『読者よ欺かるるなかれ』カーター・ディクスン【感想】語彙力崩壊級の問題作

1939年発表 ヘンリー・メリヴェール卿9 宇野利泰訳 ハヤカワ文庫発行

前作『五つの箱の死

次作『かくして殺人へ』

 

ネタバレなし感想

 めちゃくちゃカッコいいですよねタイトル。響きも良い。「るる」の部分が特に最高です。でもオシャレなタイトルと違って中身は濃いんです。最初読んだ時はすげえ?で、次読み返すと、すげえ!→めっちゃすげえ!!→めっちゃ凄すぎて嫌だ……と語彙力崩壊級の問題作でもあります。

 

 

 先ず本作は前作『五つの箱の死』から続いて登場する人物がいるため、なるだけ前作を先に読むことをオススメします。と言いながら、前作が早川書房のポケミスからしか出ておらず入手難易度が高くなってるので、中々安易にオススメしにくいところ。

 

 テーマはいたってシンプルで、読心術、思念放射、予言など超常的な能力を用いての殺人。怪奇趣味ではなくオカルト趣味を盛り込みながら、金城鉄壁の不可能犯罪を構築してしまう、カーの力業にまずは魅せられます。ありのまま、読書中起こったことを話すと、「いつか……いつか光明が差すだろうと思っていたが、最初から最後まで超常的な能力による殺人だとしか思えなかったぜ」何を言っているのかわかんないと思いますけど、自分も何が起きているのかわかりませんでした。

 

 本書の解説で、プロの奇術師であり推理小説作家でもある泡坂妻夫氏が述べられているとおり、奇術と同様のミスディレクションが随所に忍ばされており、どう足掻いても真相にたどり着くことは不可能に思われます。

 そのミスディレクションの一つとして機能しているのが、至る所に仕掛けられている本書の執筆者による(原注:)です。「一言読者に警告しておく」という本書のタイトルを体現する「読者への挑戦状」が秀逸です。ここは、手がかりを指し示す、というより、(作者カーによって)明らかに間違ったナニカに誘導されている気配を感じながらも、不可能犯罪の濃霧を晴らすためにはストレートに受け取らざるを得ない、という選択の余地が無い歯がゆさを感じます。

 もう一つは、マジックで用いられるパーム(掌でコイン等を隠し持つ技法)のような技法です。一度読者に開示した手がかりやヒントを除去したように見せながら、謎解きの際には再度掌の中から持ち出して真相に構築してしまう鮮やかな手並みには脱帽させられます。

 

 一方で、鮮やかではありますが、あざとい技法とフェアプレイギリギリの記述に、釈然としない読者もいそうです。クイーンやクリスティの作品では決してお目にかかれない、特殊なプロットと驚愕の真相ではありますが、その性質上好き嫌いがはっきりと分かれる作品でしょう。

 

ネタバレを飛ばす 

 

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

「私が、彼を殺したのです。」

 奇怪な読心術師の自白だが、超能力を法では裁けず、全く先が見通せない展開が凄い。ドラマ『トリック』シリーズを彷彿とさせるオカルト趣味が盛りに盛られたストーリーにテンションが上がる。

 

 順当にいけば、ペニイクのテレフォースとやらを利用し、何らかの方法でサムを殺したのだろう。

 ここで原注1(112頁)の法医学についての参考文献が登場する。実例に挙げた三つの死因のどれかが殺害方法と繋がっているのだろうか?

 

 次の原注2(114頁)は、サーンダーズ博士によって読者へ向けられた警告。「その殺害方法は、犯人が現場にいあわせて、初めて可能となるものであった。」サムの死の前に一番近くにいた人物(マイナ)ということか?ペニイクを招いたのもマイナだし、探偵作家であり「殺人の新方法」を認めた本もある。容疑者としての資格は十分満たしている。あとは動機と犯行方法が不明。

 

 サムの死の直前の装いに関する目撃者のくい違い(198頁)からすると、マイナの目撃証言は嘘だったようだ。では、なぜなのか?たぶん、マイナが発見した?時にはサムは死んでいた。その状況と、自身の職や所持品から疑われるのを恐れ偽証したのではないかと思う。

 

 続く原注3(204頁)では、本件は真犯人の単独行動だと警告される。決して共犯者などはいない。ということは、ペニイクと真犯人の共犯関係などなく、真犯人が上手くペニイクを利用した、ということだろうか。逆に、ペニイクが世間の関心を得るために、未知の方法で無差別的に殺人を犯し、法で裁かれないことを良いことに一人で暴走している、という線も……ないか。

 

 

 マイナが死んだ。なんでだ。前後を何回も読み返してみたが、全くわからない。電波か何か?やっぱりテレフォースか??ここでは、実際にペニイクが発見されているので、容疑者ではあるが……鉄壁のアリバイもある。

 

 そして、最後の原注4(295頁)へ。

 「殺人動機は(中略)、物語のうちにあますところなく述べられている」?いや、ないでしょ。二人を選んで葬る動機のあった者は皆無。脳みそを絞っても、快楽殺人的にペニイクしか思いつかない。そのまま第四部の解決編へ……。

 

推理

やっぱりペニイク!!か、ペニイクを陰で操っているうーん……チェイス!!!

 

 ふう。完全敗北。

 過失による殺人を利用する過程で、関係者を葬ったうえで、自身の真の目的のための殺人(未遂)、ってこんなのわかるわけがない(怒笑)

 特に感電死の部分。一応原注1で提示しておきながら、一度消して(115頁 感電死の特徴は、即死するというところにある。)しまうのは酷い。

 完全に感電死を除外してしまった自分が悪いのだが、読み返してみると、随所に電気設備の記述が忍ばされている。電気ヒーターに始まり、停電を思わせる燭台や蝋燭の蝋、第二の事件の止まった電気噴水なんかはかなり直接的な手がかりになったはず。思い返せば思い返すほど、ハウダニットに関しての記述は多々あった。悔しいが、騙される快感の方が勝ったのでよしとする。

 

 動機については、いくら作中で提示されているとはいえ、名前しか登場しない人物への殺人計画など、当てようと思ってもどだい無理な話。

 本書の解説で泡坂妻夫氏が、あえて結末をつけない、謎解きの技だけで読ませる本書を「」と評していた。そうか本書は「粋」なのか。じゃあ何も言うまい。

 

 とか言いながら最後にこれだけ。原注2は凶悪であり秀抜。ここで言う「殺害方法」とか「犯人が現場にいあわせて」とかの明確な殺意を持った狡知な犯人像へのミスディレクションが凄い。ここはただの事故/過失だったわけで、のちの単独犯(204頁)と組み合わせると、第一の事件で完璧なアリバイのあるヒラリイは候補に挙がってくるわけがない。

 あれか。ということは、本書のタイトル『読者よ欺かるるなかれ』という警告によって欺かれたってわけね。めちゃくちゃすげえな。

 

 

 

            ネタバレ終わり

 第二次世界大戦の火種がそこここに燻っていた1938年に発表されたとあって、背景には、戦争への恐怖や異国への敵愾心が細かく描かれています。

 また、当時のイギリスのインフラ事情について、細々したとこまで念入りに描写されている点も見逃せませんし、ミステリへの組み込み方も上等です。

 決して十全十美というわけではありませんが、不可能犯罪とオカルト趣味が見事に融合しつつ、カーのやり過ぎちゃう習癖が全面に出たらしい」作品なので、読者の皆さんは広い気持ちで欺かれてください。

では!