1938年発表 エラリー・クイーン13 青田勝訳 創元推理文庫発行
前作『悪魔の報復(報酬)』
次作『ドラゴンの歯』
本作は≪国名シリーズ≫と≪ライツヴィルシリーズ≫をつなぐ≪ハリウッドシリーズ≫……ってコレ、ここ何作かのエラリー・クイーンの感想でずっと言ってる気がする。いつまで繋げば「ライツヴィル」にたどり着くのだ……。もしかしてライツヴィルって概念か?
改めて言うまでもないかもしれませんが、エラリー・クイーンはアメリカを代表する二人組の推理作家。1920年代以降のアメリカのミステリを創り上げた立役者であり、ミステリ雑誌の編集者や批評家としても活躍し、のちのミステリ繁栄の礎を気づいた作家です。
エラリー・クイーンが創造した探偵の名はエラリー・クイーン。ニューヨーク市警の警視を父に持つ頭脳明晰で博識な紳士、しかも作中でも推理作家。デビュー作『ローマ帽子の謎』(1929)を始めとする≪国名シリーズ≫から架空の街ライツヴィルを舞台にした≪ライツヴィルシリーズ≫まで40年以上もの長きにわたってミステリ界を引っ張ってきた名探偵なのです。
なぜこのタイミングで改めて作者紹介みたいなことをやってみたかというと、今ちょうど読んでいる第14作『ドラゴンの歯』を読み終えると、いよいよあの≪ライツヴィルシリーズ≫に入るっぽいんですよね。
カッチコチの本格推理小説だった≪国名シリーズ≫から転換して、新しい時代のニーズに応えようと変化していった過渡期の作品群と目される作品を読みえる前に、自分のためにも一度整理しておいて、架空の街ライツヴィルという新世界へと旅立つ準備をちょっとずつ進めていくつもりです。
駄弁はこれくらいにして本作の感想をば。
狂った街ハリウッドの毒気に侵され、いつもの冷静さを欠いたクイーンを見ることができるだけでも読む価値はあるのですが、ハリウッドの喧騒と混乱を存分に味わうには前作『悪魔の報復』から読むのが吉。『悪魔の報復』は単体としても楽に読め、クイーンのキャラクターも魅力的に描かれているので初心者にもオススメです。
ただ、本作はちょっと特殊というか、面白味を素直に感じ取りにくいところがあります。ひとつはメインの殺人事件のテーマに魅力がない点。さすがハリウッド、というセンセーショナルでサスペンスフルな事件の発生にはなっているのですが、物語が進めば進むほど事件の不可思議性が高まり、明らかに悪意に満ちた殺人事件が起きたのにもかかわらず、誰も殺人者がいないかのような停滞感/閉塞感がストレスを生みます。
一方でエラリーの口からは、本作の解決の糸口になる手がかりについてしっかりと提示されています。ある一つの謎が解けさえすれば、この事件はきっぱり解決する、と断言するエラリーの自信が期待を煽ります。
しかし、問題はここから。手がかりを徹底的に追及するかと思いきや、捜査は迷走します。先述のある一つの謎を解くために謎が出てきて、その謎を解くためにはまた謎が出てくると言う具合に、謎のマトリョーシカ現象が発生しているせい(そんなものない)で、コレだ!という筋は掴んでいるのに全く進展しません。もちろん振り返ってみれば、計算高いプロットだったと言えるわけですが……。
煽情的で派手な事件に暗号。また、謎が謎を包含する特異なプロットと、プロットまでも伏線にしてしまう卓越した推理の技巧などミステリとして楽しめる要素には事欠かない中期の傑作ではありますが、間違いなく初心者向けではありません。
表面上、こんな作品ですよ、何々が大事ですよとエラリー自ら言ってくれるにもかかわらず、その部分だけがなぜか文字化けして見えない。なぜ見えなくなっていたのか復習する楽しみはありますけど、さくっと騙されたいときには肌に合わない作品です。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。
ハリウッドの連中は、勝手に行動して問題を起こすから腹立つな。前作に引き続き振り回されるエラリーを見るのは楽しいが、ミステリとしては混乱が助長するので鬱陶しい。
本作のエラリーは、なかなか素直に読者に手がかりを提示してくれる。まずは頁165
動機をはっきりつかめば―この事件はきっぱり解決するのだ。
本書はシンプルなホワイダニットだということか。
続いてカードによる脅迫の謎が登場するが、これがかなり邪魔。動機を探るのにいちいち暗号やその配達手段を操作する必要があるか?と訝しんだが、結果、配達予定日時から重大な手がかりが判明する。(頁250)
要約すると、犯人の最初の目的はブライズのみを殺すことで、その罪をジャックに着せるつもりだった。しかし、二人が結婚することになったため、二人とも殺さなければならなくなった。なぜ?またもや重大な謎が発生した。
ブライズとボニー両人に殺人の動機があるとなると、やはりトーランド・スチュアートしか思い浮かばない。自身の莫大な遺産を渡したくないという偏執的な動機だろうか。トーランドは病床に伏しているが、それがパフォーマンスだとすると、ジューニアス医師も共犯となる。遺言ではジューニアスにも条件付きで分配があることから、実行犯がジューニアスの可能性は高い。
これくらいしか思い浮かばない。
推理
トーランド・スチュアート&ジューニアス医師
真相
リュー・バスカム&ジューニアス医師&アーサー・パーク(リューによる未来の遺産相続人殺害事件。のはずだが、実際には既に本物のトーランドは死んでおりパークが演じていた。)
いやいや、そーいや最っ初の方に言ってたけども。ブライズのまたいとこ、とか言ってたけども。その後もスチュアート家の一員だとかなんとか紹介されているけども。パークも死んだって言ってたしさあ。死体が見つかってないとか何か怪しげに書かれていたけどさあ。
全然不満はない。
終始散らかった印象を受けないでもないが、たぶんエラリーのロマンスのせいだろうし、散らかったと言っても、暗号とその真意、いたってオーソドックスな事件を複雑化するプロットなど秀でた点の方が多い。
強いて言うならば、最後に犯人を囮捜査のような形で嵌めなければならなかった必然性に欠けるように思える。パークによる死の偽装を追求すれば、芋づる式にリューまで捕まっていただろうし、先にボニーとタイに真相を告げておけば敢えてあんな危険を冒す理由が無い(もちろんこれだと全然面白くない)。
いくらミステリに必要なサスペンスとはいえ、ちぐはぐに感じるのは、やはり作者クイーンがハリウッドと世間に尻尾を振ったからだろうか。
王道というかありきたりを膨らませて上質なミステリに仕上げる手腕にはただただ脱帽ですが、やはり≪国名シリーズ≫の正々堂々とした作風の方に好感を抱いてしまいます。
もしかすると、本来切っても切れない関係であるはずのロマンス描写に対する嫌悪感が原因かもしれません。ロマンスって愛し合う二人の間に壁があるから、困難が立ちはだかるから燃えるわけじゃないですか。今回って、こう、全然熱くならないんですよね。もちろん本作のような展開が見たかった自分もいるんですけど、本作では必要無かったかなあ。
抽象的すぎて未読の方は何言っているかわかんないでしょうけど、たぶん「ハート♡」がちょっと邪魔してるんだと思います。
では!