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『屍人荘の殺人』今村昌弘【感想】海外古典ミステリ好きとしては巧すぎて悔しい

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2017年発表 剣崎比留子1 創元推理文庫発行

 

 驚異の新人による衝撃のデビュー作という触れ込みで世間を席捲し、年末に発表されるミステリの主要なランキングを総なめ、2019年には神木隆之介・浜辺美波・中村倫也ら主演で映画化もされた超話題作。昨年の映画公開前に急いで読んだ作品なので、既に記憶も薄れているところがあるが、読み返しながら書いていきたい。

 

 

 まず登場人物一覧から、青春が止まらない。学生が主役のミステリを読んだことが無かったので、なんかムズムズというかソワソワしてしまう。作品に関係ないが、自分が高卒なので、大学生が登場する作品を読むと、若干の劣等感というか抵抗感を感じてしまう。これは蛇足。

 

 主人公は神紅大学ミステリ愛好会会長、明智恭介(あけちきょうすけ)と助手の葉村譲(はむらゆずる)、ここに謎の美少女・剣崎比留子(けんざきひるこ)が事件を抱えて乱入する。映画研究会の合宿(という名の部内コンパ)で過去に起きたらしい自殺騒ぎ、そして参加者に送られた脅迫状を巡る謎の依頼だった。依頼後彼らは、人気の避暑地であるS県にあるペンションを訪れるが、未曽有の事態によって陸の孤島と化し、そこで猟奇的な殺人劇が幕を開ける。

 

 その後は、ミステリの王道らしい展開スピーディかつ衝撃的な設定、若人たちによる活力ある群集劇が盛り込まれ、高いリーダビリティを保ったまま混沌と叫喚のスペクタクルが繰り広げられる。

 

 

 さて、ここから本題。フレッシュなキャラクターと舞台、特殊な設定、グロテスクかつ驚異の謎解きが融合し、「新・新本格」の呼び声高いミステリが醸造されるわけだが、そんな尖った要素だけでミステリ四冠を達成したわけではなさそうだ。白眉は、特殊なプロットを全て全力で余すところなく注ぎ込みながらも論理性を欠くことが無い解決編。用意した仕掛けを無駄なく使い、何重にも張り巡らされた伏線を回収し、オフビートでありながらアッと驚かせる悲劇的なサプライズで締め括る。うーん巧い巧すぎる。巧すぎて逆に憎くなるくらい/粗を探してちくちく言いたくなるくらいだ(性格が悪いせい)。

 

 

 後半はネタバレ有で、チクチク言っていきたいが、そもそもミステリとしては言うことない出来であるのはもちろん、オススメ度もめちゃくちゃ高い。普段、海外古典ミステリを布教してるものとしては悔しいのだが、比べるまでもなく読み易い。舞台・情景が思い浮かべやすいし、起こるイベントや情勢が身近に起こるものばかりなので、海外ミステリに比べて圧倒的に親しみやすい

 地味に、序盤でヴァン・ダインクイーンの名前が出てきたのも嬉しい。新しい挑戦を試みながらも、根底には熱いミステリの血脈が絶えず力強く流れているのがようくわかるし、作者のミステリ愛/懐の深さを感ることができるのも魅力的だ。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 さて、プロローグ代わりの剣崎比留子に対する報告書だが、こいつの取り扱いが難しい。明らかに、本編解決後の報告書という形式なのだが、全容は杳として知れないし、生物兵器を用いたテロ事件というネタバレもネタバレの記述を明かしてくれる。この時点で本書のネタバレは全開で、感の良い読者なら屍人荘の文字と生物兵器テロ、そして舞台である紫湛荘(しじんそう)との名称の対比もあってある程度展開は読みやすい。

 

 ゾンビ描写に関しては、正直「軽い」「物足りない」と感じざるを得ない。が、別にそもそもがファンタジー・SFの世界の延長線上なのだから、そのリアリティはどうでも良い。むしろ、作者自らが取り決めた世界線/設定の中で登場人物が動く以上、作者のゾンビそのものを殺害のトリックに用いる特異な発想と、犯人の未曽有の事態(偶然の要素)を殺人に用いる着想を称賛すべき。ゾンビ(一度死んだ人間)を再度殺すという憎悪を暴走させた特殊な殺人も、一般的なミステリでは体験できない貴重な殺人。

 

 もう初の読書体験が多くて、整理しきれないのが正直なところだが、真新しい描写や展開が一番に目について(つきすぎて)、オーソドックスなミステリとしての堅実な展開や、見取り図を絡めた実直なプロットの素晴らしさに着目しづらいのかもしれない。いや、評価されたからこその四冠なのか?

 

 「誰も思いついたことがない」が大正義、という方程式は置いておいた上で、根底に流れる推理小説の歴史にも思いを馳せると、先駆者としての勝利以上に計算高いプロットの原型は、作者今村昌弘氏が作中で紹介したヴァン・ダインやクイーンの創造した様式美を受け継いでいるように思える。本書を読むこと/体験することこそ、古き良き推理小説を回顧し、立ち返る切欠になるのかもしれない。

 

 

 最後に不満というわけではないのだが、犯人のキャラクターが苦手だ

 元々抱いていた殺人計画に、天啓にも思える閃きと強運が重なり、ゾンビを用いた特殊な殺人事件を実行した、これはいい。姉のように慕っていた友人を間接的に殺害した鬼畜どもに復讐するという原動力もまだいい。もっとシンプルに殺せよとツッこみたいけどまだ我慢できる。

 ただ、最後の独白が好きじゃない。自分がとうにまともな人間ではない、と告白し、殺害描写を鮮やか過ぎるほど細かくグロテスクに吐露する彼女を見て「あ~イタタタタ」と頭を抱えてしまった。もう少し前の「許しを得ました」もキツイ。憎しみと復讐に憑りつかれ人の心を失ったサイコパス、みたいなスペシャルな人間だとただ思いたかっただけの小さな人間。というかシンプルに現実世界にいたら苦手なタイプの人だからなのかもしれない。

 

 おこがましい話だが、最後の告白を止めて、探偵がワトソンに種明かししてあげるパターンだったら、また違った印象だったと思う。「最後に一つだけ、なんでエレベーターに乗った死体を回収したんでしょう?」から「これを見てごらん」で沙知先輩の死亡診断書で妊娠が発覚、「二回殺すためだったんだよ。二人分の復讐のためにね。」みたいなノリだったらカーぽくて好き。彼女の妖しげな笑みも映える。

 

 

      ネタバレ終わり

 ちなみに、映画版『屍人荘の殺人』は、主演している俳優陣(の演技)が圧巻で、それだけで観て良かったと思える出来。とはいえ、原作にある魅力を100%形に出来てはいない。ロマンスやコメディにエネルギーを費やした分、他の要素は控えめで、レーティングを下げCGを多様したせいで現実味も薄くなっている。だからこそ、ミステリの敷居を下げ、門扉を広げた功績はあるのだが……今年の6月17日にブルーレイ版が発売されるとのことなので、この自粛ムードの陰鬱さを吹っ飛ばすエンタメ作品を鑑賞してみて欲しい。そして、もっと海外古典ミステリに興味と関心を持ってもらう切欠にしてもらいたい。

 

ヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』『僧正殺人事件

エラリー・クイーン『Xの悲劇』『Yの悲劇

ついでに、アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』あたりは必読書。

では!

 

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

  • 作者:今村 昌弘
  • 発売日: 2019/09/11
  • メディア: 文庫