1938年発表 エラリー・クイーン12 青田勝訳 創元推理文庫発行
前作『ニッポン樫鳥の謎』
本書は、国名シリーズとライツヴィルものの間にある「ハリウッドシリーズ」のひとつ。前作『ニッポン樫鳥の謎(The Door Between)』前々作『途中の家(中途の家)』と打って変わって、エンターテインメントの別世界であり、豪奢でスキャンダラスなハリウッドが舞台になっている。
序盤でも語られるとおり、他の街ではごくありふれた「企業の倒産」という事件も、ハリウッドでは上へ下への大騒ぎ。そして、倒産によって得をした人、全てを失った人、様々な人の情念が集積し、舞台となる無憂荘で爆発する。
序盤は関係者の紹介に頁が割かれるが、財産整理のためのオークションを迎えると、探偵クイーンの登場と相乗しテンポアップ。
本書でクイーンは探偵として、ではなく脚本家としてハリウッドに招聘されており、同じく1930年代後半に脚本家として数多くの映画に携わった作者クイーンの経歴とリンクする。
いかにもな人物の死と真っ黒に見える容疑者といういささかマンネリ気味のオープニングだが、殺人そのものに仕掛けられた謎は魅力的。まあ、ミステリに少しでも耐性がある人ならば、コレというトリックはすぐに思いつきそうだが。
物語を複雑化/停滞させているのは、探偵クイーンの対抗馬として出馬するロサンゼルス警察本部のグリュック警視。突然縄張りにやってきて手柄を掠め取られないかと警戒心を強くする気持ちもわからないでもないが、前時代的な登場人物にはやや辟易する。もしかすると、ハリウッドの華々しくも排他的/閉鎖的な状況を紹介したかったのか、または作者クイーンが新参者としてハリウッドに乗り込んだ自分の境遇とリンクさせたかったのかもしれない。
加速度がピークを迎えるのは中盤の第三部に入ったあたり。ここからは、探偵クイーンがある特殊な立場で事件に首を突っ込んでいく。まさにハリウッド的といって良いド派手で、視覚的に映える仕掛けなうえに、クイーンシリーズの中でも稀有な展開だけに、クイーンファンにとっては必見の作品になっている。
捨て鉢気味に国家機関までも手玉に取り事件に首を突っ込むクイーンも面白いが、恐いもの知らずで猪突猛進のヒロインとタッグを組んでの素人探偵の趣向も興味深い。また、ヒロイン自身がクイーンを心から信頼しないので、ある意味推理の三角関係に陥っている様もユーモラスで読み応えがある。さらに古典的な暗号トリックや手掛かりを引き出すための劇的なブラフなど色彩豊かな仕掛けが丁寧に仕込まれているので、解決の瞬間まで楽しめる。まあ少々拍子抜けなところがないでもないが。
最後にタイトル『悪魔の報復(報酬)』原題:THE DEVIL TO PAYについて。直訳するとたしかにタイトルに近くなるのだが、調べたところ、英語の慣用句で「ひどい目に合う、大変なことになる」といった不幸な出来事/災い/後難を意味するようだ。イメージで言うと、悪魔に支払いや代金を要求してあとでどんなおつりが来るかわからんぞ、といった感じだろうか。脅し文句や忠告の際に使われることが多いようだが、本書ではどのような意味を持っているのか。悪魔の報復が意味するところから推理してみると、ホワイダニットを当てる手がかりになるかもしれない。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。
あまり推理という推理をせずに読書していたので書くほどのことが無いが、コートの鈎裂きの事実を知っていたのは、最有力容疑者ウォルターとピンク、ヴァル、守衛のフランク?のみ。コートがリース邸で見つかった時点では、偽の手がかりを仕込んでリースまたはウォルターに罪を擦り付けようとしたのはピンク以外に考えられない。まあ動機と殺害方法は全くわからないが。
スペイスが書き変えようとしていた(もしくはした?)遺言がカギかもしれない。と思ったがその後も進展はない。
検死すればわかることなのに、何故毒殺を刺殺と誤認させようとしたのか。毒殺だとバレると誰か誤った人物に容疑がかかるからか?たとえばリースとかに。そして庇っているのがウォルター、と考えると一応しっくりはくる。なぜ毒殺だとリースが容疑者になるのかはわからない。
18章からはほぼ解決編。殺害方法は、投擲もしくは射出された凶器による毒殺。それを誤魔化そうと傷口を上書きしたのがウォルターか。射出と言えば、ピンクがリースの体育コーチだからあとは順当。
推理
ピンク
まあここまで理路整然と手がかりが提示されると、サプライズを感じるタイミングすら見失ってしまいます。とはいえ、事件現場に参集し殺人の再現を行った、その流れで軽やかに犯人の名指しまでもっていくクイーンの手並みは華麗です。
ただピンクがわざわざ左利き用の弓術用の手袋をはめてクイーンにお膳立てしちゃうのだけはなんだかマヌケに見えます。そもそもが勘違い/思い込み/激情型/頭まで筋肉のおバカさんによる殺人事件だったので、そのマヌケさと、頁の端々から感じられる後悔/苦悩も含めて憎めない犯人にはなっていますけど。
エラリー・クイーンがホームタウン・ニューヨークを離れ、ハリウッドという別世界で孤軍奮闘するという筋だけ知っておけば、単体として読むことは容易なので、ミステリ初心者にもオススメできる作品でした。
よくエラリー・クイーンは“神”と形容されますが、本作では急に道化を演じたり、人の子だとわかるように血を流したり、と神から人に降りてきたかのようなキャラクターになっていますし、特有の鼻につく堅さも和らいでいます。
物語自体はやや地味ですが、探偵の勢いのある立ち回りと鮮やかで論理的な推理を楽しめる秀作です。
では!