500ページもいるかな【感想】ジョン・ディクスン・カー『アラビアンナイトの殺人』

発表年:1936年

作者:J.D.カー

シリーズ:ギデオン・フェル博士7

訳者:宇野利泰

 

まずは

粗あらすじ

フェル博士の自室に集まった三人の警察官が語るのは、ロンドンの博物館で起こった奇怪な事件の物語。数種のつけ髭と、石炭の粉舞う異様な博物館で起こった事件は、三者三様のお伽噺によって混乱を極める。すべての物語を聞いたフェル博士は見事真相を突き止められるのか。

 

上のあらすじでもわかるように、まずは本作、フェル博士による安楽椅子探偵ものです。プロローグでは、まるで子どもが寝る前にお話を聞かせてもらうかのような雰囲気の中、柔らかい暖炉の火明かりに包まれながら、さらりと奇怪な事件の導入が語られます。これだけで「あゝ良い」とため息が漏れます。

 

以降3人の語り手たちによって、事件のあらましや手掛かりが語られる(Ⅰ~Ⅲ部)ため、いったんフェル博士は退場。そして、500頁に差し掛かろうかというときになってやっとこ再登場し、ものの数ページで謎の真相を叩きつけます。

500頁という数字からもわかるように、本書は解決編にいたるまでに圧倒的なボリュームがあります。なので、解決編まで集中力を切らさずに、記憶力を保ちつつ謎解きにチャレンジするだけでも至難の業です。

しかも物語自体が、正統派ではなくファース味満載のため、なにかにつけ読者は混乱させられます。少なくとも博物館の見取り図は欲しかった…

 

特異な構成と、その一つ一つの挿話のバリエーションの多さから「アラビアンナイト(千夜一夜物語)の殺人」と題された事件ですが、相対的に見るともちろん小さな物語の集合体という形ではなく、一本筋の通ったミステリに仕上がっています。

Ⅱ部で謎の一つが解明され、見通しが明るくなったところでようやく謎の本質が見え、新たな展開をむかえる、

この構成もよくできているのではないでしょうか。

一方で、そのせいか、Ⅱ部が面白さのピークになっているような気がします。Ⅲ部以降、論理的に推理しようという意気がなくなってしまったのは、はたして膨大なページ数のせいだけでしょうか…

Ⅲ部構成と異なる語り手による安楽椅子探偵もの、という舞台づくりこそ成功しているものの、そもそも登場人物が入り乱れての茶番(事件)があまり面白くないですし、登場人物たちにも魅力はありません。サプライズにも感動は覚えず、オチにも説得力を欠いているきらいがあります。

膨大な物量に見合った内容とは到底言えず、傑作長編とはおせじにも言えない一作ですが、上述のカーの試みた実験にはちゃんと成果があったのではないかと思います。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

最初っから神秘的で幻想的な雰囲気で包み込むカーのストーリーテリングに酔わされる。

がしかし、事件の全容は五里霧中で全く見通せない。これはこれでカーがよく用いる手法なので、しばらくは純粋に楽しむことにしよう。

中盤を過ぎて明らかになっている(と思っている)ことを整理。

  1. 死んだ男ペンデレルはミリアムの元夫で脅迫者
  2. 動機らしきものがあるのは、父のウェイド博士と婚約者のマナリング
  3. マナリングは所持していた手紙から、ハメられたらしい

 

イリングワース博士の証言によって、死体が発見された経緯までは判明するが、現場の見取り図すらない状況では位置関係も不明で、登場人物たちの動きを辿る作業がとにかく苦痛。

 

少なくともペンデレルは石炭置き場で死亡した(ここで石炭の粉が付く)。

いや、ミリアムが地下室でペンデレルに会った、ということは、地下室で死んだのだ。

ミリアムがペンデレルとの会見後何者かが、ペンデレルが地下室に侵入したと同じ方法で侵入し、彼を殺す。そのあと石炭置き場に隠しておいてから、何らかの方法で馬車まで運ぶ。これで事件の流れは見えてきた。

…がここからが闇。

 

動機のあるマナリングにはアリバイがあるがどうも怪しい。もし彼が犯人なら憎きペンデレルを殺し、ついでに自分をハメようと協力者になったミリアムの過去も併せて犯人に仕立て上げようとする動機が見えてくる。

ただ、彼の殺人をほのめかす手紙の所持が発覚した時の反応が説明できない。重要そうな気がするのだが…

 

推理

グレゴリー・マナリング

結果

ジェリー・ウェイド

敗北

 

ほーほー正義感の殺人かあ…まあ動機としてはアリなんだろうけど、どうもしっくりこない。

それを警察官が三人もいて見逃すってのもなんだかなあ…

頁数の多さの弊害か、ジェリー自体どんなキャラクターだったか全く覚えてません。そもそもジェリー・ウェイドとジェフ・ウェイドという名前からして覚えにくい…。

 

事件の中に贋物の仕掛け(劇)が用意されているという点で、とんでもないファースミステリかと思いきや、解決までのプロセスは意外にしっかりしています。そこは高評価。

 

 

 

ネタバレ終わり

冒頭で述べたとおり、いたるところに石炭の粉が付着し、数種類のつけ髭が登場する本書は、ギデオン・フェル博士第4作『盲目の理髪師』に負けず劣らずの問題作。

こちらの方が、構造的にはしっかりしているので、読みごたえはありますが、何度考えてもこれだけのボリューム(頁数)が必要だったかなあとは思います。

では!