『シーザーの埋葬』レックス・スタウト【感想】フロンティア精神がかっこいい

1939年発表 ネロ・ウルフ6 大村美根子訳 光文社文庫発行

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前作『料理長が多すぎる

次作『我が屍を乗り越えよ』

 

 

 

粗あらすじ

愛する蘭の出品のため重い体を動かしたウルフは、旅路の途中で自動車事故に見舞われる。運転者兼助手のアーチー・グッドウィンと、二人して助けを求めて牧草地に足を踏み入れた矢先、怒声が飛んできた。彼らの命は一頭の牛に握られていたのだ。かくして、その全米チャンピオン牛シーザーとかかりあいにあった二人は、シーザーをめぐる数奇な事件に巻き込まれることになる。

 

 

いやあまず題材がいいですね。全米チャンピオン牛って響きもいい。巨牛シーザーと巨漢ウルフの対比も良いし、アーチーと美女リリーの掛け合いも楽しい。シーザーをめぐる争い自体は、あまり興味もなくて、どちらかというとドタバタとした喜劇的な展開を見せますが、様々な思いを秘めた登場人物たち一人ひとりにはちゃんと個性があって、事件の歯車をしっかりと回してくれます。

特に、ウルフの名こそ知られているとはいえ、眉唾物だと甘く見ているオズグッド氏をはじめ、簡単にウルフを騙せるだろうとなめてかかる人間が多いので、彼らとの勝敗をすべて見通しているアーチーの自信満々っぷり/余裕っぷりがとにかく楽しいです。

幸か不幸か、いつのまにか事件の中心にいることになるアーチーですが、全く動じないのもめちゃくちゃかっこいいです。もちろん本シリーズは安楽椅子探偵のウルフが主人公なわけですが、事件を最前線で目撃し、ウルフの文字通りの手足(目・耳・鼻)となって手がかりを収集するアーチーも間違いなく、名探偵の一人。特に本作では、ウルフとの主従の関係を超越した信頼関係を体現するエピソードが盛り込まれているので、必見です。

 

肝心の事件自体は、牛をめぐって行われる一つのギャンブルが関わってきます。賭けによって勝つ者と負ける者、損をする者・得をする者、ほぼ登場する全員がそれらの特性のいずれかを持ち、しっかりとミスディレクションを利かせながら物語は進みます。

上記の筋のとおりホワイダニットがメインのミステリではありますが、事件の背景に用いられる、古典ミステリの王道トリックがなんといっても一押しポイント。小道具そのものに仕掛けを施した作者の手腕に驚かされるはずです。一方でフェアプレイ精神遵守とは言えないのも事実で、ここら辺は読者の好みの範囲でしょうか。

 

ウルフものらしいユーモラスな展開とは裏腹に、ずっしり重めのラストも強い印象を残します。アメリカ独特のフロンティア精神っていうんですか?イギリスのちょっとお堅くて、ちょっと退屈なミステリでは決して出会うことのできない雰囲気を持った上質なミステリでした。

ネタバレを飛ばす

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

 

全米チャンピオン牛が登場するミステリなんて、どんな展開になるか全く想像もできない。

さらっとクライドが死ぬが、他殺だと苦も無く推理してしまうウルフにしびれる。

 

シンプルに考えると、シーザーをめぐる賭け事の中で、勝つために不正をしようとしていたクライドが殺されたというのが有力。なら間違いなくプラット氏が最有力なのだが、そんな単純ではないか。

 

クライドは賭けに勝つために細工を行おうとしていた。そしてその裏には金を狙うブロンスンがいるはず。だが、彼は登場人物一覧にも載っていないし、死んだ。

ということは、クライドを殺した犯人に気づいて、ゆすっていたのだろう。

 

あとは、中盤でシーザーが死んで、急いで火葬されたのが気になる。

シーザーそのものが重要な手がかりだった?ウルフがシーザーの写真を欲しがっていたということは牛そのものの替玉が用意されていた?もしくは、シーザーがシーザーではなかったということか。

 

時系列がよくわからないが、クライドは賭けに勝つために、シーザーを似た牛と入れ替え、偽シーザーをプラットに食べさせる予定だった。

偽シーザーがすぐさま火葬された事実が示すのは、クライドの企みは成功していた?

となると、やはり、賭けに勝者プラットが思い浮かぶが、シーザーの死で宣伝にはならず、賭けに勝ったところで、人ひとり殺す動機としては弱い。

 

うーん、お手上げ。

 

真相

モンティ・マクミラン

(プラットに偽のシーザーを売った詐欺行為がクライドにばれたため殺害。クライドはその詐欺行為をブロンスンに告げており、クライド殺害について恐喝されたため、ブロンスンも殺害。証拠は、偽シーザーの偽スケッチ)

 

本当に言われてみれば、それしかない、という解答で美しい。

このミステリの肝は最初の50頁弱でほとんど示唆されている。

頁38では改めてシーザーの買い戻しとローストビーフ化を避けようとする交渉の場のマクミランの様子が次のようにあらわされている。

マクミランは心もち震える手でグラスを置いた。

また、マクミランの牛たちが炭疽菌で死んだことや、四万五千ドルでプラットに売った情報も示されている。

 

一方で、偽シーザーのスケッチを偽シーザーが生きていた間に描いたという偽の証拠だけが引っかかる部分か。

一応、ウルフはシーザーがすでに死んでいたことを推理していて、アーチーに写真を撮るよう指示していたので、読者としては、本書の頁が開くまでにすでにシーザーがすり替えられており、シーザーの取引で得をした人物=マクミランが怪しい、と推理することも可能、と言われればぐうの音もでない。

 

 

 

 

    ネタバレ終わり

 

ハンサムでスマート、女にもモテて、腕っぷしも強い典型的なアメリカ人ヒーローが欲しいけど、血腥いハードボイルドものやハラハラする冒険小説の気分じゃないときには、間違いなくアーチー・グッドウィンに会うのがおすすめです。

過去5作品でもアーチーの活躍は十分楽しめるのですが、本書はずば抜けて有能さが際立っているように見えます。たぶんウルフとの関係性でしょうねえ。解決編での演出もそうですし、エピローグの掛け合いも完成しています。

数作ウルフものを経験してから読むとなお面白さが倍増するはずなので、本書から読み始めるのはオススメしません。

では!