『途中の家(中途の家)』エラリー・クイーン【感想】美しさと懐の広さが両立

1936年発表 エラリー・クイーン10 青田勝訳 ハヤカワ・ミステリ文庫発行

 

 

    『ローマ帽子』から始まる≪国名シリーズ≫をついに読み終え、お次は『災厄の町』以降の≪ライツヴィルもの≫への繋ぎとなる一作です。

探偵エラリー・クイーンがいるのは、ニュージャージー州会議事堂前のホテル。実在の場所が出てくるのが珍しくて、色々と画像を調べて回ったのですが、残念ながら現在は議事堂近辺にホテルは全く無し。さらに冒頭に登場する地名ラムバートンやキャムデン(カムデン)、デラウェア河などヒントに事件現場の特定に挑んでみたものの撃沈。ただ、議事堂の金の屋根の描写は現代のものとピッタリと一致します。

 

   話を元に戻すと、クイーンはホテルのバー・ルームで偶然旧友ビルと再会します。ビルは義理の弟ジョーについて何やら疑念を抱いているようで、エラリーとの親交を温める暇もなくジョーとの会見に臨むのでした。会見場所では読者の予想通り事件が発生し、エラリーの登場と相成ります。

    ここでエラリーが友人ビルのために一肌脱ぐ過程(描写)がかなりアツい。国内シリーズの前半では、探偵エラリー・クイーンのキャラクターは控えめで、謎を解明するためだけのデウス・エクス・マキナと化しているのですが、後半にいくにつれ心情や人間関係にも重きが置かれ、キャラクターものとしても楽しめる要素が増えてきます。本作でも、エラリーは友人の苦境に心動かされ、自主的に事件に首を突っ込んでいきます。(結局のところ、ビルの妹が関係者の中にいた、というのが大きかった気もしますが)

 

    肝心のミステリの中身で言えば、物語の中核をなすフームダニットを中心とした謎が秀逸です。ビルの置かれた状況や関係者の登場のタイミングによって、予想はつき易いかもしれませんが、あくまでも予想は予想。タイトル『途中(中途)の家』のとおり、全てにおいてどっちつかずで中途に留め置かれた状況設定と、明らかに曰くありげな物的証拠も見どころです。

    前者については、事件の心理的な側面と直結しており、後者はエラリー・クイーン(作者)が得意とする論理的で美しいパズルミステリの屋台骨になっています。数学的な美を備えつつミステリとしてバランスの取れていた前シリーズから一転し、心理・物理の両面で平均以上の水準をクリアした安定の一作として、また、捜査一辺倒な古典ミステリと違い法廷描写など読者を楽しませる小技も用意されているので、ミステリ初心者の方にもオススメしやすく懐の広い作品でもあります。シリーズ作品としての絡みはほとんどなく、登場人物もそこまで多くありません。キャラクターに目を向けてみても、探偵エラリー・クイーンとその仲間たちという構図で行動する、弁護士ビルと女性記者エラとのトリオものとしても常に読んでいて楽しいミステリでした。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    偶然にも、本作を読んでいたのはほとんどが、飲み会帰りの電車の中。適度に(時には過度に)お酒が入った中読んだので、探偵エラリーの友人を思う「アツさ」にウルウルきっぱなしの読書だった。ただ、酔っぱらっていたとはいえ、推理はそこまで難しくない。

 

    中盤の公判のシーンまで読み進めて、推理できることは、ギムボール派の誰かがルーシィに成りすまして、ガソリンスタンドを訪れ、目撃者を用意したこと。

    焦げたコルクの謎は全くわからなかったが、何かメッセージが書かれた可能性が出てきたので、まず間違いなく、アンドリアへの脅迫の手紙だろう。ジョーが殺された原因が重婚だと考えると、ここも騙されていたギムボール派の誰か、ということになる。

    重婚の被害者はジェシカだが、保険金の支払い問題を考えるとフィンチも怪しい。いや怪しすぎる。彼のオフィスでやり取りされた特注の煙草のエピソードや、エラリーに送られてきた煙草とマッチ箱の描写も怪しい。というか、マッチ、煙草、とくればそのまま事件現場の不可思議な謎ではないか。女装しても一言も声を発しなかったことも含めて、ルーシィに成りすましていたのは、グロヴナー・フィンチで間違いなさそう。アンドリアを拉致して命を奪わなかったのも犯人像と一致する。

 

推理

グロヴナー・フィンチ

真相

勝利

    動機だけは誤っていました。いの一番に保険金の受取人変更を知っていたので、最初っからギムボール家への義理が動機かと思っていましたが、それプラス、ジェシカへの愛もあったとは…正直ジョーが諸悪の根源じゃないかとも思うのですが、堂々と不倫や重婚をテーマにしてしまうところは、1930年代からずいぶん進歩(?)したなあと思わざるを得ません。

    ≪読者への挑戦状≫が付された作品の中では難易度が低い作品でしたが、中でも、脅迫文を書くために使った焦げたコルクの手がかりがそのまま、犯人が男性だと暗示している点(女性ならものを書くためなら口紅を使えばいいから)はさすがです。謎を覆い隠す手がかり、さしずめ二重の手がかりには一読の価値があります。

 

 

 

 

ネタバレ終わり

    他の方の感想でチラッと見た記憶があるのですが、本来本書って前書きがあるの?今回読んだハヤカワ文庫の旧訳版には無かったので、シリーズ順に読みたい方は新訳の方がエラリー・クイーンらしさがあって良いかもしれません。

    あと、オチに用意された“リップ”サービスも含めて、作者エラリー・クイーンがのびのびと書いた様が容易に想像できる作品なので、シリーズ順に読むのもおすすめです。

では!