『金三角』モーリス・ルブラン【感想】戦時中の残酷さが現れた一作

1917年発表 アルセーヌ・ルパン7 石川湧訳 創元推理文庫発行

前作『オルヌカン城の謎

 

 前作『オルヌカン城の謎』に続く「第一次世界大戦シリーズ」とも呼べる作品群の2作目。『オルヌカン城の謎』では副次的な登場だったアルセーヌ・ルパンだが、本書では、愛し合う男女を助ける救世主としてしっかり活躍してくれる。

 

 時は1917年、第一次世界大戦真っ只中とあって、物語も登場人物も時期を的確に捉えたものとなっている。まず、主人公格のパトリス大尉が傷痍軍人、そして、彼ら軍人たちを介護・治療する看護師コラリーがヒロインという設定が巧い。彼らだけでなく、同じ野戦病院の負傷兵が活躍するシーンもあるなど、作者モーリス・ルブランのストーリーテリングの巧さもそうだが、読者の心を掴むしたたかさのようなものも感じられる。

 

 悪党と結婚してしまった美女と彼女を慕う青年、という構図は、アルセーヌ・ルパンシリーズにはかなり多く登場する。これがモーリス・ルブランのお気に入りの設定なのか、フランス文学のお決まりみたいなものなのか定かではないが、愛する女性のため一肌脱ぐ男を描いた英雄譚というのは、同じ男としてはそれだけで燃えるし、ワクワクしないでもない。

 

 目次を見てもわかるように前半でパトリス大尉とコラリーの冒険が描かれ、後半でルパンが登場し謎の解決と鮮やかなフィニッシュを飾るというのが大まかなプロット。まず、奇禍か僥倖か前半部のパトリス大尉とコラリーの運命めいた遭遇、そしてサスペンスフルな展開が魅力的。正直、メインの「金三角」の謎が完全に霞むほど、切迫感と危機感溢れる二人の冒険の方が面白い

 前半部でもう一つ触れておきたいのはちゃんと殺人事件が起きる点。もちろん、そのネタやどのように謎に絡んでくるか、といったプロットはバレバレなので、ミステリとして読むと肩透かしを食らうが、物語の体系には全く問題はない。むしろ、殺人は、ルパンが倒すべき巨悪の大きさを示す一つの方法に過ぎない。たぶん、ルパン(とモーリス・ルブラン)にとっては、犯人は殺人以上の悪事を犯しているのだろう。そう思わされるプロットになっているのも興味深い。

 

 後半である第二部の主題が「勝利者アルセーヌ・ルパン」だから、早々にルパンが登場しバッサバッサと悪をなぎ倒すのかと思いきや、流れは停滞する。パトリスとコラリーが犯人の魔手に掴まり悪戦苦闘する描写が長々と続き、仲間との悲しい別れなど悲劇的/絶望的な重苦しい空気が充満する。

 それらのフラストレーションを吹き飛ばすかのように、ルパンと犯人の一騎打ちシーンは熱が入っている。ルパンものの醍醐味と言っていい仕掛けが炸裂し、一気呵成にまくしたてるルパンが小気味よい

 一方オチはかなり古臭い。古風ではなく、干からびたネタであるうえに、性質上、生理的にも受け付けない。コアとなる謎の真相もまた同様にアンフェア気味で、ミステリとしては評価するのが難しい。

 

 

 上記のように、冒険譚そしてルパンの華麗な活躍劇以外には見どころは多くないが、書かれた時代・情勢を鑑みると、文学的表現の端々には戦時中の残酷さが現れているし、国民のやり場の無い怒りや鬱憤を本書の犯人に肩代わりしてもらったようにも思えて、それはそれで感銘深いものがある。

 

 ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵のメモ》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。

 

・典型的な“顔の無い死体”トリックなのでネタは明らかだが、エサリスがシメオンに化けた確証が得られない。お互いの描写に差異があって変装で誤魔化せるレベルなのか怪しい。

それにしてもエサリス(シメオン)の死体の描写で「血だらけの雑炊」って表現は凄まじいな。(頁105)雑炊の部分の原文が知りたい。

 

デマリオンヴァラングレーなどルパンの良き理解者/協力者がフランス政府にもいたとは驚いた。明確に気づいている描写は無いが、たぶん薄々感づいているとは思う。あと、ルパン、パトリス大尉を含めた一般人に簡単に正体を明かし過ぎじゃね?と思ったが、パトリスの友人ヤボンに命を救われた経験があると言う話が終盤に出てきて(どこだっけ?見つけられない)、ヤボンを仲立ちに繋がりがあったことがわかる。死ぬには惜しいなヤボン……。

 

・「金三角というのは、金貨の袋を三角に積み上げているということなのです」(頁362)じゃねえよ。砂山がどこかで出てきたか探してみ……てもない。探す気力がなかったので、どれくらい印象的に出てきてたか調べた方教えていただきたい。ポーの名作を引き合いに出している(頁380)けど、長編と短編でやはり有用性と説得力は変わってくると痛感する。

 

 

 

         ネタバレ終わり

〈その他メモ〉

・頁233に『虎の牙』(1921)の内容が書かれているとの注釈がつけられている。少し調べてみると、『虎の牙』が母国フランスで発表されたのは1921年だが、なんと1914年の第一次世界大戦勃発前にはアメリカで先行刊行(そして映画化)されていたらしい。その後すぐに戦争がはじまり、(権利の都合か?)フランスでは1921年になってようやく刊行できたが、その間にルブランは本書や『オルヌカン城の謎』(1915)『三十棺桶島』(1919)を書き上げている。

 つまり書いた順は『虎の牙』『オルヌカン城の謎』『金三角』『三十棺桶島』だがフランスでの発表は『オルヌカン城の謎』『金三角』『三十棺桶島』『虎の牙』になってしまっているというわけ。これは早めに『虎の牙』を読まなければ。

 

では!