『指輪物語 王の帰還上・下』J.R.R.トールキン【感想】余韻を醸成させてまだまだ味わいたいので追補編は読まない

The Return of The King

1955年発表 瀬田貞二・田中明子訳 評論社発行

 

前作『二つの塔

 

ついに指輪物語を読み終えました。感無量というか、まあ人並みの感想しか出てこないわけなんですが、ずっと映画版にしか触れてこなかった人間からしてみれば、一の指輪の行方だけでなく、その後にも物語は続いていたという事実だけで新鮮ですし、それはやっぱり中つ国に住む多くのヒトが懸命に生きた証拠なんだと思うのです。冥王サウロンと戦った人たちが愛した中つ国に自らも身を置くかのような、読後の不思議な親近感と幸福感、そして達成感は、これまで読書に費やした膨大な時間の賜物でしょうか。指輪物語を読もうと心に決めてはや5年。とにかく、今は全巻制覇(追補編は未読)した自分をほめてあげたいです。

 

ざっくりあらすじ&感想

『王の帰還・上』

物語は、ミナス・ティリスにて、狂気に堕ちゆく執政デネソールに使えるピピンから始まる。デネソールとファラミアの確執、そしてその後のファラミアを見舞う悲劇に伴い、デネソールはついに正気を失ってしまう。

 

ミナス・ティリスでのハイライトは、もちろんピピンの大活躍にあるのだが、彼とともに窮地を救うミナス・ティリスの近衛兵ベレゴンドが素晴らしい。

誇りと命を懸けてピピンを援け、ひいてはミナス・ティリスそのものを救った張本人だ。彼の口から語られるミナス・ティリスの様子や、近衛兵としての矜持の一言一言が暖かく力強い。地位も役職もない一兵士でも信念をもって行動する美しさが描かれ、指輪物語全体を通して大好きな登場人物になった。

 

アラゴルン一行の動きも見逃せない。角笛城の戦いの疲弊が癒されぬうちに、呪われた死者の軍団を味方につけるため、決死の旅へと出立するアラゴルンたちに加わるのは、エルロンドの二人の息子エルロヒアとエルラダン。そして死を覚悟しながらも勇気を奮い立たせアラゴルンを支えるハルバラド。さらに、アラゴルンに淡いまなざしを送るエオウィン姫との出会いと別れなどが描かれる。

 

セオデン王の遠征とペレンノール野の合戦はおおむね映画の描写と近似しているが、戦いの悲惨さと、かけがえのない命が失われる悲しみ、一方で黒の乗り手を打ち斃す喜びも一入だった。

 

ここから黒門での最終決戦まで、テンポは急速に上がっていく。最終決戦へと望む彼らの耳には、すでにフロドとサムの動きがファラミアを通して知らされていた。

彼らの役目は、黒門での捨て身のような戦いを通して、サウロンの目を指輪から逸らすことにあった。こうして、黒門での戦いの火ぶたが切られ、ピピンの上に災厄が訪れるところで上巻が終了する。

 

ペレンノール野の合戦の勝利を好機と、黒門に攻め入る陽動作戦がよくできている。エルフや人間たちの混成軍が、罠とも知らずに黒門に押し寄せ、全滅の憂き目にあっている、とほくそ笑むサウロンの顔が浮かぶ。

 

『王の帰還・下』

滅びの山まであと少しのところで捕まってしまったフロドを援けるためサムが奮闘する。

とにかくスパイ顔負けの技量で(もともとホビットは忍びの技術に長けているが)オークどもの巣窟に勇猛果敢に乗り込み、フロドを救ってしまうサムがやはり輝いている。

指輪のせいもあるが、疲弊し諦念にかられるフロドを、精神的にも物理的にも支えたサムは、指輪物語の陰の主役と言って過言はない。いや、間違いなくサムこそ、指輪を巡る冒険の立役者だろう。

 

指輪との決別が描かれる滅びの山での一幕は、ゴクリの哀愁ただよう結末も併せてあっさりと簡潔に描かれる。

J・K・ローリング(ハリー・ポッターの作者)ならもっと「古の予言」とか大立ち回りを加えてエンタメたっぷりで描くところだろうが、そこは、忍びのもの。いかにサウロンに気づかれず指輪を葬ることができるかが物語の鍵だったので、その瞬間までサウロンに気づかれずに事を成したこと自体に大きな意味がある。追手が迫りゆく中であれば、グワイヒアの助けは間に合わずフロドとサムの命はなかったかもしれない。

 

指輪を巡る物語はこうして終わりを告げた。

終始、火花散る騎士同士の剣戟や、手に汗握る活劇の連続、という構成ではなかった。

指輪を葬った後の残党処理や、中つ国の平定に際しても、大きな騒動もなく、王の即位までただただ平和に時は過ぎ去る。しかし、それがいい。乾いた大地に静かに恵みの雨が降るように、しっとりと穏やかに、そして喜ぶように大地は歌う(なんじゃそら)。

 

映画では語られることがなかったが、旅の仲間たちと別れたあとに語られるもう一つの戦いがあった。水の辺村の戦いである。

ブリー村を経て帰郷の途につくフロド、サム、メリー、ピピンが見たものは、人間たちによって支配され、かつての面影がなくなったホビット荘だった。指輪戦争を経て大いに成長したホビットたちがいかに自分たちの日常を取り戻し、ホビット荘に平和をもたらすのか。4人それぞれの経験や性格が細やかに反映され、彼らのその後の人生の行く先をも決定づける重要な物語だ。また、この戦いをもって冥王サウロンとの最終決着がつくことにもなる。

なぜフロドが灰色港から旅立つことになったのか、指輪を巡る戦いがホビットたちに何をもたらしたのか、より世界を理解する助けになるのは間違いないので、映画版を見終わった後でもこの最終章は読む価値がある。

 

著者ことわりがきと題した巻末の数頁(もともとは序文)も興味深い。

作者自身が「寓意」という言葉を使って、実際の戦争や政治と指輪物語を結び付けるむきに否定的な姿勢を示しているが、ずっと自分も指輪=「核兵器のようななにか」と思って読んでいた節がある。指輪を手にして使用を躊躇わない人類と、指輪を葬ることに命を懸けたホビットたちとの対比があるような気がずっとしていた。もちろんこの考え方は作者の言葉によって否定されている。改めて、トールキン世界の物語に触れる時、あまりに現実的な向きに目を向けずに、ただただ世界に没頭する(させる)重要性を確かめることができた。それはたぶんファンタジー小説を楽しむことにおいて必須(もちろん現実世界を舞台にした作品も多いが)なファクターなのだろうと思うし、それこそファンタジーというジャンルが独占している際限ない没入感というお家芸なのだと思うからだ。

 

だらだらと書きなぐっているが、深く、強く、長い余韻を楽しめる本シリーズはやっぱり読書を愛する全ての人にお勧めしたい。魔法の名前を叫んだり、映画のような華麗なアクションはない。それでも、

・中つ国全体の設定の精巧さ

・人間やエルフ、ドワーフなどの想定内のキャラクターではなく「ホビット」という特異な種族を主人公に据えた物語

・詩や食事、情景が眼前に浮かぶような美しい描写の数々

これらの美点はほかのファンタジーでは決して味わえないものだ。

自分は読破まで5年かかった。いや、第一巻の序盤で挫折した期間もあったので10年近いかもしれない。しかし、それでも十分すぎるほど楽しめた。言い換えるなら10年もひとつの作品群でワクワクしながら楽しく過ごせた。こう言ってもいいだろう。もう10年以上ずっと幸せ。

 

そういえばまだ「追補編(歴史や年表など)」が残っている。

まだまだ楽しめそうだ。

では!