全章フルスロットル【感想】レックス・スタウト『赤い箱』

発表年:1937年

作者:レックス・スタウト

シリーズ:ネロ・ウルフ4

訳者:佐倉潤吾

 

レックス・スタウト、毎回毎回超えてきますねえ。どんどん面白さが跳ね上がってます。

この記事を『毒蛇』の感想を書いた当時の自分に見せてやりたい。

間違いない、そのままシリーズを読み進めて失敗はないぞ、と背中を押してやりたいくらい、本作の出来は良いと思います。

 

まずオープニングからエンジン全開です。

その巨漢と外出嫌いゆえ、絶対に自宅から外に出ないネロ・ウルフと依頼人の問答がまず最高に面白い。

事件は、依頼人が心惹かれる女性が巻き込まれた毒殺事件。複数人でチョコレート菓子を食べたのにも関わらず、死んだのはモデルの一人のみ。その他の人間に容疑がかかる状況に、ウルフとアーチーは巧みな実験を用いて、事件の全容に迫っていきます。

以降1章ごとに新たな発展があり、事件があり、物語があります。全くスピード感を落とすことなく全章フルスロットルで最後まで突っ走るのにはただただ驚かされるばかり。

 

少し脱線します。

どのミステリ作家も用いる当たり前のことなんですが、ミステリには魅力的な謎が必要です。

この点でカーやクイーンは、特に秀逸な謎をたくさん創作する手腕に長けていると思っています。

一方で、レックス・スタウトは、決して派手な謎を用意するわけではありません。本書の謎も、誰が?なぜ?チョコレートに毒を入れたのか、というシンプルなもの。

しかし、その謎解き(プロセス)には、遊び心がありながらも、論理的で趣向を凝らした手法が用いられています。それは、実行に移すユーモアに満ちたアーチーとウルフ、その他のレギュラーキャラクターたち、というところまで、しっかりと計算されているはずです。

 

上記の謎が鮮やかに解かれた、と思いきや発生するのは、登場人物たちの微妙な関連性と、それぞれの複雑な思惑。

お金の臭いがぷんぷんする怪しい空気の中、ウルフは生活のため(蘭の栽培のため)一歩も譲ることなく、捜査に関わってゆきます。

 

この、非の打ち所の無いくらい「人間らしい」姿もまたウルフの魅力の一つかもしれません。金にがめつく、我が強く、一見嫌味に見えそうでも、言っていることは全面的に正しく、反論の余地がない。そして、それが他人とのかかわり方だけでなく、推理にもちゃんと反映されているのも見逃せません。

 

全体的な満足度は高いのですが、強いて不満点を挙げるとするなら、「赤い箱」をめぐる大胆不敵な犯行が起こってからの展開。

人間関係がとき解され、事件の全容が見えてしまえば、あとはウルフの名推理を待つのみになってしまうのはやや難点かもしれません。

これは「赤い箱」という手掛かりの性質上の問題点も無きにしも非ずなのですが…

 

最後に、本書の解説でも触れられているウルフの推理の特徴“現象を感じる(捉える)”行為について。

それは、一見不可思議に見える状況、言動の事実だけを捉え、真相を見定める類稀な頭脳があって初めて実現可能な方法です。

 

これは助手のアーチーが苦手とする方法なので、彼は事実を炙り出すために渦中に飛び込んで暴れ回り、手がかりらしきものを暴き出します。

 

本書は、最初っから最後まで、この二人の分業制が効果的に機能しています。そして、この二人の掛け合いを楽しむには、やっぱり過去作をいくつか読んでおくのが吉

なかなか手に入りにくいシリーズではありますが、前作『ラバー・バンド』と本書を読むためには、必ず突破しておきたいところです。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

序盤から、アーチーの奸計に爆笑。

ただ、これが面白いと感じるのは、すでに何作かネロ・ウルフシリーズを読んでいるからだとは思う。

 

毒殺の本当の対象を突き止めるための実験も面白く、遊び心満載なのだが、冷静に考えると、そこまで仰々しくやる必要はない。

一言で済むはず。

 

当然マクネヤー氏の過去にフォーカスを当てて、謎解きに挑む必要がある。

マクネヤー氏のヘレンに対する態度を見れば、およそ予測が立つ。

 

たぶん亡くなったとされている実の娘。

…ということは、ヘレンの母親、カリダが俄然怪しく見えてくる。協力者として、ダドリーも候補に入れておこう。

 

終盤、ジェベール氏が殺されると、さらに容疑は強まる。

彼は間違いなくマクネヤー氏の遺産目当てでヘレンに求婚していた。邪魔だったに違いない。

マクネヤー氏の過去を知っている人物なので間違いない。

 

推理

カリダ・フロスト

結果

勝利

ふうむ。謎解きとしてはシンプル&シンプルで、目立ったトリックもなく、がちがちの本格ミステリと言うには程遠いでしょう。

ホワイダニットに振り切っているため、一度人間関係を整理してしまうと、すんなり真相までたどり着いてしまうのはやや物足りません

 

一方で、マクネヤー氏がヘレンにプレゼントしたダイヤモンドが誕生石を表していたり、被害者マクネヤー氏の愛ある計略(遺言書の書き換え)など、メインの被害者を中心とした挿話の中に上質な謎がちりばめられているのは贅沢です。

人間ドラマを基幹にしたミステリが好きな方にはばっちりハマる作品になるはず。

 

 

 

ネタバレ終わり

ネロ・ウルフファンの方には申し訳ないのですが、ネロ・ウルフものにはザ・傑作、といった高名な作品は多くないと思っています。(クリスティで言う『アクロイド』、カーの『火刑法廷』などなど)

あんま、レックス・スタウトの『○○』が大好き!という方にも出会いませんし…

 

なのに、なんでしょうこのクセになる感じ。

探偵ウルフ&助手のアーチーという組み合わせが、自分の大好きなポワロ&ヘイスティングズとダブって見えるのが関係していそうな気もしないでもない…。

アーチーが助手として完成されている違いはあるものの、お互いの信頼関係もユーモラスな会話にも近しいものを感じています。もう数作読めば、何か掴めそうなのですが…

とりあえず第5,6作目までは手元にあるので、そこまではしっかり読み進めたいと思います。

では!