『不可能犯罪捜査課・カー短編全集1』ジョン・ディクスン・カー【感想】小粒がいっぱいで普通に辛い

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THE DEPARTMENT OF QUEER COMPLAINTS

1940年発表 マーチ大佐 宇野利泰訳 創元推理文庫発行

 

 巨匠カーの短編は初めて。長編にある重奏的なトリック、怪奇現象の波状攻撃はありません。しかし、山椒は小粒でもぴりりと辛いと言いますか、短い物語の中に輪郭のくっきりしたピリッと刺激的な仕掛けやトリックがあるのもまた真実です。

 スコットランドヤードにある奇怪な事件専門の部署・D3課の課長マーチ大佐が活躍する6編に加え、歴史ものや超自然を扱ったものまでバリエーションに富んだ10編が収められています。

 

各話感想

新透明人間 The New Invisible Man

 宙に浮いた手袋が老人を射殺した!?これでもかと不可思議な現象を全面に押し出した作品です。トリックは明かされてみれば平易なんですが、痛快なオチにいたるプロットに構成美が見える一作です。

 

 

空中の足跡 The Footprint in the Sky

 夢現の人物による記憶にはない犯罪をテーマにした作品です。同じようなテーマの作品はいくつかありますが、本作では(一応)ちゃんとしたトリックで別の解答が用意されています。質は……まあどっちでもいいです。

 

ホット・マネー Hot Money

 ポーの『盗まれた手紙』系列の一編。その手の作品の中ではもしかすると最低ランクの出来なのではないでしょうか。まあ、ここは文化の違いという点で色眼鏡で見てあげてもいいんですが。この作品を認めるとなってくると、なんでもアリになってくるんでね。

 

楽屋の死 Death in the Dressing-Room

 アリバイトリックに注力された殺人事件がテーマ。この系列の作品はぜひ映像化してもらって実行可能か試してもらいたいですね。まあ、ありきたりな作品からは抜け出せないので、もう一ひねりあっても良かったかなとは思います。

 

銀色のカーテン The Silver Curtain

 本書ベストの作品です。カジノで磨ってしまった青年が、怪しげな小遣い稼ぎに巻き込まれ、破滅へと向かっていくお話。降りしきる雨、異国の裏町、銀の短剣など想像を膨らませる鮮やかな叙景描写が素晴らしく、その全てを効果的に活用した珠玉のトリックもまた一級品です。

 

暁の出来事 Error at Daybreak

 長編でみられるカー得意のドタバタ劇が短編にぎゅぎゅっと凝縮されたトリッキーな一編。原因不明の死と死体消失という八方ふさがりの事件ですが、マーチ大佐の機転によって事件は思わぬ展開を迎えます。話の展開がミステリ通好みですが、トリックに関してはちょっとお粗末なところも。

 

もう一つの絞刑吏 The Orther Hangman

 物語は、19世紀末の死刑宣告を受けた極悪人を巡る怪事件です。強烈なインパクトを残すオチが見事なので、物語の筋は省略しますが、法の網を掻い潜る完全犯罪を堪能できるはずです。後半のマーチ大佐ものでない作品群では本書がベスト。

 

二つの死 New Murders of for Old

 静養のために船旅に出た実業家の青年が新聞で見たニュースは、なんと自分が自殺したというものだった。急いでわが家へと帰った男が見たものとは……。

 第三者の語り手によって俯瞰的に語られる物語の雰囲気が見事です。ネタはありきたりでも、怪奇の影を落としながら、不合理を合理的に描写していくカーの卓抜した手技が素晴らしいと思います。リドルストーリーにも読める遊び心もなかなか秀逸です。

 

目に見えぬ凶器 Persons or Things Unknown

 古典的な名トリックが光る作品です。語られるのは16世紀に起きた怪事件。十三カ所もの創傷を負った死体とその部屋に居合わせた最有力容疑者。しかしながら容疑者の体からも部屋からも犯行の凶器は見つからなかった。

 トリックについてはやや難ありのような気もしますが、物事があるべきところに落ち着く一種の安心感があるのも事実で、怪談噺のオチに結び付けるカーのユーモアも光る秀作です。

 

めくら頭巾 Blind Man’s Hood

 カーは、最後の最後にどえらいミステリを持ってきてくれました。もう雰囲気が見事なので、ぜひなんの事前情報もなしに読んでほしいです。19世紀のクリスマスのある夜が舞台になっているので、時期を合わせて読むと怖さが倍増すること間違いなし。ただ、恐いだけで終わらせることなく、緩急をつけたオチが用意されているので、ホラーが苦手な人でもちゃんと楽しめるはずです。

 

 

おわりに

 エラリー・クイーンの『冒険』『新冒険』みたいに、完璧なトリックと完璧なロジックがあるわけではないんですが、エンターテインメントとして、読者の感情を揺さぶり、楽しませる点では、エラリーやクリスティでも敵わないテクニックがカーにはあります。

 特に、恐怖心を煽る部分と、恐さと紙一重にある「なんだ、良かった」という安心感を同時に提供してくれるプロットはさすがです。

では!