべく手にしておきたいところです…いや、というか【完全版】は現代人に読みやすい新訳で刊行されるようなので、ひとまず旧訳の『思考機械の事件簿Ⅲ』までは読んでおこうかなあ…ゴニョゴニョ

 

各話感想

『呪われた鉦』(1912?)

    あえてどんな中編と言いたくない一作なのですが、Twitterで一時期流行った#でもよく目にした一作です。「○○」という要素を抜きにしても、短中編ミステリのATBに選出する読者がいるほど名作の中の名作と言えます。これは新訳で読んでみたいですねえ…

    表題の「鉦(しょう・かね)」はお寺にぶら下がっている鐘とは違い小型の皿状をしており、主に底部を叩いて鳴らす打楽器です。祭りやお囃子で用いられるコンチキをイメージすると良いでしょう。

    日本の小道具が登場する珍しい一編でありながら、ソーンダイク博士顔負けの科学推理小説としての側面も持ち、さらには羊の皮を被った狼のような曲者ミステリであるなど、間違いなく作者フットレルの代表作といって良い名作中編です。

 

『幽霊自動車』(1908)

    シンプルかつキャッチーな不可思議現象が題材の一作。前作『思考機械の事件簿Ⅰ』に収録されている『燃える(焔をあげる)幽霊』と似たタイプの短編です。

    結末はともかく、とにかくお化け屋敷の作り方が巧い結末はともかく、登場人物たちの掛け合いにもちゃんと温度があるので、恐ろしげな雰囲気にもかかわらず、結末はともかくどこか微笑ましく思えてしまいます。

 

『復讐の暗号』(1906)

    捻りはあまりありませんが、オーソドックスな暗号ものの秀作です。また、「暗号」そのものに仕掛けられたトリック以上に、登場人物自体に読者を煙に巻く仕掛けが施されている点も見逃せません。というか暗号自体が添え物なんですよねえ…恐れ入りました。

 

『消える男』(1907?)

    この短編集の中でも少し異質の作品です。毛色が違うというか、ブラウン神父っぽいというか…不可思議な事件自体にフィーチャーした一作で、また一つフットレルという作家の多才さを裏付けています。こちらもトリック云々より、斜め上を行くオチが印象的です。

 

『跡絶えた無電』(1908)

    船上というクローズドサークル内で行われる殺人事件です。船上のミステリというとクリスティの『ナイルに死す』やカーの『盲目の理髪師』、キングの『海のオベリスト』が思い出されますが、本作はそれらが発表される30年も前に発表されています。

    中身はやや小粒の感もありますが、フーダニットだけでなくホワイダニットにも重点置かれており、船長と一等航海士の熱い友情も見どころの一つです。

 

『ラジウム盗難』(1908)

    短編集には必須の盗難事件が登場です。さすがにトリックが陳腐なので、名作とは到底言えませんが、≪思考機械≫が関係者による事件当時の証言から論理的に真相に迫って行く部分はよくできています。また、ユーモラスなオチも魅力的。読者の追及の手をスルリと抜ける技量にニヤリとします。

 

『三着のコート』(1907?)

    本作を読むと、やっぱり書かれた当時の探偵たちは自ずとシャーロック・ホームズを意識して書かれていたのだと痛感します。

    あらすじは、見知らぬ男にコートを三着も引き裂かれて物色された男の話。摩訶不思議な状況と、真相、そして特徴的なオチにいたるまで、どこを切り取ってもホームズぽい。良いとか悪いとかはないんですが、もう少し≪思考機械≫らしさを期待してしまうのはしょうがないかもしれません。

 

『百万長者ベイビー・ブレイク誘拐』(1906)

    さる名作に対するフットレルのリスペクトの表れともとれる一編です。雪上の足跡の元祖的な作品としても、ぜひミステリファンには一読して欲しいところ。種々の要素と偶然の符合が重なった複雑なプロットも見どころの一。出来不出来ではなく、単純に「好き」な一編でした。

 

『モーターボート』(1908)

    ショッキングな発端に始まり、印象的な登場人物が配された殺人事件がテーマ。短編の中でスピーディーに二転三転させる手腕が見事です。古典の中で日本人が登場する珍しいミステリとしてもオススメできる一作です。

 

『百万ドルの在処』(1907?)

    嫌でも想像力を刺激する“失われた遺産”をテーマにした一作。こちらも似たような作品がホームズものの中にあった気がします。それだけじゃなく、解説のとおりアブナー伯父ものや、セイヤーズの短編、ポワロものの短編にもありました。

    フットレルが想定していたかどうかは不明ですが、“失われた”過程が描かれるシーンに不思議な空気感が漂っている(気の所為かも)ので、勝手に推理が飛躍して変な方向に行っちゃったのは反省です。

 

『幻の家』(1907)『嗤う神像/家ありき』

    解説によると『幻の家』というのは便宜上のタイトルで、メイ・フットレル夫人による前編『嗤う神像』が問題編。そして後編『家ありき』がジャック・フットレルによる解決編、と夫婦二人による連作短編の体になっています。

    正直「二人で話し合ったんじゃないの~?」と疑いたくなるほど、超自然現象を扱った雰囲気が絶妙にマッチしていて、解決もコレしかない!という見事なもの。

    夫人が書いたという先入観のせいかもしれませんが、前半部の細やかで丁寧な描写は、逆に脆く不安定な事件現場の恐怖を盛り上げていますし、≪思考機械≫に成りきった夫ジャックによる解決編では、推理ゲームの締めくくりの一文がオシャレに輝いています。

    世間から隔絶された、標識も外灯も無い辺縁の地なら、今でも十分起こり得る耐久性のある短編ミステリでした。

 

おわりに

    作者ジャック・フットレルと言えば、あのタイタニック号の沈没で命を落とした著名人の一人です。タイタニック号とともに海の底に沈んだ≪思考機械≫ものの短編も数多くあったようで、今春刊行の【完全版】ですら真の意味で完全とは言えないのは何とも寂しいかぎり。

    ≪思考機械≫自身は、ホームズを踏襲した超人探偵ではありますが、設定や特殊なサプライズの数々、トリッキーなオチは、フットレルが書いてこそのミステリです。【完全版】は少々お高いですが、皆で買えば家電みたいにいつか安くなるんですか?文庫化されるんですか?

    もっと多くの人に≪思考機械≫と出会う機会が増えますように。

では!