『その死者の名は』エリザベス・フェラーズ【感想】一冊でわかるすごいシリーズやん

Give a Corpse a Bad Name

1940年発表 トビー&ジョージ1 中村有希訳 創元推理文庫発行

 

 初フェラーズです。ミステリ愛好家からの評判もかなり良いですよねえ。自然と期待値が上がります。

 かたいなかのチョービー村で起こった珍事件が物語の中心です。

深夜、道路の真ん中に泥酔して寝ころんでいた人間を轢いてしまったと警察署に駆け込んできた未亡人。警察は捜査を始めるが、その人間が誰で、何のためにチョービー村に来たのか、どこに行こうとしていたのか、なぜ酔っぱらっていたのかは皆目見当もつかなかった。噂話の宝庫である酒場に居合わせた元新聞記者のトビーと相棒のジョージは興味本位で珍事件に首を突っ込んでいく。

 

 まずは、探偵コンビの不思議な魅力があふれ出します。頭脳明晰で行動派の元新聞記者トビー・ダイクと、警察恐怖症でぽっちゃり丸顔のジョージと名乗る男。一見アンバランスな二人ですが、それぞれの得意分野を生かして、関係者に取り入ったり、人知れず奸計を巡らしたりと、”二人だからこそ”通用する推理手法と、探偵術が特徴的です。

 

 警察からすると、捜査の妨害をしかねないブン屋と得体のしれない男、というコンビなのにもかかわらず、するすると警戒の網をかきわけて、事件の中心に近づいてしまう、人たらしな探偵として、なかなかミステリ史にも類を見ない特異な存在です。特にジョージは、身にまとう雰囲気や言葉の端々に覗くピリッとした毒気のある一言、呆けたふりして核心をつく賢者のような佇まいが癖になります。

 

 中心となるミステリについては、事件の全容/全体像が謎の中心となっており、急激な物語のアップダウンがあるわけでもなく、牧歌的な田舎町の雰囲気そのまま、しっとりと流れます。

 殺人を犯しそうな人物がそれなりに登場し、裏で暗躍する人間の影もちらつきます。また、決定的な物的証拠は、次々に手が加えられ、関係者の証言も二転三転して、事件の全体像を暈すことで、謎の不可思議性や奥行きはぐんと深まります。

 

 ただ、犯人を指し示す証拠があまりにお粗末なため、犯人当ては簡単♪簡単♪………と思ったところからが本書のスタート。

 エリザベス・フェラーズが本書の中で画策した真のトリックと、チョービー村の長閑な空気に隠された驚愕のミステリが待っています。ここに冒頭の探偵のキャラクターを加味した強烈な推理が、強い説得力を伴ってぶん殴ってくるのがたまりません。

 

 デビュー作でこの出来ですから、ほかのシリーズ作品の期待もぐんぐん上がります。

 個性的な登場人物たちによる”含み”まくりの会話の応酬があったり、村の雰囲気のまんまメリハリの利いた展開はないので、ややゆったりとした海外小説でも読める読者なら十分楽しめる名作だと思います。

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

 解決への初めの分岐点は、ミルン夫人がただ事故に巻き込まれたかどうか。

 (a)故意に男を轢いたのか、それとも(b)ただの事故だったのか。

 故意ならば、(a')ミルン夫人もしくは関係する人物に男への殺害の動機があったかどうかが論点になる。

 事故ならば、(b')本当にただの事故(c)真犯人による事故の画策、が考えられる。

 ただ、酔っぱらいを道に放置していて、本当に確実にその人物を死に至らしめることは可能だろうか。例えば泥酔状態の人間を、橋から突き落としても同じ効果が得られるし、車に轢かれるとも限らないし、仮に轢かれても確実な死は望めない。よって(c)の可能性は少ないだろう。

 (b')はミステリ的に無いか。

 ならば消去法で(a)ミルン夫人が故意に轢いた線で進めていこう。

 

 ミルン夫人のような世知に長けた経験豊富な女性なら、事故を装って自身に不利益な人間を殺そうとしても不思議ではない。殺人に必要な度胸も演技力も頭脳もすべてそろっているように思える。

 ただ、ミルン夫人のキャラクターから過去に執着があるようには思えないこと、彼女を怪しく見せる手がかり(酒壜・スーツケース)が集まりすぎるところが妙に怪しい。

 彼女が殺したと見せかけようとする真犯人の計画だろうか。そもそも”事故に見せかけて”というのが、殺害方法としても手法としても弱いが………。

 

ミルン夫人以外の人物から推理すると、まずはミルン夫人に思いを寄せている風のマクスウェル少佐だが、これは動機も王道過ぎて怪しくない。

 娘のダフネと恋人エイドリアン・ローズはどうだろうか。

 ミルン夫人の遺産目当てと考えれば一定納得はできるし、エイドリアンの軽薄なキャラクターやダフネのトビーに対するロマンスの視線もミスディレクションにはうまい具合に作用している。

 

 終盤、エイドリアンとミルン夫人の意味ありげな応酬や、エイドリアンのコテージでの雑誌のやり取りなどから、彼らのどちらかが犯人であろう雰囲気は感じる。どっちだ?

 

推理

エイドリアン・ローズ(おどおどしてた)

 

真相

エイドリアン・ローズ(ヘンリー・ライマーの事故死に関与した。その事故を逆手にダフネと結婚し、遺産を奪うためミルン夫人の逮捕≒死に誘導した)

ミルン夫人(エイドリアン・ローズの自殺を教唆。娘ダフネを守るため)

 

 最終章はさすがにしびれました。まさかありきたりな凸凹コンビものだと思っていたのに、まさか探偵役にも大逆転の仕掛けが施されていたとは。

 また、ミルン夫人自身の事件への関与の動機付け、とくにダフネの真の年齢を隠すため、そして自身のような結婚生活を送らせないようにという母親の愛から出たエイドリアンとの対立というプロットは抜群にうまいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

    ネタバレ終わり

 この一作でわかるんですが、めちゃくちゃいいシリーズですよねこれ。たった5作しかないなんて驚きです。これから1940年代を代表する黄金期のミステリをどんどん楽しみたいと思います。