『魔法人形』マックス・アフォード【感想】奥深いプロットとモクモク

1937年発表 数学者ジェフリー・ブラックバーン2 霧島義明訳 国書刊行会発行

 

    マックス・アフォードは初挑戦なので、まずは簡単に作者紹介から。

 

マックス・アフォードという男

    マックス・アフォードは1906年オーストラリア・アデレード生まれ。若くしてオーストリアを代表するラジオ局でラジオ・ドラマ制作で生計を立て、その実力は局のシナリオコンテストでも入賞するほど高いものでした。その後は劇作家としても人気を博して100を超える作品を世に送り出し、ラジオ・ドラマの製作は1000話を超えるほどだったと言います。

    そんな膨大なラジオ・ドラマに比べて、生み出した長編推理小説の数はわずか5作。“オーストラリアのカー”と呼ばれるほど密室と不可能犯罪をテーマにした作品が多いのが特徴です。

    そして彼が生み出した主な探偵は、数学者ジェフリー・ブラックバーン。論理的な“数学者”ほど探偵役に合う職業はあまりありません。引き締まった肢体にクールな表情と愛らしい灰色の目、35歳で数学教授の座に就き、かなりのヘビースモーカーで、チェスの名手でもある。と、多くの探偵の中でもなかなかのイケメン具合。クイーンやピーター卿、キャンピオン氏のようなスタイリッシュ探偵の仲間でしょう。

    残念ながら本作はシリーズ作品の2作目なので、できれば1作目から読んでみたいところです。

 

粗あらすじ

悪魔学研究家の屋敷で起こるのは、家族一人ひとりを象った不気味な人形にまつわる怪事件。

 

    コレだけでワクワクしてきます。この恐ろしげな空気が、作中の天候や、屋敷の様相、施設や設備の入念な設計との符合によって独特の雰囲気を醸し出しており、たしかにカーを彷彿させるだけのものはあります。

    探偵役ジェフリー・ブラックバーンは、警察から絶大な信頼を受けているようですが、1作目を読んでいないため多少の違和感は拭えません。また、ヘビースモーカー、という点以外飛びぬけたところはあまり多くみられませんが、“数学者”故の細かで論理的な思考が常に推理に活用されています。一方で多少怒りっぽいところが玉に瑕ですが…

 

    物語に登場するプロップ・木彫りの人形、そして殺害予告と言えば、クリスティの名作を否が応でも想像してしまいますが、本作はフーダニット一点に絞ることなく、ホワイ(動機)、ハウ(方法)、さらには包括的にホワット(何が起きていたのか)ダニットにまで範囲を広げて多彩な展開を見せます。これらのどこに重み付けがなされているかは、ネタバレのため省略しますが、これら多彩な謎の種類と構成に作者がある仕掛けを施しています。

    全体的に感じられる正統派な印象とは違う、攻めのスタイルで書かれた挑戦的な一作だと言えるでしょう。個人的には好きな作品です。

 

    一方で、ミステリ初心者うけはあまり良くなさそう。というのも、巧みに練られたプロットから導かれる真相や演出が実は作者の計算のうちだった、ということが、めちゃくちゃ気づきにくいからです。巧いけど地味。川相の送りバント…じゃないですね。あれは芸術なので。

    …とにかく、“オーストラリアのカー”の名に恥じぬ実力は発揮していますし、最後に待ち受ける“会心の一撃の破壊力も抜群。ミステリファンなら読んでおいて損はない一作です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    序盤から大好きな雰囲気。怪奇風の小道具に、私立探偵、摩訶不思議な密室、とミステリを彩る装飾に余念がない。

    密室も怪奇もたしかにカーらしいが、私立探偵との推理合戦もあるとすると、それこそアンリ・バンコランものを彷彿とさせる造り。

 

    ロジャーの死を経て、一度物語を整理してみると、ベアトリスを事故に見せかけて殺したロジャーが、復讐のために殺された、というのはアリか。そうなるとベアトリスの兄であるロチェスター教授が怪しく見えてくる。

    凶器のナイフが射出された可能性も提示され、密室のトリックにも光明が差す。そもそも礼拝堂のカギも屋敷の主なら合鍵ぐらい持っていても不思議ではない。

 

    決定的な証拠が無いまま物語が進むが第二の事件直前で、あきらかに怪しげな人物が…私立探偵ピムロットの、プレーター殺害は決定的では?頁169のピムロットによる一人二役はさすがに目立つ。

    また、終盤、密室トリックが機械仕掛けの凶器によってもたらされたものだとわかると、ピムロットのアリバイは崩れ、ほぼ決定的に。最後に明かされる遺言書の中身で動機も提示され謎解きとしては終わり。

 

推理

トレヴァー・ピムロット(アーサー・ハーバート・テンプル)

真相

勝利!

 

    「犯人あて」にだけ絞ってみると、実に簡単なミステリですが、再度サラッと読み返してみると、作者マックス・アフォードがどんな思惑でプロットを組んだのか朧げですがその形が見えてきます。

    まず、わかりやすいのは、一見すると密室トリックと関連付けたくなるアリバイトリックが、実はピムロットにとって想定外の事案だった点。ここは、私たち読者視点ですが、不必要なアリバイができてしまったがゆえに、物理的な密室トリックが解けた瞬間、唯一アリバイがあるピムロット(とジャン)が目立ってしまいました。しかし、ピムロットはここで自信をつけ、大胆かつイチかバチかの賭けに出ます。それが第二の殺人です。作中では見事探偵を騙すことに成功していますが、ここで用意されているのが、ひとたび見破ってしまえば犯人に直結してしまう“会心の一撃”になる手がかりでした(頁183)。しかもこの手掛かりの解説を最後の「余録(頁321)」で明かしてしまうのも憎い演出です。

 

    また、遺言状の隠し場所と付随する事件の全体像も秀逸です。外国に住む相続人による犯罪、というテーマ自体はありきたりなものですが、犯行後の計画まで完璧なミステリはありませんでした。ただ、これらの美点になかなか初読で気づきにくいのは難点。

 

 

 

ネタバレ終わり

    決して玄人向けということはないと思うのですが、初読時に感じる以上の奥深さがあるので、ある程度ミステリの形式や造りに慣れておくと、面白さが倍増しそうです。

    探偵ジェフリーも、推理しながら燻製でも作っちゃうんじゃないか、と思われる(作中にエピソードあり)ほど愛煙家探偵で、個性はバッチリ。未訳も含めて邦訳化が期待されるシリーズです。

では!