The Case of the Curious Bride
1934年発表 弁護士ペリー・メイスン5 宇野利泰訳 新潮文庫発行
前作『吠える犬』
次作?『義眼殺人事件』
まずは前作の感想でも言ったのだが、ペリー・メイスンもののお約束である次回予告がなかった件(本作の中身とは少し違う話)。
そもそも前作の最終ページの脚注には
このあとの半ページほどの文章は、本文庫(創元推理文庫)既刊「義眼殺人事件」の末尾とまったくの同文で、次作「奇妙な花嫁」の予告になっている。したがって、重複をさける意味から本編では省略した。
とある。この時はよく理解しようともしていなかったので、勝手に省略しやがって!とプンプンしていたのだが、よく読んでみるとわかる(あたりまえ)。
「吠える犬」の次回予告と創元推理文庫発行の「義眼殺人事件」の次回予告は全くの同文、つまりどっちも「奇妙な花嫁」の予告なのだ(そのとおり)。いやいや、じゃあ「奇妙な花嫁」の最終ページにあるであろう次回予告はどうなっているのか。というか、「吠える犬」も「義眼殺人事件」もどっちも次の作品が「奇妙な花嫁」ってどういうこと?
答えからいうと、というかドロシイ・B・ヒューズによる『E・S・ガードナー伝』によれば、初期のペリー・メイスンものの執筆および刊行の順は、執筆作業の難航や、出版社の販売戦略などによってかなり前後したらしい。
たとえば、『幸運の脚(の娘)』では、作者ははじめて”生みの苦しみを味わった”とされているし、そのせいで『怒りっぽい女(すねた娘)』が先に出版された。また『吠える犬』の連載契約の交渉が長引いたので、やっぱり先に『幸運の脚』が出版されたようだ。
Twitterでもフォロワーの方からご指摘があったとおり、原書の版(実際の出版時期と執筆時期の差)によって次回予告の記載内容には多少の前後があったようだ。
ちなみに手元にある版違いの義眼殺人事件によると、たしかに創元推理文庫版は、次回が本作『奇妙な花嫁』だが、角川文庫版は『管理人の飼猫』になっている。
ようするに、まああんまり深く考えない方がいいのかもしれない。
本書は、作者をして『これまでに書いたどのメイスンものよりも四割がた良いもの』とのことだから、安心して読むのがいい。
あ、ちなみに今回読んだ新潮文庫発行の『奇妙な花嫁』には、次回予告が……
ない。なんでだ(またか)
本書感想
まず「わたしのお友達の話なんですけどぉ~」なんていかにも怪しげな女性の依頼に、メイスンは全てを見通す慧眼をもって、悠長に依頼に耳を傾ける。いつもの高圧的な態度を曲げてまで、依頼を受けようとするメイスンのキャラ変には驚かされるが、何も理由がなくメイスンは行動しない。彼は何かを感じ取っていたのだろう。
案の定、依頼人を尾行する怪しげな人物が登場し、メイスンは自ら依頼人を調べ始める。
次第に浮かび上がるのは、シカゴの大富豪と彼の息子と結婚した過去のある花嫁。
事件の性質はいつも通り依頼人を窮地に追い込むもの。状況証拠・物的証拠ともに依頼人が疑わしく、絶体絶命の大ピンチに思える。
シリーズの醍醐味だが、窮地に陥る(未来が見える)人間に対して、それを食い物にしようとする大物という構図の時、メイスンの闘志は激しく燃える。
前述のとおり、すべてが依頼人を指し示す状況にもかかわらずメイスンの思考は冷静そのもの。街の印刷屋、タクシー運転手、電気屋など様々な労働者階級の人間と交流しながら、誰も予想だにしない角度から攻撃を始める。
その攻撃の効果が出始めるのは、やはりライバルの検事ルーカスとの直接対決が行われる法廷。陪審員の心証操作の観点からいえば、間違いなく真っ黒の手法で、法のスペシャリストである裁判長や検事さえも見抜けない奇想天外な方法で、容疑者の無実を少しずつ手繰り寄せてゆく。
メイスンのすごいところは、依頼人の無実を証明する/事件をただ解決するのが目的でないところ。彼の思考は常にその先に、(善人ならば)依頼人に幸福をもたらすこと、最善の航路で人生の歩みをすすめる助け舟を出すことだ。
謎の提示から奇抜な解決方法、そして物語の立派なオチ、そしてそれらの流れるようなスムーズな展開が、安定の面白さを生み出している。毎回思うが、絶対新訳か復刊すれば絶対に売れるのではないか。法そのものが洗練され新しくなっている手前、メイスンの手法は旧式になってしまっていて、現代には通用しないのかもしれない。でも、メイスンものの面白さ事態は全く損なわれていないと思うのだが。
以下超ネタバレ
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。
真相は意外にシンプルで、ローダは実際にモクスリイに暴行を加えていた。それを尾行によって見ていた、夫のカールがとどめをさしたのだ。最初から正直に証言していれば正当防衛で済んでいたことかもしれないが、カールの内面の弱さは愛するはずの妻に罪をなすりつけることにしか結びつかなかった。
このシンプルな構図を、殺害現場で鳴ったベルという何気ない証拠を用いて、無罪判決までもっていくメイスンの剛腕がとにかくすごい。やっていることはかなりグレーよりの黒なのだが、事件現場を実際に貸借したり、証人には偽証ではなく、事実を証言させる絶妙なタイミングを操作することで、効果的な印象を残させるなど、法廷家としての技能が駆使されている。
メイスンものはいつもある程度同じストーリーになるらしい。変わった依頼人が来て、依頼人が窮地に陥って、メイスンが才気煥発ぶりを披露し、奇想天外な方法で依頼人を救う。悔しがるルーカス検事と笑う裁判長。イチャイチャするデラとメイスン。ニヤニヤするポール・ドレイク。
なのに、毎回新鮮で驚かされる。今のところ全作ハズレなし。
自信をもってオススメできる。
では!
やっぱり早川文庫のものも欲しいな。