僕の猫舎

主に海外ミステリの感想を綴るブログです

『メインテーマは殺人』アンソニー・ホロヴィッツ【ネタバレなし感想】100年先も読まれ続ける等身大の超傑作

2017年発表 山田蘭訳 創元推理文庫発行

 

 

 2018年の海外ミステリランキングを全て制覇した『カササギ殺人事件』からわずか1年。またもやアンソニー・ホロヴィッツは怪物を世に解き放った。今度は、作者アンソニー・ホロヴィッツ自らがワトスン役(語り手)を担い、シャーロック・ホームズを彷彿とさせる探偵ホーソーンとタッグを組んで難事件に挑む。

 

粗あらすじ

老婦人が自身の葬儀を依頼した、まさにその日に殺された。非公式な立場で捜査に介入する元刑事ホーソーンは、親交のあった作家アンソニー・ホロヴィッツに、本件の作品化を依頼する。いかにも推理小説映えしそうな魅力的な題材に興味を魅かれ協力を始めるアンソニーだったが、一匹狼で他人と慣れ合わなず偏屈で傲慢で無遠慮なホーソーンとは中々そりが合わず捜査も本作りも難航してしまう。はたして、老婦人は何故その日に死ななければならなかったのか、そして本は無事完成するのか。

 

 

 『カササギ殺人事件』ではクリスティの再誕、そして『絹の家』ではシャーロック・ホームズの正当な後継者のお墨付きをもらい、今最も輝いている海外ミステリ作家と言っても良いアンソニー・ホロヴィッツ。そんな作者がこの度満を持して送り込んできた新シリーズの一作目、ということで否が応でも期待値は上がった。しかし、そんな世間の目も他所に、ホロヴィッツはいたって等身大のミステリを投げてくる。

 ミステリを生み出すにあたって、この「等身大の」というのがものすごく難しいことなのではないかと思っている。100年以上もの歴史を誇るミステリにおいて、数多のマニアたちを唸らせるミステリを書く場合、どうしても、読者の思考レベルの範疇を超えた、珍しくて、突拍子もなく、斬新なものを探したくなるのではないか。古典ミステリを読んでも、1900年代でさえ、当時最新の科学技術や毒物、舞台装置や移動手段等をミステリに絡めた作家は数知れず。むしろ、時代の移り変わりや進歩を作中に取り込み易いジャンルの最たるものがミステリだとも思っているので、ここに何の文句もないが、それでも、既存のものだけを用いてミステリを生み出すのは、現代ではかなり困難な所業だろう。それを本作では堂々と、また、フェアプレイを完全に意識した上で遵守しながらも遊び心も忍ばせつつ、論理的にも美しく完璧に仕上げてしまっている。文句無しの傑作、今年読んだ海外ミステリでもダントツの出来だ。

 

 ここまで抽象的なことしか言っていないので、ここからは「等身大の」というワードを中心にもう少し物語に踏み込んで書いてみたい。

 

語り手=作家

 本作でアンソニー・ホロヴィッツは、語り手としてではなく、作家アンソニー・ホロヴィッツとしての顔を見せてくれる。作家人生の変遷から、現在進行中の企画、家族構成や担当編集者との付き合い、また自身の担当したドラマや書籍の裏話まで(どこまで本当かはわからないが)赤裸々に披露してくれる。

 本作がこの手法を最大限かつ効果的にミステリに用いていることは言うまでもない。ひとつには、虚実の境目が限りなく曖昧になる点。

 普通あまりにリアルすぎるミステリを書くときには、大抵第一章が始まる前に「この物語はフィクションです」という注釈があることが多いが、本作にはそれがない。(リアル志向のF.W.クロフツの作品にはよくある)とはいえ、見過ごせない超有名な固有名詞や実在の作品がどしどし登場するので、読者は「え?これマジなの?どっち?」と毎回頭を悩ませることになるのだ。

 単純に推理パートは全てフィクションだろう。しかし、ホロヴィッツの書きぶりを体感すると簡単にそうは思えない。

 例えば、警察組織の内情を語る場面があったとする。ホロヴィッツは、ある場面では作家ホロヴィッツとしてドラマ脚本をブラッシュアップするための部材として/小噺の一つとしてその情報を読者に提供してくれる。一方で、元刑事ホーソーン周囲を描く場合には、警察の話とはいえ、ミステリにおけるミスディレクションにもなりそうな(気配がある)のだ。こうなると、同じように事実に見えていても、どこに仕掛けが施されているのか、全く推理できない。このような場面が多々あるのだ。作家と語り手の双方の役割を忠実かつ均等にこなしつつ、ここには全くムラがない。

 

語り手=作者

 もう一つ忘れてはいけないのが、作者ホロヴィッツが自ら語り手を担っている点。どんなミステリでも、語り手は信頼できないものである。作中で、語り手は都合の良い手がかりしか見ず、読者にとって都合の悪い手がかりは全て見落とすのが常だ。しかし、此度のホロヴィッツは、全てを見落とさない。語り手として一級品であるだけでなく、作者としても一切フェアプレイ精神を書くことはない。読者を恣意的にミスリードする過度な誇張や虚飾がないという意味でも等身大、本格ミステリのあるべき姿を体現している。

 もちろん、作者が語り手だからこそできる芸当もしっかり用意されている。これはオチまで抜け目なく整備されている。

 

 

 

 最後に、「等身大」とは関係がないが、どうしても古典ミステリとの対比にも思いを巡らしたい。

 手がかりの配置方法や細やかさ、行き届いた配慮は間違いなくエラリー・クイーンを思い出させる。自身の職業を生き生きとリアリティ溢れる筆致で描くさまはF.W.クロフツだろうし、作者が語り手、で言うと間違いなくS・S・ヴァン・ダインのオマージュになる。もちろん人間関係の綾を解き解す精妙な手法はクリスティのそれに近い完成度を誇るし、鮮烈でグロテスクにも感じる死の描写はカーに通じるものもあるかもしれない。探偵と語り手の関係は言わずもがなだろう。

 これは、良いとこどり、という意味では決してない。作者ホロヴィッツがわざわざ意識して書いたようにも感じないが、それにもかかわらず、ここまで名だたる推理作家たちの影を感じてしまうのはなぜだろうか。

 

 これはあくまでも個人的な体感だが、本書の特殊な手法でもある「作者=語り手=作家」が大きく影響しているように感じる。

 作中ではホロヴィッツは、作品を生み出すときの葛藤や挫折、作品の成功とそれによって得られる栄誉、また作家自身のプライベートを明かしてくれる。それらを読むとき、もしかするとクイーンやカーやクロフツも同様だったのかもしれないと感じずにはいられない。ホームズを生み出し、そして殺したくもなったアーサー・コナン・ドイルの苦悩や、6作しか優れたミステリは書けないと言いながらも12作書くはめになったヴァン・ダインの憂鬱が、作者ホロヴィッツの心情吐露の描写をとおしてほんの少しわかった気がする。等身大の一人の人間の姿を本を通して垣間見ることは、まるで往年の伝説たちの生き様までも写してくれているようで感慨深いものがあった。

 

 

 本国イギリスでは、すでに本シリーズの第二作が刊行済み、と聞く。

 本書には特段物珍しさはなかった。白眉のトリックがあるわけでもない。しかし、作者ホロヴィッツの、手がかりや物語をバラバラに分解し、再構築し、一つの画を創り上げる技量の高さは、まさにホームズ級。つまり、間違いなく後世に100年を超えて伝わるであろう大作家だ。ぜひとも東京創元社には、これからもどんどん邦訳化を進めてもらいたい。

 

では!

 

メインテーマは殺人 (創元推理文庫)

メインテーマは殺人 (創元推理文庫)

 

 

 

『死が最後にやってくる』アガサ・クリスティ【感想】女王にナメられている

1945年発表 歴史ミステリ? 加島祥造訳 ハヤカワ文庫発行

 

 一つ言えるのは、古代エジプトミステリ……ではない、ということ。

本書の事件は紀元前二千年頃のエジプト、ナイルの河畔にあるシーブズ(古代エジプトの都市でいまのルクソール)で起こります。といっても場所も年代も物語自体にとっては付随的なもので、どこの場所でいつ起こったとしても構わないものです。

引用:ハヤカワ書房 加島祥造訳『死が最後にやってくる』

 

 これは、本書冒頭に書かれた「作者のことば」からの抜粋です。

 この「ことば」どおり、本書の舞台は古代エジプトですが、物語はいつものTHE・クリスティ風の味付けです。だから、本書に摩訶不思議な古代エジプトの秘術や儀式、ミイラ、ピラミッドに待ち受ける死の罠なんかを期待するのがお門違いというもの。古代エジプトという魅力的な武器を手にしても、それを必殺の凶器として用いないところには、クリスティの凄味を感じます。

 一見、傲慢にも写る家長イムホテプを中心に、歪で軋みながらも回っていた歯車が、ある妖女の登場でボロボロと崩壊していく様子も、女史のいくつかの長編を思い起こさせます。しかし、この後からが違います。絶対的な法秩序も整備されていない封建的な古代エジプトで、タガが外れたように暴走する冷血な犯人が鮮烈です。それも生まれながらではなく、家族という樽の中で醸成された濃厚な悪意が横溢し爆発する恐怖が、全編に満ちています。

 他人の秘密を暴くことに生き甲斐を見出す身も心も醜い召使い、自身の夫に権利と名誉を相続すべく諍い続ける性根の曲がった女たち、頑固で傲慢で独裁的な家長、まるでこの世が自分を中心に回っているかのように錯覚する不遜な青二才などなど、それこそ現実に相対すると、恐怖を感じるような登場人物の設定は、クリスティにしか創造できないものです。

 そして彼らが生み出す殺人という化学反応は、トリックや怪奇や歴史物にとらわれない柔軟な発想と、人間の性を熟知したクリスティのなせる業。

 

 

 本書の解説で小説家の深堀骨氏は、本書の魅力的な舞台設定を引き合いに出し、こう語っておられます。

仮にエラリー・クイーンが書いたとしたら、その時代にしか成立しないトリックを考え抜き、お得意の言語と論理の遊戯に耽ったろう。ジョン・ディクスン・カーが書いたとしたら、怪奇趣味たっぷりに道具立てに凝りまくり、大時代な活劇に仕立てたろう。F・W・クロフツは書かなかったろう。

 最後の一言には声を出して笑いましたが、完ぺきに的を得ていると思いました。カークイーンがミステリという一大ジャンルに果敢に挑み、正々堂々と真っ向勝負を仕掛けていたのに対し、クリスティは「ミステリ」のその向こう側にいる「読者」に対して仕掛けてきます。

 解説でも「ナメた態度」と揶揄されてますけど、これも案外間違いはなさそう。まぁミステリではなく読者に対して、だと思ってますが。

 本書やポワロものの『愛国殺人』を読むと、ちょっと尖ったことや物珍しいエッセンスを加えるだけで、どんどん本を買ってくれる読者を、暗に皮肉ってるんじゃないか。また、そんなナメた態度でもなお作家として活躍できる現状や、ポワロがもたらしてくれる富と栄光も他人事のように小馬鹿にしていたように感じます。

 そう思い込んで最初の「作者のことば」を読むとまた憎たらしいんですよこれが。

 上記は、あくまでも個人の妄想です。クリスティがどんな思いで書いていようと私たちが何を目当てでミステリを読もうと、「みんな違って、みんな良い」本書もまたシリーズでも無し、個性的な探偵がいるわけでもないので、好きなタイミングと順番で読んだら良いし、逆を言えば読まなくても良い。そんな一作。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 「作者のことば」で細かく季節のことや代名詞の取り扱いについて語られていたので、どんだけややこしいんだ、と構えていたが、何のことは無い。いつも通り、ドロドロとした人間ドラマが中心のミステリ。

 

 薄氷を踏むごとくギリギリで均衡を保っていた家族が、異国の美女ノフレトの介入で一気に決壊する。案の定、ノフレトは死ぬが、彼女を殺す動機があったのは、息子のヤーモスソベクイピイ。そして彼らの妻サティピイカイト

 ホリとレニセンブのロマンスは全然ミステリに要らないのでここでは除外。

 局外者の立場で問題の家族を眺めるホリの助言は手がかりになりそうだが、容疑者であるソベク、サティピイが死に、ヤーモスの息がかかったであろう少年も死ぬと、犯人はヤーモス一択に。トリックらしいトリックもなく、手がかりは全てヤーモスを指している。

 

推理

ヤーモス

 

 もちろん正解。

 改めて読み返すと、やっぱりいつも通りのクリスティ劇場ですよね。

 実は今、ちょうどクリスティに登場するキャラクターたちを、特徴や属性ごとにまとめる作業をしていまして、クリスティの用いたスターシステムを一覧にしてみようと思っています。

 過去作ももう一度見返さないといけないので少し時間がかかると思いますが、形が成ったタイミングで公開してみるつもりです。何の目的?と聞かれると何の目的もないんですが……。

 

 最後にタイトルについて少しだけ。

 『死が最後にやってくる』と聞くと、誰しもがネガティブな感じ、誰か・何かの死がオチになっていると思い込みますが、些細だけどもコレまたクリスティの罠の一つ。本書のオチはそれのまるっきり反対で、レニセンブがホリに対して「死ぬまで、一緒に生きたい」と願うポジティヴでロマンティックなものでした。

 こんなとこでサプライズしなくてもねえ……。これも真面目に読んだ読者をヒラリと躱すクリスティの心憎い小技なのかもしれません。

 

 

 

 

  ネタバレ終わり

 前半部の感想では色々言いましたが、結論、クリスティがミステリの女王なのは大正義ですし何の異論もありません。

 本書と同年には、超のつく大傑作と言われる『春にして君を離れ』も発表されており、クリスティにナメられた(妄想)仕返しをしようとすると、たぶん痛いしっぺ返しをくらうんでしょう?今から楽しみです。

では!

 

死が最後にやってくる (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

死が最後にやってくる (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

 

『ギルフォードの犯罪』F.W.クロフツ【感想】等身大で原寸大の身近なミステリ

1935年発表

フレンチ警部13

前作『サウサンプトンの殺人

中山善之訳

創元推理文庫発行

 

 

    宝石商ノーンズ商会の役員会議から始まる本書は、作者F.W.クロフツがアリバイや鉄道に並んで得意とする企業犯罪がテーマの骨太な一作。

 

    関係者の死と大量の貴金属の盗難というたった二つの謎が出揃うまでは、僅か50頁。早々にフレンチ警部が登場し、スピーディーに捜査は進行する。メインの謎はたった二つだが、それらを解明するためにフレンチ警部がとる捜査方法は手が込んでいる。「初動捜査」に始まり「化学分析」「法医学」「アリバイ」と続く章立てを見れば明らかだ。

    もちろんこれだけではない。狡猾な犯人が仕組んだトリックを暴くため、フレンチ警部はありとあらゆる人脈・道具・推理を駆使し真相に迫って行く。

 

    本作は400頁近いボリューミーな長編で、全編にわたってフレンチ警部の停滞感や焦りが滲み出ている。しかし、読者にとっては一つひとつの警察の捜査が面白く、さらには、謎の解明のため着実に前進している、という手ごたえがあるので、頁数ほどのストレスは感じられない。まあここまでフェアだと、犯人当てにも苦労しないので、つまらない、という一面もあるにはあるが……。

 

    また、フレンチ警部と上司や部下との会話には、常にフレンチ警部らしさ/彼の優れた魅力的な人柄が出ており、シリーズものとして/またリアルな警察小説として読む価値は十分あると言える。

   

    しかし、純粋なミステリとして眺めてみると、首を傾げたくなる部分もチラホラ……。

    まず、先述のように警察のリアルな捜査を追体験する警察小説/企業の計画された犯罪を記録する犯罪小説、以外の魅力が乏しいこと。

    これは、クロフツの作品にはよく見られることだから、今更鬼の首をとったように指摘するまでも無いのだが、本書のような系統の作品(『製材所の秘密』『フレンチ警部と紫色の鎌』)と比較しても差があまりない。むしろ、作者クロフツの作家としての熟練や、フレンチ警部の成長物語、準レギュラーたちの友情出演など、シリーズものの楽しみ方を知っている読者意外には、ミステリとしてオススメできる根拠は無い

    同じ企業犯罪をテーマにしていても前作『サウサンプトンの殺人』や次作『ヴォスパー号の遭難(喪失)』の格段に上なので、クロフツ愛なくしては読めないのが正直なところ。逆に言えば、クロフツLOVEな私はシンプルに大好き!手放しで面白い!と言える一作だった。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    淡々と、スピード感を保ったまま物語が進行する。一つ言えるのはスローリーが悪そうな奴ってこと。そのほかは推理も何もねえなあ……。

    被害者のミンターが死ぬ前にこそこそと動いていたのは、替え玉を疑わせるし、スローリー、シーンライドの協力関係が明らかになるとほぼ推理については完成。

 

推理

レジナルド・スローリー

ヘンリー・シーン

ランバート・ライド

 

    うんうん。

    謎解きの面白さは皆無と言っていいが、ミスリードというか、偽ミンターのグラスに付いた指紋の謎はなかなか良くできていると感じる。

    ミスディレクションでもあるノーンの行動には、普通の人間だったらそうするだろう、というリアリティがあるし、真っ正直な人間を、化学分析と心理分析によってシロだと推理する警察諸氏の活躍も見事。

    あと、飛躍した推理や、目撃者だけで推理を組み立てるのではなく、被害者のカラー(襟)についた扮装したライドの指紋という決定的な物的証拠を用意しているのも上手。

    最後の逃走劇はやや弛むが、宝石の隠し場所についての小ネタがあるなど、クロフツがかなり注力して書き上げたことは容易に想像できる。

 

 

 

 

 ネタバレ終わり

    たしかに本書には、アッと驚かされるようなサプライズは無いし、探偵を手玉に取る悪のカリスマがいるわけでもなく、いたって等身大で原寸大の、事件・被害者・犯人・動機、そして解決があるのみ。しかし、その物語を紡ぐ正義を背負った警察官たちと平和を願う市民たちの、生気あるドラマはクロフツ作品の最大の特徴であり魅力でもある。

    自分たちの住む隣町でいつ起きてもおかしくない、リアリティあるミステリなので、「つまらない」とは言わずぜひ手に取って読んで欲しい。

では!

 

ギルフォードの犯罪 (創元推理文庫 106-24)

ギルフォードの犯罪 (創元推理文庫 106-24)

 

 

 

『人形パズル』パットリック・クェンティン【感想】難易度?サプライズ?そんなの関係ねえ!

1944年発表 ピーター・ダルース3 白須清美訳 創元推理文庫発行

 

人形パズル (創元推理文庫)

人形パズル (創元推理文庫)

 

 



    演劇プロデューサーのピーター・ダルースを主人公とする通称パズルシリーズの第3作。前作前々作と傑作続きのシリーズですが、本作の評判はイマイチ……と聞いていました。いやいや誰だよ「イマイチ」みたいな評した人……気のせいかもしれんな。

 

    本作が発表されたのは第二次世界大戦真っただ中の1944年。舞台もアメリカ西海岸のサンフランシスコ。さらに主人公ピーター・ダルースは演劇プロデューサーではなく海軍中尉として登場します。長期間の海上勤務が終わり、ようやく愛する妻との甘い時間を過ごせると思いきや、静養のため訪れたサウナで事件に巻き込まれるのでした。

 

    あらすじのとおり、オーソドックスな巻き込まれ型探偵として活動を始めるピーターですが、その後の展開は全く定石どおりに行きません。良い意味でも悪い意味でも、巻き込まれプラス探偵ではなく、オンリー巻き込まれのまま突っ走るため、事件の捜査が着実に進んでもピーターとアイリスの状況がひとつも好転しないのには苦笑させられます。

    そもそも、素人探偵には荷が重すぎるのも確か。アンコントローラブルな酔っ払いに冷酷な暗殺者という傑出した人物たちを相手に、いち軍人で元演劇プロデューサーのピーターが何かを成し遂げようとするのが無理というものです。一方で、そんな苦境の中でも必死に抗い、死神の魔手を食い止めようとする姿には好感が持てますし、多少他力本願的なところがあるとはいえ、彼の原動力が妻とのスウィートタイム、というのも人間らしい探偵を主役にした本作の魅力です。

 

    もう一つ舐めてかかってはいけないのは、本作の根幹に仕掛けられたある趣向です。これは今までのパズルシリーズにも仕込まれていた要素でもあるのですが、本書ではその傾向が顕著に働いています。そして、前作、前々作に通じてあったサスペンスフルな空気が鳴りを潜め、ファース味が強まったドタバタ喜劇的な作風になっているのも特徴と言えるでしょう。

    戦争状態かつ事件の中枢まで巻き込まれた状況だからこそ生じるドキドキ感があまり感じられないのは、肩透かしですが、オーソドックスな展開の中で芯を外したような変化球的な面白さは間違いなくあります。また、“赤い薔薇”“白い薔薇”といった否が応でも脳内で色付きで再生してしまうような印象的なワードが多用され、それがちゃんとミステリに密接に繋がって無駄になっていないところにも作者の巧さを感じます。

 

    あと、注目したいのは、終盤1章丸ごと費やして書かれたある記述。解説でミステリ評論家の佳多山大地氏が述べられているように「本作の難点」と思われる読者も多いかもしれませんが、ここは否と声を出して言いたい。

 

否!

 

ここらへんはネタバレになりそうなので後半で。

 

    一応パズルシリーズというシリーズものの第3作なので単体でオススメできる代物ではありませんが、第1作『迷走パズル』第2作『俳優パズル』ともに超のつく傑作ミステリだと思っているので、是非とも順番にチャレンジして欲しい作品です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    冒頭からアイリスといちゃつきたがるピーターにニンマリ。

    被害者を狙い、ピーターの服を盗んで成りすました「舌足らず※の男」が犯人なのは間違いなさそうだが、はたして本当に「舌足らず」なのか。わざと印象付けているような気もする。

※原文のまま使用しています。

 

    リーナを殺した男が舌足らずでなかったことから、その可能性も高まる。

    そして中盤以降、ムショ帰りのローズ兄弟いう悪漢が、復讐のため3人の女と象の命を狙っていることが明らかになると、犯人は決定的に。

    しかしそれも酔っ払いエマニュエル・キャットの記録頼み。う~む、彼は登場人物一覧にも載っていないし、〈緑のキモノ〉でのアリバイもあるし犯人ではないか。あと、一覧に載っているアナポッパウロスはどう物語に関わってくるのか。

    わからん!!!

    ふつーにローズ兄弟じゃねえの?

 

推理

ローズ兄弟

真相

偽ハッチ&偽ビル 

え、あ、で、ですよね~……(^^;そりゃあそうですよねえ……。

 

 

    何百冊海外ミステリを読んでもそんなの全然関係ないってことですね。他の方のレビューを見ていると「真相がまるわかり」「サプライズが全くない」などかなり真相は見え見えなミステリなようで……自分が全く当てれなかっただけに、ミステリを読む楽しさは十分味わえました。

    ただ、冷静に考えてみると、たしかにサプライズを演出しようと思うと、ハッチとビルにその任を担ってもらうしかないってのは頷けます。

 

    最後に問題の17章について少しだけ。多くの博識な読者は、17章のエマニュエル・キャットの犯罪記録が明かされる前に真相にたどり着いていることでしょう。しかし、再度犯罪記録と偽ハッチ&偽ビルの記述を読み返してみるとあることに気づきます。

    著名な評論家に異論を差し挟むなどおこがましいことですが、解説の中でこの17章は、シャーロック・ホームズの長編作品群に登場する2部構成と比較されています。しかし、該当章は事件のバックグラウンドを描くためではなく、間違いなく謎解きのメインを担うれっきとした解決編です。

    例えば.記録の中では、二人が暗殺したジーノ・フォレッリ(芸名〈紫の薔薇))とローズ兄弟の兄で全ての計画の立案者でもあるブルーノ(芸名〈白い薔薇〉)との軋轢や事件の経緯が書かれますが、ここで登場する色(紫と白)は、物語の冒頭、偽ハッチの初登場シーンで彼が来ていた衣服の色になっており、犯人を暗示させるヒントとなっています。

    また彼らの身体的な特徴(筋骨隆々な体や太く逞しい足)はことあるごとにピーターの目を通して読者に明かされ、ただの私立探偵以上の存在であることが仄めかされていました。(頁26・93)

    このようにやや遠回しではありますが、窮地を救うヒーローとしてピーターに近づき共に行動することで彼を誤った方向に導くことができたのは、ハッチとビルだけだ……ってのに気づきそうなもんなんですけどねえ。

   

    最終盤、実際にピーターとアイリスに道化に化けた本物のローズ兄弟(道化メイクでハッチとビルとは気づかない)を追わせる演出も、ミスディレクションの観点から素晴らしい工夫だと思います。

 

 

 

 

 ネタバレ終わり

    多くのレビューを見る限り謎解きとしては物足りず、難易度の低い一作のように思っていましたが、その一点だけでミステリは評価できないはず。

    作者パトリック・クェンティンの演出力の高さは文句の付け所がありませんし、ピーターとアイリスのドタバタとした喜劇的な逃避行もスピード感があって面白かったです。

では!

『探偵術教えます』パーシヴァル・ワイルド【感想】万人にオススメできる自信作

1947年発表 通信教育探偵ピーター・モーラン 巴妙子訳 ちくま文庫発行

 

    ニューヨーク生まれの奇才パーシヴァル・ワイルドが1947年に上梓した、抱腹絶倒の連作短編推理小説。作者の実体験?を元に生み出された素人迷探偵Pピーター・モーランが作中を所狭しと駆け回り、搔き乱し、暴れ狂う。

    P・モーランはマクレイ家のお抱え運転手でありながら、通信教育で探偵講座を受講中。探偵通信教育学校の“主任警部”とは電報でやり取りをしながら、学校の専用テキストを購入し探偵術を学んでいます。そんなモーランの周りには、不思議と事件の方から集まってくるのですが、そこはモーラン、いっぱしの探偵気取りで学んだばかりの探偵術を駆使し事件に首を突っ込んでいきます。

    その暴走と、騒動そして解決まで容赦なくコメディをぶっこんでくるあたりは、劇作家としても客を楽しませる術を心得ていたワイルドらしい筆致と言えます。

    以下各話感想ですが、お堅い論理的な思考で頭を悩ますような推理小説では決してないので、気楽な気持ちで手にとることができるはずです。ただ、ほのぼのとしたユーモアミステリとはいえ、暴走する素人探偵がどうやって難事件を解決するのか、という常人では決して到達しえない/死角からガツンとくるタイプの/オフビートなサプライズがあるので、ある種の驚きがあるのは間違いありません。もっと多くの人に読まれて良い名作短編集です。

 

『P・モーランの尾行術』

レッスン1:身近な親類や友人を尾行することでそのスキルを磨くべし。

    モーランは主任警部の教示どおり、意気揚々と、街で見かけたイタリア人の尾行を開始するのですが……

    本書の裏表紙にも細かくあらすじが書かれているので物語のネタは省略しますが、なにより面白いのは、主任警部とモーランの意見の食い違い/勘違い/行き違いによっておこるハプニングの数々。簡単に言うとアンジャッシュのネタを思い浮かべてもらうと解り易いハズ。本作でハマればどんどん次を読みたくなること間違いなし。

 

『P・モーランの推理法』

レッスン2:「職業の特徴」を捉え、一目見ただけでその人物の職業を判断すること。地下鉄で向かい側に座った人物で試すべし。

    本作でも、主任警部の真意を汲み取れずに盲目的に突っ走るモーランに笑いをこらえることができません。モーランが見出したバイオリン弾きの屠殺業者(!)の男はいったい何者なのか。痛快なオチと、笑いの解っている主任警部のユーモアも見どころです。

 

『P・モーランと放火犯』

レッスン3:「ホテル探偵の仕事」を学んだ後、「強盗・中級」「上級」へステップアップすべし

    タイトルを見てもらうとわかるように、主任警部とモーランの向いている方角が最初っからバラバラなのが波乱を予感させます。本作ではモーランの一面でもある「女好き」なところが事件を拡大させてしまうポイント。商売上手かつ探偵としても有能な主任警部をガン無視して突き進むモーランも面白いのですが、なんといっても最高なのは強烈なオチ。頭を抱える主任警部が容易に想像できます。

 

『P・モーランのホテル探偵』

レッスン4:「ホテル探偵」の項を受講後10のホテル探偵の仕事についての質問に答えよ

    本作ではなんとモーランは実際にホテルの経営者からホテル探偵として雇われます。ついにレッスンの成果を見せることができるかと思いきや……もちろんそんな簡単に事は治まりません。モーランと主任警部の溝が良い意味で深まり、時にモーランが主任警部に対してマウントをとるようになるなど人間関係の変遷も見どころです。

 

『P・モーランと脅迫状』

レッスン5:筆跡や紙質、インクなどを注意深く観察し匿名の手紙の差出人をつきとめよ。

    ここまでくると、主任警部に対するモーランの揚げ足取りも堂に入ってきます。本作でも脅迫状の捜査のため雇われるモーランですが、終始ちんぷんかんぷんなことを言っているようで、実は(独力ではありませんが)徐々に真相に近づいていくなど、本書の中ではミステリ色も強い一編です。

 

『P・モーランと消えたダイヤモンド』

レッスン6:ダイヤモンドを探す旅に出る時は教えなさい

    冒頭から激しさを増す二人の舌戦が見事で、問題児を抱えた先生の苦悩が手に取るようにわかる作品でもあります。中身はタイトルどおり、モーランが依頼された消えたダイヤモンドの行方なのですが、解決には多重解決ものの趣向が凝らされ、さすがワイルドと唸らされます。

 

『P・モーラン、指紋の専門家』

レッスン7:「女強盗とその手口」を勉強しなさい。好きでしょう?

    これぞ連作短編集と拍手したくなる名短編が登場です。指紋について勉強したがるモーランをよそに、小ばかにする主任警部が笑えますが、巧妙な伏線、大どんでん返しが用意された珠玉のミステリとしても見逃せない一作です。

 

『P・モーランの観察術』

補講:人間観察の重要性を学びなさい。

    本書の中では「補講」と名付けられているだけあって、少し毛色の違う異色の短編です。もちろん、モーランを中心としたドタバタコメディはあるのですが、本作にはもう一人名探偵が登場し、さしずめ推理合戦(は言い過ぎですが)のような形をとります。オチの冴えは他の作品に頂を譲りますが、友人同士にも見ようによっては見えそうな主任警部とモーランのやり取りも微笑ましいですし、モーランが陥る危機と事件の帰結も本作を象徴するかのような作品です。

 

    オーソドックスな推理小説だと、読者の好みの差があって中々万人にオススメしやすい作品は少ないのですが、本作はユーモアに比重が置かれた短編集なので、別にミステリに興味がない、という方にも自信を持ってオススメできる一作です。

では!

 

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティ【感想】クリスティ中期の集大成的大傑作

1944年発表 バトル警視シリーズ 三川基好訳 ハヤカワ文庫発行

 

    クリスティの創造した名探偵たちの一人、バトル警視が探偵役を務める長編。彼は本作以前にも『チムニーズ館の秘密』『七つの時計』『ひらいたトランプ』『殺人は容易だ』で登場しているが、いずれもメインの探偵役ではなく、素人探偵やポワロにその席を譲っている。今回はようやく主役の座を勝ち取ったはいいが、いかんせん物語の展開が混み入っていて、存在感は薄め。

 

    物語は、有名な老弁護士トレーヴをメンバーとする会合から始まる。ここでは犯罪学に関する意味深な会話が交わされ、本書のタイトルでもある“ゼロ時間へ”というワードも登場する。トレーヴ老の「わたしはよくできた推理小説を読むのが好きでね」という喋り出しで、彼はいつも必ず殺人事件が起こったところから始まる一般的な推理小説を否定した。そして、殺人は様々な要因と出来事の結果として起こるものである、と続ける。

    この言葉通り、本書では殺人事件の発生はやや遅い。前半部で登場人物たちの心象描写や相関関係が徹底的に描かれ、ようやく殺人事件の発生と相成るのだが、実はこの形、クリスティに限って言えば特段珍しいことではない。人間ドラマや心理的な繋がりがミステリに作用するのはクリスティの十八番の手法だし、殺人事件が起こるまで時間がかかる作品は他にも多々ある。むしろクリスティは、作中では一件も事件を起こさずに、過去に起こった殺人事件の調査だけで一長編作ってしまうくらいなのだから、“ゼロ時間へ”という大層な名前がついているとはいえ、その実はごくごく普通の推理小説で、殺人が遅いかどうかはあまり関係が無いようにも思える。

 

    ただ、トレーヴ老の意味深なプロローグに始まり、自殺願望者のエピソードを絡めつつ、病理的な犯罪者の挿話やセンスのあるメロドラマを盛り込み、それらを一つに纏めて推理小説を完成してしまう筆致は、相変わらず素晴らしい。並の作家であれば、散漫になり安っぽくなりそうなエピソードの数々も、クリスティにかかると、生き生きとした登場人物の織り成す人間ドラマに読者も感情移入させられ、いつの間にか自分の特性に近いキャラクターに似た視点で推理小説を読んでしまう。そして、見事に騙され、いかに自分が型に嵌った人間だったかと痛感させられる。ここまでがクリスティの掌の上だ。

 

 バトル警視シリーズ?を全て、そして男性が探偵役を務める作品を読んできて感じたことだが、クリスティが異性に求めるものや理想を、作品を通して慮るのはかなり難しい。

    クリスティ作品に登場する男性は、多くが頭のネジが抜けたマヌケな性質を見せ、女性という性に弱く、利己的でありながら優柔不断な性格であることが多いように思える。その逆を見せることがあっても、その所為で誰かを不幸にしたり陰惨な殺人事件の切欠になるなど、クリスティにとってミステリの中の男性というのはあくまでも着火剤/添え物/おまけ程度の扱いで、主役はやはり女性だと感じる。

    つまり、クリスティが作品の中で描くのは、理想の男性像などでは絶対に無く、苦境にあっても輝く女性の姿/困難を乗り越え幸せをつかむ女性の姿だ。そして、たとえエピローグで男性の愛を勝ち取り幸せなエンディングを迎えたとしても、その後男の心移りで不幸になり、また別の作品で主役級として名前を変えて出演させる、なんてやり方をクリスティがとっていたとしても不思議はない。

    別にクリスティがフェミニストなのかどうかとかそんなことには興味がないが、一定偏った描き方をしているクリスティ作品の中でも、本作に登場するある男性は生き生きと描写されており、ミステリの中でも重要な役割を背負っている。今まで救いをもたらす存在だった女性に成り代わり、その任を負った重要人物が登場する貴重な作品だ。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

    プロットの始まりは、古風な田舎で起こる痴話騒動だが、ここにプロローグで登場したトレーヴ老やバトル警視、自殺しそこねた男がどう絡んでくるのか。

    オードリーネヴィルケイの三角関係が肝だが、オードリーを想うトマス、トマスを想うメアリー、ケイを想うテッドも忘れてはいけない。多分この中の誰かが、トレーヴ老の言う殺人者的傾向を持った人物であり、その事実を全員の前で明かしてしまったからこそ彼は死ななければならなかったのだろう。

 

    では、レディ・トレシリアンの死は?

    ネヴィルに罪を押し付けようとする試みからは、ケイ目当てのテッドか、オードリー目当てのトマスが怪しく見えるが、クリスティのことだからそんな簡単なことではない。

    ただどう考えてもレディ・トレシリアンの死によって直接的な恩恵を被るのはネヴィルのみ。

 

   う~んホワイダニットにおいてどこかで勘違いをしているのか?序盤の綿密な殺人計画と外地にいるトマスは相性が良いような気もするしここらで。

 

 

推理

トマス・ロイド

結果

ネヴィル・ストレンジ

    毎度毎度、なんでこうもあっさり騙されるのか。とはいえ、今回の犯人は終始用心深く、慎重過ぎるほど慎重。ことあるごとに、オードリーへの愛(憎)を口走り、ケイとの離婚まで大々的に宣言してしまう始末。ケイに対する気持ちも端から無かったのにもかかわらず、徐々に心が離れていく様を皆に見せつけ、それも全てオードリーの出現の所為にする周到さも巧みだ。

頁183ぼくの奥さんはきみだよ、オードリー……

↑これに至っては独り言ですから笑

 

    また、オードリーがネヴィルと一緒に滞在することを望んでいるかのような、関係者の勝手な予想(頁62)や先入観が、輪をかけて誤った方向へ突き進む助けになっている。

    さらに、上述のような叙述を駆使したミスディレクションだけでなく、表層を覆う目に見える人間関係に視線を誘導することで、過去に存在していた相関関係/恋愛関係が重要な手がかりであることを隠している。これまた、過去作で用いられた手法の一つではあるが、断然本作の方が精度/完成度は上。

 

    最後にタイトル『ゼロ時間へ』について。

    プロローグでトレーヴ老が言っていた「ゼロ時間」とは、殺人が起こるまさにその瞬間/結果としての意味以上のものはなかった。しかし、本作を読み終えてみると「ゼロ時間」というのは一種の巧妙なミスディレクションであり、ダブル・ミーニングを孕んだ避けようのないトラップだとわかる。

    間違いなくこの『ゼロ時間へ』というのは、犯人ネヴィル視点でのオードリーの死を究極の到達点としている。しかし、読者にとってはゼロ=殺人事件であり、殺された要因が明らかなトレーヴ老を除くと、レディ・トレシリアンの死こそゼロ時間だと誤認してしまうはずだ。

    しかし事件が起こるのは本書の中盤。事件後も物語は捜査/推理という形で進んでいくが、これもまたゼロ時間へ向かう過程に過ぎない。このプロットも実は序盤の犯人らしき人物の殺人計画で伏線が張られており、総じてギリギリの綱渡りの中で創られたクリスティ渾身の長編だろう。

 

 

 

ネタバレ終わり

    冒頭では、バトル警視のことを存在感は薄め、と言ったが、オーソドックスな警察探偵はそれはそれで安心感があって、読み心地は良い。また、バトル警視流の行動力あるアグレッシブな捜査に加え、ことあるごとにエルキュール・ポワロの影がちらつくのもクリスティファンにとっては嬉しいサービス。

    決定的な手がかりが、物語の都合に合わせた後出しジャンケン的なところにだけ目を瞑れば、傑作と言って良いミステリだろう。

では!

 

『カシノ殺人事件』S・S=ヴァン・ダイン【感想】化学と古典の融合

1934年発表 ファイロ・ヴァンス8 井上勇訳 創元推理文庫発行

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    ファイロ・ヴァンスも第8作目に突入。あらすじを紹介したいのは山々なのだが、どうも憚られる。というのも、創元推理文庫の裏表紙と中表紙のあらすじの中で既に盛大なネタバレがあるからだ。ここで書かれるあらすじ以上のものを期待して読む場合、期待値が上がり過ぎてしまい、どうも正当な評価が下しにくい傾向にあるように思える。ということで、当記事ではあらすじは極力省略したい。

 

    ファイロ・ヴァンスの第8作目と言えば、凡そ推理小説ファンなら察しが付くだろうが、本作は作者自らの限界を悟って尚書き続けた作品である。前作(第7作目)の通称“ドラゴンプール”、そして本作の“カシノ(カジノ)”と、事件の舞台だけは一丁前に仕上がっているが、ミステリの骨格自体には手抜きが目立つ。

    特にメインの科学トリック一辺倒になっている点がいただけない。本来骨子になるはずのトリックはペランペランになるまで延々と引き延ばされ、解決編のころには、直前に起こるホームズを数倍バカにしたようなエピソードの所為でさらに意識の彼方へ押しやられる。

    導入部の怪人物による告発状や、事件発生までの舞台装置が上手く機能しているだけに勿体ない。

 

 

 

…と、ここまでが、思いつくがままキーボードを叩いた感想です。次は、もう少しゆっくり読み直してみましょう。

 

 

    まずは繰り返しになりますが、導入部の告発状は合格点。単純な謎ながら、解決のパターンは多く、どんな事件に発展するのか、期待と不安が混在する内容になっています。地味に翻訳も良い味を出してますよねえ…

 

    事件の特性も面白味があります。ただの水を飲んで次々と倒れる関係者たち、というだけで一定の科学トリックは想定されますが、読み終えてみると、ここにも作者による仕掛けが施されていることに気づきます。

    本書に登場する事象は、1931年アメリカの学者によって生み出され、1934年にその学者がノーベル賞を受賞することで、多くの人に知られるようになりました。そして、そんな真新しい玩具をいち早くミステリに取り入れ古典的なトリックと融合させて一作を書き上げてしまったヴァン・ダインの手腕は馬鹿にできませんし、六作が限界だと思い込んで本作を忌避してしまうのは、それこそ勿体ないというものです。

    さらに、大金が一瞬で融けてしまう、いかにも喉が渇きそうなカジノという舞台で、「水」を武器に不可思議な事件を生み出す創作能力の高さも侮れません。

    もちろん、終盤のテンポの悪さと、名探偵ファイロ・ヴァンスの格を作者自身が下げてしまうような演出はいただけません。また、「殺人」そのものに魅力が無いのも事実ですし、事件の後始末のやり方も何だかモヤモヤします…

    しかし、前述の化学と古典の融合という点では一読の価値がありますし、安直な謎解きが多いヴァン・ダインの作品の中にあってサプライズも及第点など、前作『ドラゴン殺人事件』以上の出来とは言っていいと思います。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    まずは序盤の告発文。女の口調なのが気になる。たぶん原文からして女を意識させようとする企みがあるように思えるがはたして?

 

    リン・リュウエリンを監視しろ、という命令が真実だとすれば、彼が最初の被害者になるべきなのだが、ただ毒を盛られただけで死なず。意外にも最初に死んだのは彼の妻ヴァージニアだった。しかもカシノ関係ないし。

    リンに注意を向けておいて、ヴァージニアを殺す計画だったとすれば、やはりアメリアかリンの母リュウエリン夫人が怪しいか。

    単純にリンとヴァージニアを殺す目的なら、アメリア狙いのケーン医師かブラッドグッドという線も濃厚。

    重水の存在はリュウエリン家のものなら知れたかもしれないし、リンが死ななかった以上ヴァージニアを殺すのが真の目的だったと考えざるを得ない。

    リンに無償の愛を注いでいるように見えるリュウエリン夫人なら邪魔なヴァージニアを殺す動機はあるし、アメリアも毒を盛っただけで殺意がなかったのも頷ける。

 

推理

リュウエリン夫人

真相

リン・リュウエリン

 

    やるやんヴァン・ダイン。

    別にそこまで難易度が高いわけではないのだが(騙されたけど)、ミスディレクションが豊富にあって迷わされたのは事実。重水という新奇なトリックが表面に出たので、これ以上作者が仕掛けてくるとは予想できなかった(なんて言うとヴァン・ダインに呪い殺されそうだが)。

 

    改めてさらりと読み返してみて凄さがわかったのが、何度も言うが冒頭の告発文。まず、リンとヴァージニアの結婚がとんでもない失策(頁15)だったとカミングアウトしちゃっている。失策だと言えるのは当事者か息子を思う母ぐらいだろう。

    また、晩餐会で関係者が集い、ある種のいざこざが起きる(頁16)と言っておきながら、そこは端折ってカジノでリン・リュウエリンを監視しなくてはなりません(頁16)というのも、よく考えると、最初からリュウエリン家ではなくカジノで事件が起こると知っていた人物=犯人であることを暗示している。

    さらにここでは、キンケイドとブラッドグッドにミスリードされるが、最初は「余計だな」と思っていた。しかし、重水の件が登場する段になると、既にあからさまなミスリードも忘れ去っていて、がっつり二人を怪しむこのマヌケな脳みそ。どうにかしてくれ。

 

 

 

 

 

ネタバレ終わり

    海外ミステリを読んでいて体験できる騙される快感って、最初は、経験値が増えれば増えるほど薄れるんだろうな、と思っていたのですが、そんなこたあない。

    別に犯人当てだけではなく、物語の展開に用意されたサプライズや、登場人物の意外な結末、探偵と犯人のサスペンスフルな一騎打ちとその勝敗など、自分の予想(=推理)から飛び抜けることは無数にあります。

    本書もそんな新しい発見と驚きを与えてくれる良い一例で、“ヴァン・ダインの六作”云々を取っ払って読むべき作品でしょう。ほら、あと多少はアラがあった方が愛着が沸きますし、ね?

では!