『ドラゴンの歯』エラリー・クイーン【感想】遅れてきた思春期

The Dragon’s Teeth

1939年発表 エラリー・クイーン14 青田勝訳 ハヤカワ文庫発行

 

前作『ハートの4

次作『災厄の町』

 

 ついにライツヴィルの入り口までたどり着きました。ハリウッドシリーズ最後の一作です。ハリウッドシリーズと言っても、舞台はクイーンの居城ニューヨークに戻ってきます。

 ハリウッド風の味付けが利いているのはそのプロットです。クイーン警視の友人の息子であるボー・ラムメルという青年とエラリーが育む不思議な友情。二人で始める私立探偵社。大富豪の前代未聞の依頼。遺産相続人とのロマンス。

 いかにもハリウッド的な要素がてんこ盛りで、エンターテインメントの王道をこれでもかと見せてつけてくれます。

 作者エラリー・クイーンがハリウッドで映画関係の仕事をしていた影響か、『悪魔の報復(報酬)』~本作あたりは、特に意識したような作りになっています。本作では、登場する小道具に特に注力されており、映画化したかった作者クイーンの雑念も伝わってきそうです。

 

以下、やや展開バレを含みます。

 

 

 

 遺言書を作った大富豪の死、というありきたりな発端ではありますが、その死の詳細を、探偵が探偵できずに進行してしまう滑稽さが良い味を出しています。急病で倒れるクイーンに成り代わって、急遽探偵クイーンに化けることになるボー青年の波乱万丈の冒険も見どころです。

 特にボーの探偵パート(第二~三部)は、ミステリにおいてもその後の展開や、謎とその解決/結末までを決定づける、重要なパートであるとともに、コメディ要素やスリラー色もあって読み応え十分。

 

 第四部以降、先述の大富豪の死を皮切りに、相続人を中心とする大事件が起こり、今まで積み上げてきた登場人物たちの関係性がガラガラと崩れぐちゃぐちゃになって物語の展開を早めます。ここで、前述の映画にピッタリのプロップが再登場して、「そうだよ、ちゃんとミステリが始まるよ」と告げてくれます。

 

 自身を安楽椅子探偵のポジションに動かし、ボーを実働隊とする構成は、手がかり配置やミスディレクションの面で物足りない部分もありますが、クイーンものであまり見ない仕掛けなので、純粋に楽しめます。

 そもそも、ヒントの提示方法/手がかり配置については、物足りないというよりも、クイーンの手練の老獪さ/円熟が感じられる出来になっています。隠すのが巧くなったなあという印象です。

 

 解決の舞台が王道の探偵オン(ザ)ステージになっていうのも、好感が持てる部分。往生際が悪い犯人にイライラしないでもないですが、ここは探偵もだいぶとグレーな捜査をしてきただけに、我慢しないといけません。

 

 ハリウッド、ハリウッド五月蠅いとは思いますけど、最後にもう一回だけ言いますね。

 過去2作でハリウッドの負の面を描いてきたクイーンですが、本作では、陽の部分を表に出して書いているように思いました。わざわざそこ(ハから始まってドで終わる)を舞台にするのではなく、そこの慣習というか様式をニューヨークに逆輸入することで、劇的でありながらポップで明るいミステリを完成させることに成功しています。

 最後の一文まで、お花畑感が強いですが、これって嵐の前の静けさってやつですか?ライツヴィルに行くの怖いです。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

 開始数ページでクイーンと仲良くなってしまうボーに惚れる。

 クリスティが男性をマヌケに、セイヤーズが女性から見た理想像に描くのに対し、クイーンは悉く良い面だけを全面に押し出そうとしているように思える。力強さ、誠実さ、行動力、男性的な魅力に満ちた偶像/虚像なのかもしれない。

 

 コール氏の摩訶不思議な依頼から作品のボルテージが高い。

 クイーンの生死の境を彷徨うハプニングが、ボーの探偵パートに繋がる流れも美しい。さすがクイーン、ハリウッドで仕事をしてきただけのことはある。

 ボーが遺産相続人に恋してしまう流れは王道過ぎてクサすぎるが大好き過ぎる。

 結婚してしまうと、相続人から外れるというネタも巧い。

 

 事件が起こらないぞ、と思っていたら、被害者に名乗りを上げたのはもう一人の相続人マーゴ。これくらい露骨に被害者を演じてくれる女性はまあいない。ありがたく死ぬのを待つ。

 

 ケリイの目の前で、マーゴが死ぬ、という演出は意外だった。これで少なくともケリイの単独犯の線が消える。ボーはアリバイがあるため違う。偽装結婚の事実があるため、動機としてはあり得るが……。

 登場人物を整理すると、犯人候補は意外に少ない。ケリイの友人ヴァイ、遺産管理人で弁護士のグーセンス、大富豪の友人で同じく遺産管理人のデ・カーロスのたった三人。

 ヴァイであってほしくは無いが、犯人だったら面白くはなりそう。

 まあ誰一人としてアリバイを確認されないところに、クイーンの手抜き展開重視/偏重の傾向が強まっている部分が読み取れる気がする。

 

 今まで我を通してきた男が、たった一人の運命の女性に出会い、いかに自分がちっぽけで無力な人間かを思い知らされる。というドラマチックな展開でもうお腹一杯。さあクイーンよ、答えを答えをくれ(おれはもうわからない)。

 

推理

ロイド・グーセンス(ヴァイでもデ・カーロスでもないから、というか偽マーゴとタッグを組めるとなるとキャラクター的にグーセンス以外には無さそう)

 

真相

ロイド・グーセンス(偽マーゴと共謀し遺産を奪おうとした。既に本物のマーゴとロイドは結婚しており、マーゴは死んでいる。そこでアンを抱き込み、マーゴの身元証明書類を持たせ遺産を奪うつもりだったが、アンが裏切ったため殺した。トリックはとくになし。万年筆の齟齬は、デ・カーロスが近眼のため、グーセンスの噛み癖がついた万年筆を取り違えたうえに、デ・カーロスがコールに扮装していたため、三重の勘違いが起こった。)

 

 

 『ドラゴンの歯』に関するダブル・ミーニングについては、よくできていますが、メインをはれるほど大物ではありません。容疑者候補3人の誰が偽マーゴとの共犯者であってもあまり大きな影響もないように思えます。ここが、クイーンの美しいロジックから遠ざかっている部分でしょうか。

 エラリーの証拠隠避などの犯罪スレスレの捜査もあって、美しいミステリとは言い難いですが、ハリウッド帰りのエラリーが、おしゃれなニューヨークに戻ってきて、上流社会で生きるクイーン警視を引っ掻き回す物語で、遅れてきた思春期だと思えば納得できないこともありません。

 

 

 

 

        ネタバレ終わり

 

 クイーン中期のミステリには『途中の家(中途の家)』や『ニッポン樫鳥の謎』など、メロドラマを中心にした作品が数多くあるのですが、本作でもハリウッド的な躍動する物語にメロドラマがうまく融合しています。

 そう考えると、中期の作品って、初期のガチガチのロジカルなミステリに比べるとだいぶと軽めの読み口になっている作品が多いので、ミステリ初心者には中期がおすすめなのかもしれませんねえ。

では!

 

 

創元推理文庫版も読みたい。

 

ドラゴンの歯 (創元推理文庫 104-20)

ドラゴンの歯 (創元推理文庫 104-20)

 

表紙、カッケェ……。