『北壁の死闘』ボブ・ラングレー【感想】ミステリ愛好家にもオススメ

1980年発表 ノンシリーズ 梅津正彦訳 創元推理文庫発行

 冒険小説の巨匠ボブ・ラングレーによる山岳冒険小説の超傑作。読んでみようと思ったきっかけは、ご存じ「海外ミステリ・レビュー」
 本作のレビューこそ無いが(むしろ無いのに)、冒険小説のレビュー内に対比させるように、また懐かしむように「北壁の死闘」そして「ボブ・ラングレー」の名が度々登場する。これは読まなければなるまい。むしろ、本書を読まずして冒険小説を語る資格はないのかもしれない。

 

 本作の感想の大要は、読了直後に読書メーターに記録した感想を見ていただきたい。

ボブ・ラングレーが1980年に発表した、超一級の山岳冒険小説。時は第二次世界大戦末期。ドイツと連合諸国が、アイガー(スイスの山)を舞台に繰り広げる諜報戦が骨子だ。描かれるのは主に不退転の覚悟をもって「生きる」ために足掻く人々の熱い姿。戦争という殺人行為すら薄れていく強大/無慈悲/厳酷なアイガー北壁で収束する物語の終着点とは。吹き荒ぶブリザードを抜けると、そこには一条のきらりと光るサプライズと雪融け水のような清々しく爽やかな大尾が待ち受けている。全ての本好きに送りたい傑作。

 

 これだけでは書き足りなかったので、重複するところは多々あるが、もう少し熱く紹介したい。

 物語は、現代のアイガー北壁《神々のトラヴァース》と呼ばれる登攀の難所で、第二次世界大戦中のドイツ軍人の遺体が見つかるところから始まる。遺留品から判ったそのエーリッヒ・シュペングラーという軍人はなぜ、アイガーの神々の居所で死んだのか。彼はそこで何をしていたのか。本書の大半は、BBC調査員ヘムズワースが、その謎を解くためにヨーロッパ中を奔走し集めた記録の集大成であり、小説化したもの、という形をとる。


 戦争という人命を軽んじる最悪の行為が横行していた1944年。ドイツ軍人シュペングラーは当局からの招集を受け、過酷なミッションを命じられる。それは、元登山家だった彼だからこそ実現可能な任務だった。一方、医師でナチ党員のヘレーネもまた命を賭けた任務に就いていた。前にも後ろにも死の影がちらつく絶望的な任務だった。いがみ合いながらもどこか似通った部分を感じ合う二人だが、アイガーはそんな児戯を受け入れはしない。決定的に袂を分かつ事件が起こった後でさえ、山々は人間の営みなどに関せずブリザードを放出する。敵は山だけではなく、任務を阻止しようとするアメリカ合衆国の追撃部隊も出撃していた。

 

 このままでは、物語全てを書いてしまいそうだ。それくらい冒険の全編が熱く、そしてスピード感にあふれている。シュペングラーの回想から部隊の訓練シーン、命がけの離着陸、体が縮こまるような銃撃戦、そしてアイガー挑戦まで、まるで、登攀部隊から伸びるロープに無理やり引っ張られているかのような力強さがある。

 最後は圧巻の登攀シーン。人はなぜ山に魅せられるのか?なぜ山に登るのか?そんな陳腐に思える問いに対する答えを少なくとも彼らは持っている。こちらの血まで凍らせてしまうような、文面から迸る冷気をものともせず、彼らは登っていく。愛国心や自尊心や報酬など何のエネルギーにもなりはしない。

 そして、ただ「生きるため」それだけのために登った彼らの前には、凍ったすべてを氷解させる暖かく、眩いほどに輝く光が降り注ぐ。それは同時に、この本をともに読破した読者に対する祝福でもある。全ての本好きだけでなく、ミステリー愛好家たちにもオススメしたい超傑作だ。

 ボブ・ラングレーの他の作品、例えば『オータム・タイガー』もまた傑作だと聞く。冒険小説の導入として間違いない作家なのだろう。継続して集めていきたい。

 

では!

 

北壁の死闘 (創元推理文庫) (創元ノヴェルズ)