『毒のたわむれ』ジョン・ディクスン・カー【感想】カー初期にしかない勢いがある

1932年発表 ノンシリーズ(パット・ロシター) 村崎敏郎訳 ハヤカワポケットミステリ

前作緑のカプセルの謎

 

 カーのノンシリーズものは久々です。探偵は、ギデオン・フェル博士ヘンリー・メリヴェール卿に先んじて登場するパット・ロシター青年。語り手にバンコランシリーズのジェフ・マールを据え、アメリカ・ペンシルベニア州の田舎町を舞台に、怪奇味満載の毒殺事件の幕が上がります。

 

 まずプロローグの雰囲気が抜群。ウィーンの観光名所、聖シュテファン大聖堂の壮麗な尖塔を見上げる通りのカフェで、名もなき「ぼく」そして「わたし」が話し合っています。事件解決後「ぼく」が書いたと思われる原稿用紙を片手に、「わたし」が解説を始めるところでこのプロローグは終わります。

 夕闇に染まりゆく美しいウィーンの地で、恐ろしい毒殺事件の話をするというだけでもゾクゾクしますし、それがペスト(黒死病(といえばカーの『黒死荘(プレーグ・コート)の殺人』))による死者2000人分もの遺骨が収容されている聖シュテファン大聖堂の鼻先というのも雰囲気を高めています。黄金時代初期のミステリの中では、群を抜いてオープニングが印象的な作品です。ここまでで、もうありがとうございました。って感じ。

 

 物語が開幕してからも、カーは、その怪奇趣味に費やす手を全く休めることなく、ガンガン突き進んでいきます。しかも、小道具として用いられるのが、冷酷無比なローマ皇帝カリギュラの大理石像(の「手」)なんだからもう恐れ入りましたというか、参りましたというか……カーの怪奇味の輝きって既に初期に完成されていたんだと確信させる出来です。怪奇要素だけで見てみても、処女作『夜歩く』(1930)から『絞首台の謎』(1931)、『髑髏城』(1932)、『蝋人形館の殺人』(1931)の流れまで最高です。

 

 物語の中身に移ると、のっけからクエイル家にたわむれる毒気があふれ出しています。ヒヨスチン、砒素、青酸カリと次々と毒が登場し、服毒事件も後を絶ちません。さらに、ひんやりじめっとした空気とともに、夜風が吹き込む音や部屋を動き回る足音、語り手ジェフ・マールの脳内で再生されるグロテスクな夢想の数々など、スリリングな空気作りにも余念がありません

 さらに、怪奇味満載の舞台づくりだけではなく、ミステリ的な仕掛けに注力されている点も見逃せません。特に、後の名探偵、ギデオン・フェル博士が提示しているかのような「答えなければならない疑問」という特殊な手がかり、そして提示者そのものが異彩を放っています。

 

 中盤以降は、巨躯を絞って年齢を若返らせたギデオン・フェル博士、がピッタリな青年パット・ロシターが登場し、掴みどころのない風変わりな捜査や心理学を応用した手法で手がかり収集に勤しみ始めます。

 

 前後半で怪奇の味付けが、物陰からひっそりと覗くような恐ろしさから、もっと直接的にド直球で血腥いものに変容していく様もカーの巧さを感じる部分。解決の瞬間のインパクトある手法や、「エピローグ」で語られる印象的な解決編まで一時も気を抜けないカー初期の佳作でした。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 様式は、クエイル家に潜む毒殺魔を探すオーソドックスなタイプのミステリだが、毒の種類が豊富で、その効果や効き目が違うという特性が絡むと一段複雑味が増す。

 

 最初のターゲットはクエイル夫人。次はクエイル判事。そして秘密(真犯人)を知ってしまったツイルズが最初の死亡者。

 クエイル夫人と、クエイル判事が死ななかったのはシンプルに怪しい。というか、そもそも事件の序盤なのに、ツイルズが犯人を推察していたのがスゴイ。クエイル夫人とクエイル判事を診察・治療したのはツイルズなので、二人に関する何らかの不審な点を発見したということだろうか。

 

 家出したトムを偏愛するクエイル夫人が一番怪しい。彼を追い出したクエイル判事に対する純粋な憎悪という動機も成立するか。

 

 後半に入ると、犯人の必死さが加速する。殺害方法に脈絡が無くなってくるし、閉鎖的で環視の中にも関わらず堂々と/ギャンブル的に犯罪に手を染めていく。これも息子トムを思う狂信的な母親の成せる業か。

 ツイルズの残したメモの説明はできないし、しっくりこないがここらで。

 

推理

クエイル夫人

 

 犯人だけは当たったが、動機の奥底までは見通せなかった。毒の効果までの時間、そして犯人が複数の毒物を危険を冒して盗んだ奇行から、毒殺事件の計画を見抜いてしまうプロットは素晴らしい。

 さらに、動機の部分も秀逸。語り手ジェフ・マールの視点でやや霞みがかった気もするが、読者を含む関係者の中で、クエイル判事の経済状況を知らなかったのがクエイル夫人ただ一人=金銭目当ての殺人、というツイルズのメモを論理的に解決に結びつける手腕にも脱帽。

 

 

 

 

        ネタバレ終わり

 カーの初期作品で、フェル博士のプロトタイプとして、またバンコランシリーズ最終作『四つの凶器』の前作としても価値があり見どころも多いのですが、入手難易度が高いのが心底悔やまれます。忘れてましたが、『緑のカプセルの謎』(1939)に登場する“毒殺講義”の試作かのようなロシターによる毒殺講釈も出色のシーンでした。

 

 圧巻はやはり鮮烈な印象を残す、プロローグとエピローグです。荘厳さ、もの悲しさ、儚さ、多幸感、おぞましさ、色々な感情や心象が混成されながらも、刺激的で不快な劇毒ではなく心地良い調和があるように感じました。

 カーの初期作品にしかない勢いがあって、かなりオススメです。

では!