ソフトボイルドがいい塩梅【感想】E.S.ガードナー『ビロードの爪』

発表年:1933年

作者:E.S.ガードナー

シリーズ:弁護士ペリー・メイスン1

訳者:小西宏

 

 

弁護士ペリー・メイスンといえば、ミステリ界においても屈指の長寿シリーズです。

40年にもわたり計82もの長編に登場するペリー・メイスンの初登場作品が本作『ビロードの爪』であります。ってゆうか年2冊ペースってどんだけバケモンなんだ…

 

 

シリーズの後半作品のタイトルを見ていると、興味をそそられる作品が多々あることに気づきます。

一時期ツイッター界隈でも話題に上がっていた『嘲笑うゴリラ』を筆頭に、溺れるアヒル、弱った蚊、寝ぼけた妻、虫のくったミンク、駆け出した死体、色っぽい幽霊、無軌道な人形、などなど枚挙にいとまがありません。

これはあくまでも憶測ですが、作者ガードナーは、二つの箱に別々のキーワードを書いた紙を入れて、えいっと引いて組み合したものをそのまんまタイトルにしたんじゃなかろうか、ってくらい一見テキトーにも思えるタイトリングの数々に興味津々です。

全82作ということなので、まだまだ収集自体進んでいませんが、少なくとも『嘲笑うゴリラ』くらいまではのんびり読もうと思います。

 

ということで本書の

粗あらすじ

から

弁護士ペリー・メイスンの事務所にやってきたのは、大物政治家とのスキャンダルの揉み消しを依頼しに来た美女。メイスンの秘書デラは不吉な予感がすると警告を発するが、結局依頼を引き受けてしまう。多くの難題に直面しながらも、有能な探偵ポール・ドレイクとともに解決策を模索する中、ついに関係者の一人が死亡し、しかも最有力容疑者にはメイスンの名が!?八方ふさがりの状況の中、メイスンは事件の解決と依頼の達成を同時に遂行できるのか。

 

いつもより多めにあらすじを書いてしまった感もありますが、この大筋を書かないと物語の面白さがどうしてもうまく伝わりません。(伝えれません)

メイスンの立場は弁護士ということで、殺人事件が起きた場合、どうしても犯罪を立証する警察側とは反対の立場にならざるを得ません。

もちろん真実を追い求めるため警察と協力することもありますが、本書のように最有力容疑者になってしまっては話が変わってきます。

弁護士らしからぬ武骨でハードボイルドなキャラクターも、たしかに魅力としては十分です。キャラクターが独り歩きすることもなく、犯罪とまではいかなくとも、ルールを逸脱するかしないか、といったギリギリのラインで行われる捜査も新鮮でした。

 

このようにデビュー作でありながら、弁護士という強みを活かした法廷ミステリに固執せず、奇抜な設定と効果的な演出でペリー・メイスンの有能さをこれでもかとアピールできているのが素晴らしい点でしょう。

 

一方で、このキャラクターと人物描写が、なかなか現代の読者には受け容れてもらえないのではないか、という懸念もあります。

1930~40年代と言えばハードボイルド全盛期。典型的な白人美女と名探偵という構図ですら、今となっては錆びついてしまっている感もあって、ちょっとソレ(ハードボイルド)らしい空気があった時点で本を読む手が止まってしまう読者もいそうです。

007のような視点を散らすアクションも全くないので、ここはやっぱりミステリを構成する「謎と解決」に焦点を絞って読んでほしいところ。

怪しさ満載の依頼人と、翻弄され窮地に陥るメイスン、そして殺人事件、それらを結びつけるたった一つの真実とは。という視点だけでも十分頭を悩ませられる上質なミステリになっています。

 

また、登場人物全員にも全く無駄な配役はなく、なにかしらの役が与えられており、彼らの複雑な動きに混入する“偶然の要素”も印象的です。

たしかにハードボイルドの味付けはありますが、まだまだ薄味でソフトボイルド、くらいなので、そのテの作風が苦手って方にも比較的おすすめしやすい作品でした。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

どう考えてもイヴァが怪しすぎ&妖しすぎる。

彼女くらい、呼吸をするかのように嘘を垂れ流す人物は、自分の読書経験上はじめてかもしれない。

そして、そんな人物でも依頼を受け、救おうとするメイスンのキャラクターがいまいち理解できない。やっぱり金か、金なのか。

 

脅迫者との直接対決が早々にあって、しかも依頼人がなんと脅迫者の妻、という贅沢な演出にはうっとり。

この物語を生み出す見事な手腕には、レックス・スタウトと通じるものがある。アメリカの推理小説作家も侮れない。

 

なんとなく編集長のロックが肝なような気がするがどうだろうか。

彼からベルターの牙城が崩せないか…と思ったらベルターが死んだ。でアッと言う間にメイスンが容疑者候補に。

これは笑いを禁じ得ない。

 

依頼人がまさかの目撃者で、しかもその嘘を暴く証拠すらないとは…いやはや恐れ入る。

 

ミステリの観点では、これ以上にイヴァ犯人説を推し進める条件はまたとないと思われる。

しかも、のうのうと邸に入り、バスローブ姿でベルターと面会した時点で、イヴァ確定なような気もするがそんな簡単ではないか。

 

後半に入ると、ロックの秘密が暴かれ、依頼人の本来の依頼はすんなり達成。ただ殺人事件に関しては進展なし。

 

う~ん、イヴァが自供し、めでたしめでたしかと思ったが、なんとなく腑に落ちず…

消去法で行くとグリフィンだけど、立証ができない。

降参。

 

推理(推測)

カール・グリフィン

犯人

ミセス・ヴィーチ

カール・グリフィン

ノーマ・ヴィーチ

完全敗北

 

う~む。たしかにイヴァの自供が早すぎたので、実は弾が当たってなかったのかな、とは思ったのですが、そもそも外れた弾を警察が見逃すなんてありえないと思うんですが…

 

全体的に見ても、ミセス・ヴィーチはイヴァの乱行に便乗しただけで、犯罪者としてはかなり微妙なレベルでしょう。

むしろイヴァのほうが、メイスンを嵌めたり、遺言の偽造に心理的トリックを組み合わせたりなど、名犯人の素養を十分見せています。

ちょっとやそっとで忘れられない印象的な悪女でした。

 

メイスンはと言えば、ぱっと見、依頼人に嵌められた間抜けな弁護士ですが、そんな苦境の中でもしっかり依頼をこなしたうえで、真実を究明し、かつ依頼人(イヴァ)の無実も証明する、という離れ業をやってのけたのには、ただただ脱帽です。

 

 

ネタバレ終わり

 

今後のペリー・メイスンシリーズでは結構法廷描写も多く登場するようなので、どんどん読み進めたいシリーズです。

しかし、ほぼ同世代に登場(1939年)したクレイグ・ライスのJ・J・マローンも同じアメリカの弁護士で3人組。

あっちは酔っぱらい3人衆で、こっちは有能でハードボイルドタッチ。これらを並行して読むつもりなので、どう違うか、どんな謎と解決が用意されているか、楽しみながら読み進めたいと思います。

では!