『フレンチ警部の多忙な休暇』F.W.クロフツ【感想】警察24時が先か、クロフツが先か

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FATAL VENTURE

Fatal=致命的な

Venture=(金銭的にリスクの高いbusiness)投機、事業

ですから、『死をまねく事業』というところでしょうか

1939年発表 フレンチ警部19 中村能三訳 創元推理文庫発行

前作『フレンチ警部と毒蛇の謎

次作『黄金の灰』

 

 

 

 クロフツお馴染みの手法である2部構成が効果的に用いられた長編。1部では事件発生までの背景や設定が描かれ、2部でフレンチ警部の捜査が始まる、いたってオーソドックスな展開景なのだが、+αの一捻りが加えられているのが上手い。というか、そもそもオーソドックスというのはクロフツ作品の中での話で、海外古典ミステリでここまで堅実な2部構成になっているのはクロフツ以外にあまりない。被害者を始めとした関係者たちの人生と冒険を1部で堪能し、2部でフレンチ警部の確実な推理を楽しむ。楽しみ方さえ知っていれば、クロフツ作品は何倍も面白くなる。

 

 いつもどおり、1部で語られるビジネスアイデアとその実行方法がシンプルに面白い。よくもまあ色んなアイデアが思いつくものだと、クロフツの創作能力の高さに改めて感動する。

1部の主人公は旅行会社の添乗員ハリー・モリソン。団体旅行者の添乗中に出会った紳士ブリストウから豪華客船を用いた真新しい旅行計画を打ち明けられたモリソンは、スポンサーを求め旅行好きの大富豪ストット氏を紹介した。かくして、人生の成功へと歩みを始めたモリソンだったが、航海の最中、彼の人生を変えるような大事件が起きてしまう。

 

 前半の大半は、モリソンとブリストウがビジネスを軌道に乗せるまでを事細かに描写していく。どこでどう経費を削ることができるか、収支のバランスはどうか、恒常的に利益を生み出すことができるか、法律上の問題や障害はないか。それこそ、世の中の働く人々が何か新しいものを生み出そうとするときにぶつかる壁が全て本書に描かれていると言っても良い。事件(とその背景)にリアリティを持たせる、これだけで自然と物語が勢いをつけて転がり出し、人間を動かし、凶悪事件まで引き起こしてしまうのだから面白い。

 

 本書のフレンチ警部はある密命を帯びて捜査にとりかかる。しかも、そこにフレンチ夫人も登場するというから驚きだ。フレンチ夫人の一風変わった考え方と進言は、フレンチ警部の頭の中に新しい風を吹かし、事件に新たな側面から光を当てることになる。

 論理的な解決のためには、ここから多少強引に想像を飛躍させ、穴だらけの物証を探す作業が必要だが、怪しい記述や犯人の手抜かりはあからさまに描かれるので、犯人当てには苦労しない。しかし、解決編では、犯人当てではなく、物語の真の解決に向かってプロットを組むクロフツの正義感・警察愛が輝くので最後まで見逃してはいけない。

 

 本書の醍醐味は、やはりフレンチ警部の着実な捜査と、徐々に逮捕の輪が狭まっていく様。そして、素人犯罪者に対する、捜査のプロの手腕をじっくり堪能できるところにある。これは、たまにテレビで特集される「警察24時」のようなドキュメンタリー番組に近い。警察官の鋭い目はどんな悪事も見逃さず、怪しい動きや人間を機敏に捉える。様々な悪に対して、正義は決して怯むことは無く、警察の執念の捜査は報われ、最後には必ず正義が勝つ。これが多くの作品の中でフレンチ警部が体現していること。

 わかった。私がクロフツものが好きなのは「警察24時」が好きだからだ。たぶん。

では!