『ガーデン殺人事件』S.S.ヴァン・ダイン【感想】予定調和が心地良い

1935年発表 ファイロ・ヴァンス9 井上勇訳 創元推理文庫発行

前作『カシノ殺人事件

次作『誘拐殺人事件』

 

 

 結論から言うと普通に面白かったです。「普通」というと失礼かつ曖昧な表現になってしまいますが、古き良き時代の雰囲気を保ったまま、ミステリにおけるお約束づくめの、健全で理想的な一作でした。なんか過去作の感想記事では色々思うところを率直に述べたけど、全部赦してあげたいです(謎の上から目線)。

 

 

 起こる事件そのものには特別な捻りもなく、かなりオーソドックスな類なのですが、舞台設定と小道具にしっかり注力されているので、事件の発生まで読者を引っ張る力があります。なんてったって競馬レースの出馬表(しかも折込みで)が入っているくらいの力の入れよう。事件の前兆としてファイロ・ヴァンスに届けられた意味深長な警告文は、導入のための撒き餌に成り下がらずに物語を進めるのに役立っていますし、見取り図が推理に活用できる重要な手がかりになっているのも見逃せません。

 

 あと、単純に推理ゲームのためのミステリとしてクオリティが高い。今までのファイロ・ヴァンスものに比べて登場人物も多いですし、彼らが一つ屋根の下で怪しげにそれぞれの役を演じてくれるので、ちゃんと皆を疑えます。ここに、先程の屋敷の見取り図を比べてみて、アリバイを始めとするフーダニットから推理するもよし、警告文や人間ドラマからホワイダニットを探ってみるのもよし、はたまた機械仕掛けの小道具を調べてハウダニットに注目しても読みごたえがあります。

 

 ファイロ・ヴァンスものを読んでいると、ヴァンスの一見論理的に聞こえる強引なこじつけ論と、ペダンティックな会話の数々に辟易する瞬間が少なからずあるのですが、本作ではそれが少なく、あったとしても、複数の手がかりで補完されていることが多いのも、説得力を高めている要因のひとつ。

 また、フワッと仄かに香るくらいの邪魔にならないロマンスが作品に色を添えていますし、怪しげに見えた登場人物たちの挿話も解決編までに整理されるなど、どの角度から見ても齟齬がなく、かなり優等生な作品です。

 

 あえて難点を挙げるなら、推理ゲームとしての趣向が高いのにもかかわらず、解決のまさにその瞬間のボルテージが全く上がらないところ。盛り上げ方の下手さとそもそもの難易度の低さ、でしょうか。

 難易度が低いのは別に悪いことじゃないんですが、解決編の派手さが変な方向に向いちゃって、「いや、それじゃない」と感じないでもないというか。まあ、その不器用さも含めて、名作古典ミステリと読んであげたいんですけどね。

ネタバレを飛ばす 

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

 出馬表を見た時はガックリきた。いや、これが手がかりだとしたら、絶対に何かを読み解ける自信がない。

 まずはミス・ビートンが怪しい。階上から降りてきた、という目撃証言と食い違った発言がある。(頁119)

 

 ヴァンスによる被害者の自殺が殺人だったという説明はちゃんと筋が通っていて面白い。この中で銃声は二度鳴ったことが示唆された(頁135)。一度目は金庫室(実際の殺害現場)。二度目は殺害時間を誤魔化すための空砲。これは、間違いなくガーデン家のメイン・フロアーのどこかから窓を開けて撃たれたのだろう。だから、関係者による証言で銃声が聞こえた方向が違う。ここまでは簡単。

 

 ミス・ビートンの殺害未遂事件はピンとこないが、動機の面から考えてみると、単純に財産目当ての殺人にしか思えない。となると最有力はフロイドだが彼に想いを寄せている風のザリアとミス・ビートンも容疑者に入るだろう。

 むしろミス・ビートンにいたっては、序盤に怪しい言動があるし、二つ目のガーデン夫人殺害の機会と動機の面で真っ黒だ。彼女自身の毒殺未遂事件も、自分で仕組んだものだと考えればしっくりくるし、電話線の故障を見つけ報告したのもミス・ビートン、凶器の銃が入ったコートの持ち主もミス・ビートンとくれば、“自作自演”という符合を無視できない。これだな。

 

推理

ミス・ビートン

結果

大勝利

 久々に全部まるっと当て切ったと思う。ヴァン・ダインの旺盛なサービス精神のおかげか、手がかりもしっかり強調されていたし、ザリアに対する強いミスディレクションも露骨だったので、難易度はかなり低め。

 ただ、犯人の行動に心理的な符合があったり、犯人の策謀が全て効果的に作用していたり(読者にはバレバレだが)と中々侮れない箇所もある。

 それ以外には秀逸なネタがあるわけでもなく、白眉のトリックも無いいたってオーソドックスなミステリだが、こういう王道のミステリが恋しくなった時には必ずばちっとはまる良作だと思う。

 

 余談だが、最後にヴァンスが“会心の一撃”(たった一つの言動で犯人だとわかりました、みたいなオサレなやつ)を振るおうとするのだが、盛大に空振りしている感があって、そこも好き。

 

 

 

 

        ネタバレ終わり

 サプライズはほぼ0だと思います。本来ミステリにおいて、予定調和的な要素ってタブーなはずなんですが、本作ではなぜかそれが心地よく感じちゃうんですよねえ。その理由をこの記事の中でバシッと言語化したかったんですが……。

 ファイロ・ヴァンスシリーズは前半6作と後半6作で大きく評価が変わるとよく言われるのですが、それって物的/状況証拠を廃し、心理的な証拠を元に論理的な推理行うはずのファイロ・ヴァンスが徐々に直感で捜査を進めるようになってきたからだと思うのです。

 それが本作ではかなり改善されて、原点回帰を果たしてるんですよ。だからこそ、物語の展開やオチが予定路線でも、輝きを感じられるんじゃないかと。

 まあ、さすがに黄金時代の後期の作品ですから、他の名作たちとは比べないであげましょう。

では!

 

ガーデン殺人事件 (創元推理文庫)

ガーデン殺人事件 (創元推理文庫)