『五つの箱の死』カーター・ディクスン【感想】牛乳パズルみたい

1938年発表 ヘンリー・メリヴェール卿8 西田政治訳 ハヤカワポケットミステリー発行

前作『ユダの窓

次作『読者よ欺かるるなかれ』

 

 テーブルを囲む4人の男女。3人が苦しみ、1人は死んでいる。衆人環視の中盛られた毒、血の滴る仕込みナイフ、忽然と消えた証人、ポケットには説明不能な証拠品、轢かれた名探偵。

 もうこれ、あれでしょ。『盲目の理髪師』とか『パンチとジュディ』系列のファース味満載ドタバタミステリでしょ、と思いきや意外や意外、結末以外は硬派で堅実。整ったミステリに仕上がっています。

 

 鮮烈で異様な事件の発端から、堅牢な不可能状況で起こる服毒事件、五つの箱にまつわる魅力的なエピソードなど、読者を引き付ける要素に事欠かないので、終盤まで興味を保持しワクワクさせてくれる作品ではあります。

 とはいえ、手放しで称賛という訳ではなく、探偵の登場の遅さや探偵(推理)パートそのものに捻りが利かせてあるので、ミステリ初心者向けの読み物ではありません。また、挿話と謎を解く手がかりの比率が悪い(挿話のほうが多い)ので、歯切れの良いミステリを期待する読者にとっては、常に霧がかったような見通しの悪い構成も難点です。

 

 題材というか被害者の特性は、ミステリにおいては二番煎じのよくある形なのですが、どうもしっくりこないというか、モヤモヤするというか……。手掛かりが集まれば集まるほど、反比例して真相から遠ざかるような不気味さが感じられます。その不気味さを得心させる驚愕のラストは、鬱憤もストレスも何も発散させないという意味で、逆にドキドキしてくる(心臓に負担をかける)ヤバイ代物。

 そんな異質な解決編にもかかわらず、H・M卿の解説は名作『ユダの窓』に引けを取らないほど力と熱が入っているうえに、論理的には完璧に近いので、それも恐いんですよね。この記事を書いている今でも早まる動悸を感じます。

 

 カー初心者だけでなく、ミステリ初心者も避けたほうが良い作品ですが、玄人も心臓の強い方以外にはオススメできません。言葉で言い表しにくいんですが、お化け屋敷に入ったのに何も起きず出口まで来た、というか、急降下・回転があるジェットコースターのスピードが徒歩並みというか、アブノーマルな驚きが体験できる怪作ではあります。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵のモヤモヤ》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

 やっぱりカーの作品は推理が難しい。題材はかなりオーソドックスで、某女史の某作品でも登場した脅迫者による悪趣味なパーティが型。ただ、解決の意匠は全く違う。パズルミステリのような遊びは全くない。いや、パズルはパズルでも牛乳パズルのような最高難易度かつ出来上がりの情動も無い異様さが目立つし、牛乳パズルと違い達成感は無い。

 最大の手がかりは、たぶん15章のファーグソンの記述(特に180頁)「私がその男が誰であったかを話せば、あなたがたは吃驚するに違いない。」読者が驚くとすれば、それは秘密の会合に参加しなかった人物なのは明らかだろう。登場人物一覧を見る限りチャールズ・ドレークチモシイ・リオーダンボブ・ポラードしかいないが誰も犯人に思えなかった。

 誰かがジュディス・アダムスを指しているとも連想できず。ジュディス=ユダ、ユダヤ?と思い、アダムスと絡めてキリスト教と関係が深そうな人物も探ったが当てが外れた。

 この記述内で唯一モヤモヤしたのは、H・M卿の締めの一言。「われわれは(ファーグソンの告白によって)立派な人名簿を得たのだ。」のところ。その後には登場人物の名が連ねられ、あたかもその中に犯人がいるかのように思える(勝手に騙されたか)。あと、ジュディスに対して「その女」と性別を断定してしまうかのような記述も気になったり……。(ファーグソンが男と言っているのでここは引っかかった方が悪い)

 

 

 

        ネタバレ終わり

 突拍子もない要素で強引に最後まで引っ張られたせいで忘れていましたが、本作にはある古典的な名トリックが用いられています。ただのトリックで終わらせないよう、しっかりと前後の細かいディティールまで造り込まれている点は見事です。ただ、そのためだけに読むべきかというと……マストよりベターより。

 新訳化されればマストに格上げするんで、是非とも各出版社には頑張ってもらいたいところです(投げやり)。

 

 そーいや、ネタバレ箇所で「牛乳パズルみたい」って言いましたが、意味わかんなかったらごめんなさい。※決して牛乳パズル(及び類似する製品)を貶める意図はございません。

 

では!