『幸運の脚(幸運な足の娘)』E.S.ガードナー【感想】ミステリ史初の解決編?

The Case of the Lucky Legs

1934年発表 ペリー・メイスン3 中田耕治訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリー発行

前作『すねた娘(怒りっぽい女)

次作『吠える犬』

 

ネタバレなし感想

 「“幸運の脚の女性”マージョリーというモデルが詐欺にひっかかった」彼女の未来の伴侶になる予定だった男からの依頼を受け、メイスンは、探偵ドレイクの力を借りながら、マージョリーを陥れた筋金入りの詐欺師パットンを追い詰める。しかし、彼の滞在していると思われるホテルで事件が。はたしてメイスンは、どっぷりと罠にハマった女性を救えるのか。

 

 当初の命題は、詐欺師の発見と女性の救出なのだが、物語がスピーディに目まぐるしく転換するため、次々とメイスンの進むべき方針もくるくると変わっていく様がなんとも心地良い。また、第一作『ビロードの爪』と同様に、自ら死地へと飛び込んで火中の栗を拾う如く奮迅する冒険家気質のメイスンの活躍も見どころとなっている。

 第二作『すねた娘(怒りっぽい女)』のような法廷が舞台にはならないものの、解決編でメイスンの醸し出す雰囲気は裁判そのものだし、周囲の人間が裁判官のような役を演じたり、記録官がいたりと十分に法廷ものの魅力は備えていると言える。

 

 作者ガードナーは、本書を書くのにだいぶと苦労したそうで、前作・前々作とは違ったものを出版したいという強い思いがあったようだ。(その苦悩や出版社/編集者とのやりとりは、ドロシー・B・ヒューズ『E.S.ガードナー伝』で詳しく書かれている)一部参照すると、「原稿を破り棄てて最初から書きなおしはじめた」というのだからその苦悩ぶりがよくわかる。

 もちろんその苦悩の原因は、本書の核心であるプロットにある。過去の2作と同様に嘘をつきまくる関係者たちが物語を上手く搔き乱す。しかも、依頼人や弁護すべきはずの被告を含むのだから憎たらしい。また、メイスンが窮地に陥いるのも似通っており、ある一点を除いて目新しいところの無い作品だ。しかしその“ある一点”を成功させるために、メイスンは思いつく限りの工夫と策を弄さなければならなかったと思われる。何をどう弄ったのか正確なところはわからないが、かなり綱渡り的なプロットであるだけに、「めちゃくちゃガードナーは大変だっただろうな」と思うし、彼の憂悶がひしひしと伝わってくる。

 

 ただ、上記のプロットは、決して推理小説史上に残る歴史的なものではない。ミステリの黄金時代でさえ使い古されたのもかもしれない。しかし、それを成立させるための細工は多彩かつ美麗なので、間違いなく読む価値がある一作だ。

 

 あとは解決編にも触れておきたい。解決編こそ、本作最大の魅力と言っていいと思う。ここでは、もちろん探偵として事件の真相を明らかにしてしまうのはもちろん、弁護士として、さらにはある重要な立場の人間としても大立ち回りを演じる。メイスンだけでなく登場人物たちのキャラクターも際立つ解決編は、今までのミステリでも類を見ない内容なので、是非とも多くの人に読んで体験して欲しい。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

 依頼人にすら信を置かないメイスンの確固とした方針が良い。また、序盤からメイスンの心優しい一面が顔をのぞかせ、また彼が好きになる。

 パットンという大者らしい詐欺師を追い詰めるため、どんな策を弄するのか期待に胸が膨らむが、あっけなくパットンは死んでしまう。ブラッドバリイの忠告通り、ドォレイが殺したのか。

 もしくは明らかに嘘をついているマージョリィの友人セルマだろうか。

 物語が進むと、事件の輪郭ではなく、登場人物たちの怪しい光が見えてくる。もちろんブラッドバリイだ。

頁96のメイスンの台詞

はじめてあなたというかたがわかりましたよ、ブラッドバリイ

は二人の間に散る火花が見えるかのようだ。

 

 メイスンによると、彼がわからない謎というのは、パットンはナイフで殺されたのに、なぜ現場にブラックジャック(砂などを固めた棒状の武器)が残っていたのか、という点。メイスンは残されたブラックジャックの謎さえわかれば、事件全体が解決すると明言している。(頁111)

 簡単な推理は、ナイフで殺した後にブラックジャックを遺留物として捜査を混乱させるために残した。ブラックジャックはパットンのものだった?パットンが誰かを殺そうとして、逆に殺されたのか?こんな軟な推理では真相は見通せないだろう。いったん保留。

 

 第八章のメイスンの捜査への拘りを吐露する場面は名シーン

 秘書のデラはメイスンにこう尋ねる。なぜ他の弁護士のようにオフィスにすわっていて、事件が向うからやってくるのを待たないのか?なぜ自分からわざわざ前線に出て、事件それ自体に捲きこまれるような真似をするのか?これに対するメイスンの返答は、アメリカの大都会で活躍する洗練された弁護士らしからぬ、冒険気質に満ち、猛々しく侠気溢れる理由になっている。

 

 閑話休題。

 中盤では、デラに成りすました女性の共犯者がいることが示唆される。誰だ?やはりセルマか?と思っていたら、すぐにその女はヴェラ・カッターと名乗る女性だとわかる。その後、ヴェラを尾行させる手はずを整えるメイスンの手際のいい差配がまた痺れる。ドレイクとの関係性も良い。

 

 終盤になると事件の構図は明らかに。マージョリーとドォレイは互いにかばい合っている。セルマもマージョリーを庇って嘘をついた。ヴェラ・カッターはドォレイに気があり、そこをブラッドバリイに利用された。ブラッドバリイはマージョリーと結婚するため、ドォレイに罪を擦り付け、メイスンに弁護させた。これだな。

 

推理

J.R.ブラッドバリイ

真相

正解

 うん。犯人当てについては成功したものの、そのディティールは全然わからなかった。殺害の経緯というよりも、なぜメイスンがブラッドバリイが犯人だと気づいたのか、という点。

 実は、メイスンがブラッドバリイを全然信用せず裏をかこうとする序盤から、彼が犯人であるというフラグは立っている。他にも、ドォレイをやっつけろと言ったのに、のちに弁護しろと言ってきたり、電話を盗聴してメイスンの詳細な動きを探ったり、と堂々と犯人だと名乗るかのようなシーンが多々あった。しかし、それでもなお彼が犯人だと思えなかったのは、決定的な証拠がなかったから。彼の怪しい言動が、どのように殺人事件に関わっているのか結びつけることができなかったからだ。

 ここが、作者ガードナーが苦悩して、書きなおした部分なのではないか。ブラッドバリイとメイスンが対立するという構図上どうしても犯人が見え易くなるリスクを回避するために、どこに手がかりを隠し、何をヒントにするのか。悩みに悩みぬいたうえでの盗聴と、アリバイ工作、そして共犯者だったのだ。そして、本作の出来を見る限り、それらの努力は報われたと言って良いと思う。

 

 あとは、ギリギリの綱渡りだった解決編が凄まじい。自ら事件現場を混乱させた罪を、“自供”という形で告白しながら、それがそのまま証人尋問や証言などの王道の法廷ミステリになっている部分は圧巻だ。

 

 一点だけ不満というかモヤモヤするのは、いくらブラッドバリイが知恵の回る闘士だったとして、同じく闘士であり高名なメイスンを選んで依頼したのはやや不自然に感じる。もうちょっとバカな弁護士に頼めばいいのに……ってのは完全な蛇足。

 まあメイスンの性(さが)というか、弁護士魂のようなものを感じることができただけで読めて良かった。

私は、いつでも危険に身を賭けている。私が仕事に手を出すときはいつでもそうだし、自分はそういう生きかたが好きなんだよ(頁256)

カッケェ……

 

 

 

          ネタバレ終わり

 前2作以上に、包容力があり、男らしく、頼れるメイスンを見ることができるので、ぜひ多くの人に読んでもらって彼の魅力に痺れてもらいたいです。それにはまず、全作新訳化ですね!各出版社様改めてお願い申し上げます。

 

 そういえば最近、本シリーズが原作のアメリカのドラマ『弁護士ペリー・メイスン』がリブートされるという情報が入ってまいりました。

 なんとその制作は『アイアンマン』でお馴染みのロバート・ダウニー・jrのチームが関わっており、9月18日からAmazon Prime Videoの有料チャンネルで配信されるようです。どうせならAmazonオリジナルの無料版でやってくれよ……そして日本でも人気が出て、本がばんばん再版されるようになったらいいなあ……。

 


『アベンジャーズ』のロバート・ダウニーJr.&HBOとタッグ!『ペリー・メイスン』予告編

一応、予告編が出てたので貼っておきます。

 

では!

 

幸運の脚 (1957年) (Hayakawa Pocket Mystery 333)

幸運の脚 (1957年) (Hayakawa Pocket Mystery 333)