『料理長が多すぎる』レックス・スタウト【感想】本当に料理長が多すぎる

1938年発表 ネロ・ウルフ5 平井イサク訳 ハヤカワ文庫発行

前作『赤い箱

 

 極度の外出嫌いの安楽椅子探偵ネロ・ウルフシリーズ第5作。冒頭から、ウルフとアーチーが列車に乗ってカノーワ・スパーなるリゾート地を目指していることがわかります。この列車内でグチグチ言いながらビールを流し込むウルフとそれを往なすアーチーの舌戦から、早くも「ウルフもの」の醍醐味が味わえるでしょう。

 

 至る所に料理の蘊蓄が忍ばされ、カノーワ・スパーで行われる料理長同士のききソース対決という複雑で特殊な仕掛けが施された怪作なので、中々初心者向けとは言い難い作品です。しかし、その複雑さゆえに、解決編の厚みと味わいは圧巻。ただ真相を淡々と告げるのではなく、解決編の中に直接罠を仕掛け、“真の解決”に持っていくウルフの技量も見どころです。

 

 他にも細かいところで紹介したい魅力的なポイントは多々あるのですが、探偵に降りかかる災難に始まり、ききソース対決の様相や従業員たちの目撃証言などすべての出来事が、物語にひと波乱巻き起こす重要なファクターになっているので、詳細は是非とも本編でお楽しみください。

 

 帰りたがりウルフのタイムリミットや、料理長たちそれぞれの思惑、郡検事トールマンとのいざこざなどミステリに影響を及ぼしそうな要素や制約、障がいが多いにも関わらず、謎とその解決においてはあまり機能していたのはやや残念です。ただし、純粋なフーダニットのみで十分読ませてくれるので、これ以上綺麗に畳むのを求めるのは逆に贅沢なのかもしれません。

 

 ちょっと蛇足にはなりますが、本作の舞台が30年代アメリカのウェスト・バージニア州ということもあって、あからさまな黒人差別描写/極端なレイシストが登場します。黒人の証言や話は信用せず、彼らがお金をもらって殺人を犯す悪人かのように思い込み、差別する悪です。そして、彼らに対するウルフの価値観や思想、応対の様子や話し方にネロ・ウルフというキャラクターの奥深さや魅力が詰まっています。

 ウルフは相手がなに人であろうと、男であろうと女であろうと、職業や立場の別に関わらず、態度や言動を変えることはありません。むしろ、原則的には(自分に不利益が無ければ)相手の利益になるように親切心をもってアドバイスします。いつも言い方が悪いので、挑発されていると思われがちですが……。アーチーが愚痴を溢しながらも、ウルフを信頼し彼のために働くのは、そんな表裏の無い好ましい一面があるからなのかもしれません。

 そんな妄想も加速してしまうエピソードが収められた一作として、ウルフものを読もうと思っているなら避けては通れない作品です。

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 列車内でのウルフ、アーチーの舌戦に始まり、グルメに目がないウルフの猫なで声の交渉まで早速面白い。が、カノーワ・スパーについてから事件発生までの経緯についてはただただ「料理長が多すぎる」

 

 たぶん料理長の誰かが犯人なんだろうが、まず名前からして覚えられない。

 被害者ラスジオがいなくなったのは7人目のヴィクシックがダイニングに入ったとき。ヴィクシックにはラスジオ殺害の確固たる動機があるが、さすがに彼が犯人だとは思えない。嵌められたか。

 やはり、ヴィクシックと同じくラスジオを殺したい料理長の誰かだろう。なんとなあくラスジオ夫人は怪しい。影で真犯人を操る悪女という線も捨てられない。わざわざウルフに会見を申し込んで、面と向かって嘘をつくやつは大抵悪人。

 

 こっからが進まない。ウルフは狙撃されるし、肌を黒く塗った白人が出てくるし、殺人の目撃者は何人も出てくるし、でお手上げ。ベリンを犯人に仕立て上げるパターンで考えると、アルバート・マルフィも怪しいが彼は登場人物一覧に載っていない(邪道)。降参。

 

真相

ラスジオ夫人

レイモンド・リゲット

 

 登場人物の多さゆえちょっと言い訳もしたくなる。リゲットがホテル・チャーチルの料理長=ラスジオの雇い主で、ラスジオ夫人と近しい仲だったという関係性が全く頭に入っていなかった。というかリゲットの存在感が薄い。

 とはいえ、166頁~ではマルフィの口からこれでもかと執拗に「リゲットとラスジオ夫人」の組み合わせが登場していた。ラスジオ夫人を怪しんでいたのに、リゲットとの関係を見破れなかったのは反省。また、ラスジオ夫人がラスジオ殺害の時間稼ぎをするため、ヴィクシックをダンスに誘ったこともしっかり明かされている(142頁)。細かいが、ソース・プランタンに関する墓穴の掘り方など、抜け目ないネロ・ウルフの性格がそのまま反映されたかのような解決編はただただ素晴らしい

 

 

 

 

      ネタバレ終わり

 グルメな安楽椅子探偵ネロ・ウルフの面目躍如と言わんばかりに、グルメ用語(料理やスパイス名、蘊蓄)が登場するので、ミステリとしてはやや読みにくいのですが、一方でミステリに関係ないところで笑かされたり、楽しめる部分もあって、一概に悪いとは言い切れません。個人的には、フランス料理に目覚めそうです(笑)

 ここまでグルメに振り切って書けたのも、もしかすると第一作『毒蛇』から第四作『赤い箱』の評判が良かったからなのかもしれませんねえ。次作はネロ・ウルフシリーズ最高傑作と名高い『シーザーの埋葬』です。題名から溢れる傑作感がすごい……。

 

では!