『ウィッチフォード毒殺事件』アントニー・バークリー【感想】犯罪学の試みが大成功

1926年発表 ロジャー・シェリンガム2 藤村裕美訳 晶文社発行

前作『レイトン・コートの謎

次作『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』

 

 

 アントニー・バークリーが創造した名探偵ロジャー・シェリンガムシリーズ第2作です。シリーズ第1作『レイトン・コートの謎』を読んだのが4年以上も前なので、繋がりとか雰囲気とか掴めるかな?と不安でしたが、どうってことはありませんでした。

 『レイトン・コートの謎』の感想では、「人間味溢れすぎる探偵ロジャー」と若干批判めいたことも書いたんですけど、あれはまだまだおこちゃまだった時分。今ならわかりますよ。実験だったんですよねバークリーさん。で、本作もまだ実験は続いているんですよね。知ってますよ。そして、この実験すっごく面白いですね。あと、本作の副題「-犯罪学の試み-」って日本オリジナルなんですかね?もしご存知の方いらっしゃればご教示ください。

 

 

 あらすじはいたってシンプルで、ウィッチフォードという町で起こった毒殺事件にロジャー・シェリンガムと助手のアレックが首を突っ込むお。ロジャーの推理ではどうも逮捕された犯人が無罪に見えるらしい。

 

 バークリー自ら献辞で「物的証拠偏重主義を排し、心理に重きを置いた作品をめざした」と宣言したとおり、物的証拠や状況証拠が犯人を指し示すのに対し「心理のおもしろさ」の観点から犯人を疑い、真犯人を探ろうとする試みは十分達成できています

 この「心理のおもしろさ」に登場人物たちの素のおもしろさが加わるので、読んでいるうちは楽しめます。ただ、シェリンガムとアレックと二人の協力者シーラの関係性というかコミュニケーションの取り方に全然馴染めなくて、「ねえこれがイギリス人の正解?」と思わないでもないというか。あと、完全に妄想ですけど、酔っ払い弁護士探偵J.J.マローンジェイク&ヘレン(クレイグ・ライス)みたいなトリオものの元祖ってもしかしたらココにもあるのかなあと思いました。

 

 「心理のおもしろさ」に話を戻すと、『レイトン・コートの謎』から四年間で似たようなテイストの作品をいくつか読んできたおかげか、この心理一辺倒にも思えるバークリーの作品を優しい目で見れるようになりました。

 バークリーはよくホームズ型の超人的な名探偵を批判し、美しすぎる解よりも人間心理を優先させるような作品を書いてきましたが、実はそこまで偏ってないのかもしれません。本作でもシェリンガムを通して、時には心理に傾きすぎるリスクを提示したり、伝聞や噂などの軽微な証拠を真相の楔にしたりと、証拠と人間心理を柔軟に使い分けています。この二つの分野を熟知し、完ぺきに使役できたからこそ、ひとつの事件をありとあらゆる角度から見つめ、仮説を組み立て、幾通りもの真相を生み出してしまう、つまり多重解決が誕生したと考えると、本作はのちの超傑作『毒入りチョコレート事件』の萌芽と言って良い貴重な一作だと言えます。

 

ネタバレを飛ばす 

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

 アントニー・バークリーものの鉄則として「真面目に推理しすぎないこと」なのは痛感しているけど、ミステリとしての様式はいつもしっかりしているので、いつのまにか真面目に考え過ぎちゃう不思議。

 本作でも丁寧すぎるほど被害者や容疑者、関係者について説明がなされる。さすが「人間心理」を推理小説の必殺の手がかりに昇華した作者なだけはある。

 

 

 

 

 

 

 ……なぜかもう二十二章(全二十五章中)まできてしまった。

ここまでで知りえた情報としては

  1. 全員が怪しい
  2. ベントリー夫人だけは犯人ではない(心理的にも)
  3. 不倫は絶対にダメ
  4. ロジャーとシーラがイイ感じでニヤニヤ

 

 3はほんと、不倫騒動を起こす芸能人に是非読んで欲しい。十八章の頁234ですよ、

言うまでもないが、非常に不埒な行為だし。さらに重要なことには、経済的にきわめて不健全だ。

 

 ミステリについては完全にお手上げ。誰が犯人でもおかしくないんんだから、もう驚く準備すらしてない。

 

推理

結果

自殺!からの自然死!

 

 自然死のミステリなんてあっただろうか。事故に似た部類だとは思うが、パッと思いつかないので初出か。

 もちろん自殺が最終章のひとつ前で登場したので、何かしらの捻りがあるとは思ったが、それは自殺と見せかけた他殺だと思っていたので、心底驚いた。というか椅子から転げ落ちる感じ。

 

 ロジャーの手紙による真の解決編はいささかあっさりし過ぎにも見えるが、ここに括弧書きで頁数でも振ろうものなら、そのまま手がかり索引になってしまうほど、完ぺきに近い出来になっている。

 

 また、ずっと砒素が盛られていた事象を、誰か悪意ある人物による計画という無難な背景に描かずに、本人の意思(習癖)で服用していたというエキセントリックな展開にもってくるあたりに、バークリーの溢れ出る才覚を感じざるを得ない。

 毒物に耐性ができるという要素をミステリに組み込んだ、某女史による秀作があるが、もちろん本作が先行している。

 

 

 

 

        ネタバレ終わり

 本作のネックは出版社が晶文社ってことですかねえ。本作とロジャー・シェリンガムものの第3作『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』そして第4作『絹靴下殺人事件』が絶版になって久しく、中古品でも定価の2~4倍近くするので、中々手に入り辛い。

 ミステリを読もうと志したならバークリーは避けては通れない道なので、是非集めたいのですが、実はどちらも持ってません。もしどこかの古書店で見かけられたらご一報いただけると嬉しいです。

では!