CALAMITY TOWN
1942年発表 エラリー・クイーン 越前敏弥訳 ハヤカワ文庫発行
前作『ドラゴンの歯』
次作『靴に住む老婆』
ネタバレなし感想
ついにライツヴィルにやってまいりました。ライツヴィルとはニューヨークの北方に位置するとされる架空の町で、エラリーは新作執筆のためにニューヨークを離れ、この町へやってきます。
町一番の旧家ライト家が売りに出した物件を借りたエラリーですが、その家は新婚夫婦の奇妙な離別や、買い手の怪死のせいで“災厄の家”と呼ばれる曰く付きの物件でした。名家の放蕩娘や奇妙な三角関係に振り回されながらも、なんとか三週間を乗り切ったころ、災厄の元凶が舞い戻ってきて、穏やかに見えたライツヴィルの景色が一変します。
題材はドロドロしていて重たいし、全員が奥歯にものが挟まったような言い回ししかしないので、歯がゆさしかなくイライラはするのですが、それら暗雲をぱっと晴らす解決編が用意されているので、それなりに読後感は良いです。
ただ、登場人物の人間的な“弱さ”を前提条件としたミステリなので、一人でも強い人間がいれば(探偵エラリーも例外ではありません)という、苛立ちともどかしさが常につきまといます。エラリーがある人物について勇気があると形容するシーンがあるのですが、ここらへんにぐっとくるかどうかで物語の印象/評価がガラッと変わってしまうのではないでしょうか。
トリックやロジックによる推理ではなく人間関係を紐解くことに長けた人ならば、一読すれば真相がわかってしまう難易度だとは思いますが、端役の使い方や、彼らに忍ばされた謎の明かし方など、作者の巧者な手腕を堪能できる一冊には違いありません。
また、法の網目を掻い潜り法廷闘争をかき乱す証人や、予想外の犯人を指名するエラリーの突飛なロジックが描かれる法廷シーンも見どころの一つになっています。
事件そのものがやや定型的だったり、ロマンスが推理に邪魔だったりと気になる点がなくはないんですが、まあ、光の当て方で事件の姿や登場人物の印象が180度変わる逆転の構図(今思いついた)が素晴らしいので、文句はありません。
クイーン初期の整った数学的な美しさではなく、全体を眺めて感じる絵画的な美しさへと転換した中期の名作として、多くの人に―特に人間ドラマを巧みにあやつったクリスティの愛読者の皆さんに―読んで欲しいミステリでした。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
婚約者を捨てた男が3年をという月日を経て戻ってくる。異様な状況だ。3年前の出来事か、3年間の出来事がどちらかが事件の要因だろう。
ジムが3年を掛けてノーラの毒殺を計画したとは考えにくい。その計画を記した(未来への)手紙が残っている、という状況も信じがたい。
考えられるのは、3年間の間にジムはノーラ以外の女性と結婚し、その妻が死んだということ。
そして、ジムを追ってライツヴィルにきたローズマリー・ヘイトはジムの姉などではなく、死んだと思われていた妻に違いない。
ジムは、重婚の罪を脅迫され、妻ヘイト夫人にゆすられており、だからこそ偽ローズマリーは殺された。
となると、犯人は二人しかいない。ジムかノーラか。ジムのことはエラリーが見張っており、その後グラスに触れたのはノーラしかいない。ヒ素もジムが購入したのならば、ノーラは容易に入手できただろう。
ただ気になるのは、ジムはノーラだと気づいていながら、なぜ真相を告げないのか。知らずに重婚の罪を追わせてしまったノーラへの罪滅ぼしなのか。そして、ノーラは自分で殺しておきながら、なぜジムの無実を訴えるのか。
なにか心につっかえるものがあるが何かはわからない。
とりあえず犯人あては終了
推理
ノーラ・ヘイト(ライト)
真相
ノーラの目的はローズマリーと夫ジムの死だった。彼女は自身の傷つけたジムにローズマリー殺し罪を被せ二人に復讐をしたのだった。ジムが自分を庇うことも全て計算ずくだった。
いやあ、なぜ気づかないんだって感じだが、恐ろしい悲劇だった。
今回のネタは、「犯人あて」に限って言えば全然難易度は高くなく、むしろ、真犯人とジムとの関係性や言動の謎を解明するのが中核だった。そして、無実と知るジムを救おうとする本物の姉ローズマリーの変装や、真相に気付いてなお物語を静観するエラリーの不可思議な行動など、どうすることもできない不条理な状況に抗おうとする人間たちのドラマを描くミステリなのだ。
エラリーのロマンスの終着点が、パットとカートの選択した決断だと考えれば、ロマンス描写も決して不必要なものではなかったと言える。
本書は、エラリー・クイーンシリーズを始め多くのミステリの翻訳を手掛ける越前敏弥氏の手による新訳版。旧訳で伝えきれない細かな部分を修正したもののようです。旧訳版を読んでいないため、確たることは言えませんが、あとがきを見る限り、原作者の意図を忠実に伝えるための努力の結晶が本書のようですので、これから読む方は、もちろんこの新訳版をお勧めします。
では!