付録:倒叙寸評【感想】F.W.クロフツ『クロイドン発12時30分』

発表年:1934年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部11

訳者:加賀山卓朗

 

本書の読了を持って三大倒叙ミステリをすべて読破したわけですが、どうもノってこない一作。

倒叙」とはいえ、まず最初に殺人が描かれるってのは『殺意』や『叔母殺人事件』と差別化できる特色の一つと数えていいと思います。

冒頭の飛行機の記述も古典ミステリでは比較的珍しい部類なので、ミステリファンとしてしっかり記憶に残しておきたい部分です。

が、しかし。

犯人であるチャールズが哀れで愚かな完全犯罪を目論む過程や、そこに至るまでの心情が赤裸々につづられている一方で、その中身はお粗末そのもの。フレンチ警部が過去にばっさばっさと快刀乱麻を断つ如く解決してきた難事件に比べて明らかに小粒であり、犯人の知能レベルを比べても、過去の犯人たちには遠く及ばず。

まるでフレンチ警部が苦労していないのには苦笑いしかありません。

 

自分ではうまくやったつもりが、凡ミスをして、目撃者もいて、偽装工作もすべて裏目に出て…と運も実力も根性も無い、憐れむべき犯罪者チャールズの奮闘、という意味で「倒叙」らしいといえばらしいのですが、それ以上に惹きつけられる記述はほとんどありませんでした。しかし、読む価値がないわけでは、もちろんありません。

解決編は、チャールズのミスを読者が答え合わせできる形になっており十分楽しめますし、終盤には探偵役のフレンチ警部へサプライズがしっかり用意されています

ミステリファンのみならず、フレンチ警部ファンとして記念すべき一作なのは間違いありません。

 

 

(口パクパク)あれ…(パクパク)文字数が…(パクパク)極端に…(パクパク)少ないよ…

倒叙寸評

たいした内容にはならない予定ですが、せっかく「三大倒叙ミステリ」を読破したことですから、三作まとめての評価および倒叙ミステリというジャンルについて何か書いておきたいと思います。

 

ひとくちに「倒叙」と言っても、そのスタイルには実に多彩なバリエーションがあります。

そして、「三大倒叙ミステリ」もそれぞれ違った手法で、違った到達点を目指して書かれたミステリです。

個々のスタイルとネタを明かしてしまうのはフェアではありませんので省略しますが、これから倒叙ミステリを選んで読もう、と思っている読者の方には、まずこの3つの作品を読むことを強くお勧めします。

実のところ、今まで読んだ倒叙ものの長編はたった4作ほどなので、偉そうなことはあまり言えないのですが…

三作の中では、リチャード・ハル『伯母殺人事件』の圧勝です。犯人がいて被害者がいて探偵がいて、というオキマリの型にはまらない柔軟な発想の勝利でしょう。というかそもそも、作者のリチャード・ハル自身が『殺意』を読んで作家を志したようなので、「三大」の同列に加えて良いか悩ましいトコロです。

 

倒叙作品全体に目を向けて見ると、倒叙とは自分がどんなミステリが好きなのかを炙り出す、または篩い分けるジャンルなのかもしれません。

例えば、登場人物の細やかな心理描写や人間ドラマに食指が動くのか、それとも憎き犯罪者を追い詰める警察(探偵)の手腕を楽しみたいのか、それとも、そもそも倒叙に興味がないのか。

 

倒叙ミステリの面白いところは、この倒叙に興味がない読者でも楽しめる余白がある、という部分。「ああ自分はやっぱ倒叙を楽しめないな」という読者もあきらめる必要はありません。

もちろん、ちゃんと作品を選ぶ必要がありますが、倒叙という舞台で開幕しながらも、いつの間にやら倒叙を小道具に用いトリッキーなミステリに仕上がっている作品(倒叙の皮を被った化け物)が中にはあります。

 

また、読み物としての「倒叙」には、刑事コロンボや古畑任三郎のような映像で見る倒叙と違い、叙述による仕掛けがあるのが前提ですし、完全に倒叙ではなく「半倒叙」と呼ばれる細分化されたジャンルもあって楽しみ方は様々。

 

正当な「本格ミステリ」とは違った魅力を味わいたい方は、ぜひ「三大倒叙ミステリ」から始めてみるのがいいでしょう。

では!

ソフトボイルドがいい塩梅【感想】E.S.ガードナー『ビロードの爪』

発表年:1933年

作者:E.S.ガードナー

シリーズ:弁護士ペリー・メイスン1

訳者:小西宏

 

 

弁護士ペリー・メイスンといえば、ミステリ界においても屈指の長寿シリーズです。

40年にもわたり計82もの長編に登場するペリー・メイスンの初登場作品が本作『ビロードの爪』であります。ってゆうか年2冊ペースってどんだけバケモンなんだ…

 

 

シリーズの後半作品のタイトルを見ていると、興味をそそられる作品が多々あることに気づきます。

一時期ツイッター界隈でも話題に上がっていた『嘲笑うゴリラ』を筆頭に、溺れるアヒル、弱った蚊、寝ぼけた妻、虫のくったミンク、駆け出した死体、色っぽい幽霊、無軌道な人形、などなど枚挙にいとまがありません。

これはあくまでも憶測ですが、作者ガードナーは、二つの箱に別々のキーワードを書いた紙を入れて、えいっと引いて組み合したものをそのまんまタイトルにしたんじゃなかろうか、ってくらい一見テキトーにも思えるタイトリングの数々に興味津々です。

全82作ということなので、まだまだ収集自体進んでいませんが、少なくとも『嘲笑うゴリラ』くらいまではのんびり読もうと思います。

 

ということで本書の

粗あらすじ

から

弁護士ペリー・メイスンの事務所にやってきたのは、大物政治家とのスキャンダルの揉み消しを依頼しに来た美女。メイスンの秘書デラは不吉な予感がすると警告を発するが、結局依頼を引き受けてしまう。多くの難題に直面しながらも、有能な探偵ポール・ドレイクとともに解決策を模索する中、ついに関係者の一人が死亡し、しかも最有力容疑者にはメイスンの名が!?八方ふさがりの状況の中、メイスンは事件の解決と依頼の達成を同時に遂行できるのか。

 

いつもより多めにあらすじを書いてしまった感もありますが、この大筋を書かないと物語の面白さがどうしてもうまく伝わりません。(伝えれません)

メイスンの立場は弁護士ということで、殺人事件が起きた場合、どうしても犯罪を立証する警察側とは反対の立場にならざるを得ません。

もちろん真実を追い求めるため警察と協力することもありますが、本書のように最有力容疑者になってしまっては話が変わってきます。

弁護士らしからぬ武骨でハードボイルドなキャラクターも、たしかに魅力としては十分です。キャラクターが独り歩きすることもなく、犯罪とまではいかなくとも、ルールを逸脱するかしないか、といったギリギリのラインで行われる捜査も新鮮でした。

 

このようにデビュー作でありながら、弁護士という強みを活かした法廷ミステリに固執せず、奇抜な設定と効果的な演出でペリー・メイスンの有能さをこれでもかとアピールできているのが素晴らしい点でしょう。

 

一方で、このキャラクターと人物描写が、なかなか現代の読者には受け容れてもらえないのではないか、という懸念もあります。

1930~40年代と言えばハードボイルド全盛期。典型的な白人美女と名探偵という構図ですら、今となっては錆びついてしまっている感もあって、ちょっとソレ(ハードボイルド)らしい空気があった時点で本を読む手が止まってしまう読者もいそうです。

007のような視点を散らすアクションも全くないので、ここはやっぱりミステリを構成する「謎と解決」に焦点を絞って読んでほしいところ。

怪しさ満載の依頼人と、翻弄され窮地に陥るメイスン、そして殺人事件、それらを結びつけるたった一つの真実とは。という視点だけでも十分頭を悩ませられる上質なミステリになっています。

 

また、登場人物全員にも全く無駄な配役はなく、なにかしらの役が与えられており、彼らの複雑な動きに混入する“偶然の要素”も印象的です。

たしかにハードボイルドの味付けはありますが、まだまだ薄味でソフトボイルド、くらいなので、そのテの作風が苦手って方にも比較的おすすめしやすい作品でした。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

どう考えてもイヴァが怪しすぎ&妖しすぎる。

彼女くらい、呼吸をするかのように嘘を垂れ流す人物は、自分の読書経験上はじめてかもしれない。

そして、そんな人物でも依頼を受け、救おうとするメイスンのキャラクターがいまいち理解できない。やっぱり金か、金なのか。

 

脅迫者との直接対決が早々にあって、しかも依頼人がなんと脅迫者の妻、という贅沢な演出にはうっとり。

この物語を生み出す見事な手腕には、レックス・スタウトと通じるものがある。アメリカの推理小説作家も侮れない。

 

なんとなく編集長のロックが肝なような気がするがどうだろうか。

彼からベルターの牙城が崩せないか…と思ったらベルターが死んだ。でアッと言う間にメイスンが容疑者候補に。

これは笑いを禁じ得ない。

 

依頼人がまさかの目撃者で、しかもその嘘を暴く証拠すらないとは…いやはや恐れ入る。

 

ミステリの観点では、これ以上にイヴァ犯人説を推し進める条件はまたとないと思われる。

しかも、のうのうと邸に入り、バスローブ姿でベルターと面会した時点で、イヴァ確定なような気もするがそんな簡単ではないか。

 

後半に入ると、ロックの秘密が暴かれ、依頼人の本来の依頼はすんなり達成。ただ殺人事件に関しては進展なし。

 

う~ん、イヴァが自供し、めでたしめでたしかと思ったが、なんとなく腑に落ちず…

消去法で行くとグリフィンだけど、立証ができない。

降参。

 

推理(推測)

カール・グリフィン

犯人

ミセス・ヴィーチ

カール・グリフィン

ノーマ・ヴィーチ

完全敗北

 

う~む。たしかにイヴァの自供が早すぎたので、実は弾が当たってなかったのかな、とは思ったのですが、そもそも外れた弾を警察が見逃すなんてありえないと思うんですが…

 

全体的に見ても、ミセス・ヴィーチはイヴァの乱行に便乗しただけで、犯罪者としてはかなり微妙なレベルでしょう。

むしろイヴァのほうが、メイスンを嵌めたり、遺言の偽造に心理的トリックを組み合わせたりなど、名犯人の素養を十分見せています。

ちょっとやそっとで忘れられない印象的な悪女でした。

 

メイスンはと言えば、ぱっと見、依頼人に嵌められた間抜けな弁護士ですが、そんな苦境の中でもしっかり依頼をこなしたうえで、真実を究明し、かつ依頼人(イヴァ)の無実も証明する、という離れ業をやってのけたのには、ただただ脱帽です。

 

 

ネタバレ終わり

 

今後のペリー・メイスンシリーズでは結構法廷描写も多く登場するようなので、どんどん読み進めたいシリーズです。

しかし、ほぼ同世代に登場(1939年)したクレイグ・ライスのJ・J・マローンも同じアメリカの弁護士で3人組。

あっちは酔っぱらい3人衆で、こっちは有能でハードボイルドタッチ。これらを並行して読むつもりなので、どう違うか、どんな謎と解決が用意されているか、楽しみながら読み進めたいと思います。

では!

 

着想の限界か【感想】S・S・ヴァン・ダイン『ケンネル殺人事件』

発表年:1933年

作者:S・S=ヴァン・ダイン

シリーズ:ファイロ・ヴァンス6

訳者:井上勇

 

エラリー・クイーンに多大な影響を与えたとされる、ヴァン・ダインですが、その有名な名前に反して、作品の評価はあまり高くないように思えます。

どうしても、ちょっとした先入観(ハードルを低うく設定)でもって作品にチャレンジしてしまうことも多く、どうにかフラットな気持ちで作品に向き合えないかと毎回心に決めるのですが…今回だけは順番が悪すぎました

エラリー・クイーン『チャイナ橙の謎』(1934)の次に呼んだのが運の尽き。もちろん真相も、トリックの中身もまるっきり違うんですが、妙に似通っている部分が多々あります。

 

さらに本作に向かい風なのは、物語の構成自体が『チャイナ橙の謎』に到底かなわないこと。『チャイナ橙』でさえそんなに巧い方じゃないんですが、こちらはそれを何回りか下回るレベルなので、とにかく読んでいてつまらない。

 

ぐちぐち言っててもアレなんでまずはあらすじ紹介

中国陶器の蒐集家が自室でピストル自殺をした、という通報を受けて、現場へ急行したヴァンス一行が見つけたものは、完ぺきな密室と瀕死のスコッチ・テリアだった。それらが意味する真実はいったいなんなのか。次々と見つかる事件の痕跡に翻弄されながらも、ヴァンスは傷ついたテリア片手に、真相へと迫っていく。

 

タイトルの「ケンネル」とは、直訳すると犬舎・犬小屋のことですが、本書では、犬の品評会やドッグショーを主催する団体「ケンネル・クラブ」のこと。

ファイロ・ヴァンスが、由緒ありげなスコッチ・テリアの正体を探るために、各団体・専門家を訪ねるなど、たしかにちゃんと「犬」要素がミステリと絡み合っている印象は受けます。

 

ただ、真相に至るまで、常にそのスピードは緩やかなので、冗漫な前~中盤にかけて我慢する忍耐力が必要です。

 

一方で高評価できる点は、狭い事件現場なのにも関わらず、事件の痕跡が被害者邸のいたるところに散らばっており、事件全体の不可思議性が高まっている点。そして、事件を混乱させている、前代未聞の偶然の要素

後者はよおく分析してみると、めちゃくちゃ面白いはずなんですが、いかんせん物語の紡ぎ方がへたくそです。

カーがこの着想を持っていたら、ファースとやり過ぎを存分につぎ込んで、ものすごいものができたんだろうなあ…

この二つだけで、一応読んだ成果としては十分だと思います。

 

最後に、どうしても許容できない記述について少し。

密室トリックの解決編ですが、まるっと実在の短編推理小説からパクったうえに、その小説まで引用しちゃうのはどうなんでしょうか。

登場人物の中に推理小説の蒐集家がいたり、ヴァンス自身の蔵書も明かされるなど、なんだか雲行きが怪しいなあとは思っていたのですが、ここまであからさまに開き直って堂々と完全にパクられると、首をかしげてしまいます。

これでよかったのかヴァン・ダイン。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

銃を使った自殺のように見せかけて刺殺、とか自殺には不向きの服装など、頑張って不可思議状況を作り出そうとするヴァン・ダインの作風に慣れてきたようで慣れない。

やっぱり贋物っぽい雰囲気が気になって、せっかくの不可思議な設定が頭に入ってこない。

 

瀕死のテリア(しかも高血統ぽい)というアイデアはなかなかいいと思う。どう料理するか楽しみ。

ただ問題は、食材(登場人物)が少なすぎること。コー兄弟が亡くなった今、犯人候補はリードレークグラッシリャン、の4人のみ。

一人ずつ動機を考えてみたい。(機会はみな平等にある)

  • リード  アーチャーとの関係の悪さは、レークに端を発するもの違いないので、動機の点では満点。ただ、ブリスベーン殺害の動機が不明。
  • レーク 遺産目当てというだけで動機は十分だが、一番疑われそうな状況で殺人というリスクを冒す理由が見つからない。犯人候補がほかにいるとはいえ、二人同時に始末するという離れ業をすぐに実行しなければならなかった理由はない。
  • グラッシ 金と愛という両面で動機を持っているように見える容疑者候補筆頭。リードに罪を擦り付けた後で、レークとくっついて遺産を総取り、という完ぺきなプランか。問題はスコッチ・テリアとは全く関連性が無いこと。
  • リャンは確かにいろんな意味で怪しく見えるが、中国陶器を守るためだけに2人を殺すのは根拠薄弱。殺さずとも、陶器の盗難は可能。

 

こうなると、誰もコー兄弟を殺したようには思えない。

 

犬関係でようやくリードが顔を出し、最有力容疑者に名乗りを上げるが、どんなトリックかは不明。お手上げ(というか諦め)。

 

推理

レイモンド・リード

結果

勝利

ややこしや。

 

落ち着いて終盤のプロットを分解してみると、よく計算されたミステリに思えますが、全てご都合的な要素に固められ、説得力はありません

まず、ブリスベーンがアーチャーを殺そうとしていたという伏線が弱い。ここをもっと徹底的に掘り下げて中盤でこの謎だけでも明かしておけば、オチの驚きは2割増しくらいになっていたと思います。

リードがアーチャーだと思ってブリスベーンを殺した、そして、アーチャーはまだ死んでいなかった(しかもリャンに容疑を擦り付けたうえで)という驚きと複雑さが噛み合った勘違い殺人のプロットがなかなか巧みなので、ほかの要素を削ぎ落せなかったのがつくづく残念としか言いようがありません。

スコッチ・テリアに関しては、とってつけたような要素で、あっても無くてもどっちでもよいレベルなのですが、ヴァン・ダインが犯人の最期をああいった形で描きたかった以上、読者には文句を言う資格はないでしょう。個人的には好きなラストです。

 

 

 

  ネタバレ終わり

この六冊だけは完成するつもりだが、それ以上は書かない。(以下略)一人の作家に六つ以上の探偵もののりっぱな想があるかどうか私はすこぶる疑わしく思っている。

これは本書執筆中にヴァン・ダインが自伝の中で述べた文章の抜粋です。

ヴァン・ダインの言う、立派な着想で書ける限界の数である六作のうち、本作は最後の作品、ということです。

 

ミステリファンならよくご存じのように、その後ヴァン・ダインは、絶対に六作以上書かないぞ!お金にも興味ないし!と言いながらも、結局十二作を書き上げました。

要するに、後半の六作は、陳腐で貧弱な着想を元に作られた長編ミステリと自ら認めたわけでしょう?もう読むの怖い。でも全部持っちゃってるんですよねえ…気が向いたら(年1)くらいで読もうと思います。

 

では!

ホームズ時代へのリスペクトが詰まった一作【感想】エラリー・クイーン『チャイナ橙の謎』

発表年:1934年

作者:エラリー・クイーン

シリーズ:エラリー・クイーン8

訳者:井上勇

 

空前絶後の超絶怒涛の“あべこべ殺人”がご登場です。

事件が起こるまでがかなり印象深いので、なるべくボカシながら書きたいのですが、インパクトという意味では超ど級の殺人事件です。

ある程度序盤でサクサクと進んでしまうので、ぜひともまずは事件が起こるまで丁寧に読んでほしいと思います。

事件後明らかになるのは、

チャンセラー・ホテルに滞在するカーク家の面々とカーク家を取り巻く人々の人間模様。そして彼らがひた隠しにするナニカ。どこから手を付けていいか、見当もつかない難事件にも関わらず、クイーンはわずかな手がかりから糸口をつかみ、徐々に事件の背後にある核心「チャイナ橙」へと迫っていきます。

 

全体としての評価で言えば、とても面白い試みだと思いました。めちゃくちゃな殺人現場にも関わらず、大道具・小道具を取り揃えつつ、ちゃんと仕掛けが用意されている、と読者に思わせておく(興味を保持する)準備は徹底されています。良し悪しは置いておいて…ですが。

 

あと、究明すべき謎の優先順位を絞らせない試みも比較的うまくいっているように思えます。ただその仕掛けに気づいてしまい、ゲームの慣習に従えば、いとも簡単に犯人にだけはたどり着いてしまえるのは難点。

かなり強固で堅牢そうな城壁なのに、実は張りぼてみたいな印象があります。ただ、作者にとってそんな張りぼてでも、如何に大きく強固に見せるかが腕の見せ所なはずなので、そういった意味では成功かもしれません。

 

また、個人的な憶測にすぎませんが、本書は作者エラリー・クイーンのホームズ時代への賛歌、リスペクトの現れた作品なのではないかと思います。

“あべこべ殺人”に見られる古典トリックの応用や、無秩序な部屋に用意された仕掛けからは、ホームズ時代のミステリを彷彿とさせる懐かしさ、そして時代を超えて新しいエッセンスを加え読者を楽しませようとするクイーンのプライドを感じました。

 

一方で、上記の感想以外に、序盤で述べた「面白い試みだと思った」以上のものはありませんでした

アメリカ銃の謎』でも感じたところですが、クイーンの作品には横筋に無駄なものが多い。

ミステリに物語の面白さを求めすぎるのはいけませんが、メインストーリーはまだしもサイドストーリーに面白みがほとんどないのは、どうなんでしょう。

しかもそれらが、一見するとメインの謎に関与している、と思わせておいて、とってつけたような説明のみで、後付け感がある上に、まったく面白くないのは、あまりに自分が高望みしすぎているからでしょうか。

 

こうやって書いているとメインストーリーのほうも気になってきました。

高額切手や無くなったみかんなどの小道具は高品質でも、真実への紐づけはやや強引なきらいがあります。

常に論理性を求め、推理小説界屈指のパズラーであるクイーンにしては、パズル自体はピタッとはまりこそすれ、その図柄はやや乱れた、標準的なミステリだと思います。

 

ネタバレを飛ばす

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

序盤からわずかながら感じられる仄かなロマンス。すぐさま発見される混とんとした事件現場。消えたミカン、

とこれでもかと、贅沢に要素をつぎ込んでいくクイーンに、やや出オチを心配する幕開け。まずは謎を整理。

  1. 被害者は誰か
  2. 密室のトリックやいかに
  3. 動機はなにか(1が解ければおのずと)
  4. 部屋を“あべこべ”にした理由はなにか

 

一見ガチガチに固められているかのように見えるが、1と3は相互に補完しあっているし、2と4は関係しあっているように思える。

読み進めていくと、1と3の情報が提供される速度が遅く、2と4に集中されているように感じた。

 

ただ、2と4が関係しあっているとはいえ、ひとつ違和感の塊と言える謎がある。

それが被害者の背面に通された2本のヤリ

部屋の“あべこべ”にまったく関係がなく、被害者をどこかに立てかけておくため、としか考えられない。

ということは?

→部屋を密室にするための物理トリック

→密室にしてメリットがあるのはオスボーンのみ、

というところまで簡単に仮説が立てられてしまう。あとはこの仮説に沿って、動機を推理していくのみ。

 

物理トリックについては…ねえ?

手がかりないもの。

 

動機として一番単純なのが高額切手の詐取だが、本人はちゃんと否定済み(頁219)だし、むしろ怪しいポイントに加算。

ここらへんからほぼ惰性で読んでしまった。

 

つまり、犯人あてさえ外さなければ、そのほかの記述に興味を魅かれるものはほとんどない。

リューズの脅迫やマーセラのスキャンダルなど、そこまでミステリに直結するほどの謎ではなく、完全に端折ってもいいレベル。

 

読者への挑戦もとってつけたようなもの(前作『シャム双子』では忘れていた)だし、ほんとうに密室を解かせる気があったのかどうかも怪しい。

 

推理

ジェームス・オスボーン

結果

勝利

 

ここまできて擁護にまわるのも変な話なんですが、読者が密室について論理的に解き明かす必要は全くないんですよね。

推理すべきなのは、密室を作り出す必要性が事件にあったか否か。いや密室はあったのか、なかったのかの一点のみ。

 

ただ、ここに集中しても気になるところが…

完全に密室にしてしまうとオスボーン一人に嫌疑がかかる、というならわかります。ただそうなると、外部犯(単純な物盗り)を装っておきながら、部屋をあからさまに弄り、被害者の身元を判別させないよう工夫する必要が見当たりません。

つまり、犯人の思惑として、

①自分には疑いの目を向けたくない(わかる)

②物盗り目的の外部犯に見せよう、関係者に迷惑をかけたくない(わかる)

③できれば身元も来た目的も悟られたくない(やりすぎじゃないの)

④よし!儀式っぽくヤリを刺したうえで、部屋をあべこべにして捜査をかく乱しよう(わからない

 

たしかに木を隠すなら森の中なんですが、森の中に隠すなら木だけじゃないといけません。ヤリはダメよヤリは。

 

なので、こんな「やらかし系」の犯人の中では案外印象に残る犯人でした。

序盤と結末の繋がりも、クイーン(作者)に弄ばれた感があって、どこか悲しい犯人のような気もします。

 

 

  ネタバレ終わり

なんやかんや言いましたが、さすがクイーンと唸らされる箇所も多々あり、見どころはちゃんと用意されている作品だとは思います。

古典トリックがちゃんと時を超えて受け継がれているのは好感が持てますし、なによりメインディッシュの“あべこべ殺人”だけはしっかり解きほぐされるので、そこは安心して読むことができるでしょう。

では!

ホームズ時代最後の超人探偵【感想】アーネスト・ブラマ『マックス・カラドスの事件簿』

発表年:1914~1927年

作者:アーネスト・ブラマ

シリーズ:マックス・カラドス

訳者:吉田誠一

 

初アーネスト・ブラマということで、先ずはあっさり作者紹介。

彼のことを紹介するのに一番適している単語は「秘密主義」です。どんな集まりにも顔を出さず、要件はほとんど電話で済ませ、出版社の人間とも極力合わない。おかげで彼の生年ですら今なお不確定という徹底ぶりでした。

読者に伝えたいことはすべて私の著書の中に尽されている」という彼の言葉どおり、本書を読めばアーネスト・ブラマについて少しはわかるのでしょうか。

 

ストランド・マガジンに掲載されたシャーロック・ホームズの影響を受け、1890~1920年代にかけて続々と誕生した個性豊かな超人探偵たち。

このホームズ時代最後の探偵と呼ばれるのが、アーネスト・ブラマの創造した盲人探偵マックス・カラドスです。

後天的な事故によって失明したけど、その他の感覚が研ぎ澄まされて、特異な能力となって発現する、と言う設定が、いかにも厨二っぽくて興味がそそられます。

しかし、贔屓目に見ても「物珍しさ」が際立つだけで、肝心のミステリの中身に関しては、水準に届くかどうか、という微妙なレベル

本書はマックス・カラドスの登場する全4短編集からある程度万遍なく収録されているので、残念ながらこの程度か、という印象をぬぐえません。もっと想像力が飛躍しているかと期待しすぎた所為もあるのでしょう。

1ヵ月以上も前に読了したので、再度読み返しながら、美点を探してみたいと思います。

 

 

ディオニュシオスの銀貨』(1914)

マックス・カラドスの初登場作品です。

ワトスン的ポジションのカーライルと執事のパーキンソンなどのレギュラーキャラクターの紹介になっている短編ですが、いかんせん事件の題材が地味

作者アーネスト・ブラマ自身が古銭学の専門家というだけあって、用いられる小道具には拘りが見られるものの、本作の骨子はただ、登場する銀貨が本物なのかどうかという一点のみ。

事件の背景は掘り下げが甘く、犯人の情報も後出し気味であまり読後感も良くありません。

あくまでも本短編集の前置き(プロローグ)という位置づけの短編です。

 

ストレイウェスト卿夫人の奸知』(1914)

タイトルと富豪夫妻が紛失した真珠のネックレスとくれば、だいたい話の筋は予想がつきます。

ここにきてようやくカラドスの肩が温まってきたのか、盲目ゆえの冴えた捜査が登場し、なかなかよくできたミステリにはなっているのですが…基本的にカラドスものは、読者に謎を解かせようとする気は全くないらしく、決定的な手がかりはほとんど解決編でさらりと紹介されるのみ。カラドスのキレた推理を単純に楽しむしかないのかもしれません。

 

マッシンガム荘の幽霊』(1923)

これまた小粒のミステリです。

勝手にガスが付いたり、水が出たりする不思議な部屋の調査を依頼されたカラドスですが、うーんなんでしょうかこのコレジャナイ感。

文体や登場人物の会話が格式高いだけに、事件がなんとも幼稚で小粒なのが残念です。カラドスが盲目である必要性も薄いですし、事件のオチ(サプライズ)もあるにはあるんですが、似たような幽霊屋敷を扱った短編の中でもかなり下位の作品だと思います。

 

毒キノコ』(1923)

ようやく殺人が登場です。

病気静養中の青年が大好物のキノコを食べて中毒死、という一見滑稽な事件ですが、地元の青物商も家族もどこから毒キノコが混入したかはわからずじまい。登場人物に金銭絡みの事実が浮かび上がり、謎は深まる…かと思いきや深まらない。奥行が出るかと思えば出ない。

素直に毒キノコを中心にミステリしていればいいものを、毒そのものにフォーカスしてしまうので、せっかくの謎が薄まってしまいます。

そして解決も然り…薄いです。

 

へドラム高地の秘密』(1927)

ミステリという枠組みからは少し外れますが、当時の情勢を上手く反映させたスパイものとして、なかなかよくできた一作だと思います。

助手で執事のパーキンソンの活躍も見られ、演出は間違いなくイギリス版「座頭市」こういうのが読みたかったんですよ、こういうのが。

 

フラットの惨劇』(1927)

ここにきてちょっと、カラドス譚について考え直さないといけない気がしてきました。

本作の冒頭、カラドスとカーライルの会話の中で、2人の手掛ける事件は「公金横領とか離婚とかいったもの」が中心になっていることが明かされます。つまり彼らの取り組む事件は、人々の日常に密接に絡み合った謎だということです。ハデハデしい殺人事件やセンセーショナルな事件とは縁遠い探偵ということでしょうか。

 

しかし本作は、その中でも一段とセンセーショナルでロマンチックな事件という触れ込み通り、なかなか良くできた殺人事件になっています。

真相については想定の範囲内ですが、ちゃんと真相に辿り着くための手がかりが目に見える形で提示されている点は高評価。情熱的なオチも印象に残る短編です。

 

靴と銀器』(1927)

そんなに良質な作品では決して無いのですが、本短編集の中でどれが好き?と聞かれたら間違いなく本作です。

童話のようなタイトルと、こんなのアリ?と頭を抱えたくなる夢想的で唯一無二のオチが脳裏にこびり付く異色作です。

ネタバレ予防の為これくらいにしておきます。

 

カルヴァー・ストリートの犯罪』(1927)

ユーモアと怪奇がうまくミックスされた一作です。

燃える倉庫、生還した狂人、狂人の書く意味不明のメモ、それらが導くたったひとつの真実とは?

多少最後は強引な気がしないでもありませんが、想像を膨らませるとかなり怖いです。

 

 

まとめ

後半にいくにつれ右肩上がりに調子を上げる短編集ですが、始めに抱いた作品への印象(物珍しさ)を払しょくするには少し足りませんでした。

マックス・カラドスの登場する短編は全部で25あり、そのうちまだ1/3しか読んでないわけで断定的な評価はできません。ただ、これから先続々と邦訳される、なんてこともまあ無さそうなので、再読が遠い先になるシリーズになりそうです。

 

そういえば、マックス・カラドスが活躍する唯一の短編『The Bravo of London』(1934)は、偽造貨幣をばらまき金融破壊を行おうとする犯罪者とカラドスの知的闘争がテーマの作品らしいです。

短編集が出尽くし最後に長編ってけっこう珍しくないですか?カラドスが登場する最後の作品ですし、アーネスト・ブラマの嗜好(古銭学の専門家)がさく裂したであろう長編だけに、かなり読んでみたい作品です。

せめて短編のもう半分くらい邦訳化されないかなあ…

 

では!

絶妙な配合比率で生み出された力作【感想】F.W.クロフツ『ホッグズ・バックの怪事件』

発表年:1933年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部10

訳者:大庭忠男

 

フレンチ警部シリーズもついに10作を突破しました。ポワロシリーズで言えば『雲をつかむ死』(『ABC殺人事件』のひとつ前)なので、ミステリ作家としても中堅になり油の乗った時期の作品だと言えるでしょう。

 

ストーリーはいたってオーソドックスで、フレンチ警部による失踪した医師の捜索が大筋です。さらにはその医師に浮気相手との駆け落ちの疑いがあって…と言う具合に徐々に物語が膨らんでゆきます。

 

医師の失踪状況がいかにもな不可能状況なので、これはまたトリッキーなクロフツ作品かと胸をわくわくさせられるに違いありません。

 

本作で顕著なのは、クロフツ流ミステリの配合術です。

クロフツのミステリは、地味で退屈だという誤ったイメージが先行しているようですが、それらが間違いなのは当ブログでも散々お伝えしていると思います。

 

地味ではなく地道、退屈ではなく手抜きをしないだけなのです。

そんな作品全体を流れる血に対し、そのボディには、常に先鋭的で革新的なものを産み出そうというエネルギーが満ちています

 

例えば1部と2部に分けて物語を構成する手法

この手法の先駆者はアーサー・コナン・ドイルですが、クロフツはこれをアレンジし、探偵とアマチュアに分けてしまったり(『製材所の秘密』)、不運な夫人のふつう小説になったり(『二つの密室』)と、創意工夫が凝らされたどれも特徴のある作品を仕上げています。

 

本作も似たような展開を迎えるものの、その骨組の中に、鉄道描写やアリバイなどのクロフツの譲れぬ拘りがしっかりと組み込まれているのも見逃せません。

シリーズいちと言って良いほど悪質で憎むべき犯罪に対し、並々ならぬ情熱と正義感を持って事件にぶつかるフレンチ警部の描写も巧く、過酷で実りの少ない捜査に全力を傾ける警察諸氏の描写にも注力されているのがひしひし伝わってきます。

つまり、クロフツらしい地道な警察捜査に、特異な構成、拘りの鉄道描写が絶妙なバランスで配合されたのが本作なのです。

 

肝心のミステリの核についても同様に、退屈手抜き無しの捜査に相応しい、精妙巧緻な犯罪が圧巻です。

何度か読み返さないと理解できないくらい難解なトリックではありますが、処女作『樽』を彷彿とさせる、歯車がきっちりとかみ合った、クロフツにしか書けない良質のミステリでした。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

失踪したアールの浮気は疑いようが無く、自動的に妻のジューリアと愛人スレイドが怪しく見えてくるが…スレイドが登場人物欄にない!?

ということは関係が無い、ということだろか。

ゲームの慣習“推理で申し訳ないが、少なくともスレイドの単独犯ではない。

ジューリアは保留。

 

序盤から怪しさを醸し出す人物が一人。

それがハワード・キャンピオン

ハワードが機械いじりが得意なことは、今後のトリックに関する伏線かもしれないし、アール医師の業務を引き継いている点も、浮気とは違う別のアール殺害の動機に繋がる伏線かもしれない。

 

物語が進むと、同じく同時期にヘレン・ナンキヴィルという看護婦も失踪したことが判り、駈け落ち説が再燃するが、彼女を知っている人間誰もが、彼女をそんなことをするような人ではない、と言う。

これは、アールとヘレンを同時に葬りたい人物の策略に違いない。やはりジューリアか。

 

視点を変えて、死体の処理方法だが、バイパス工事現場だろう。

前作『死の鉄路』で土を盛ったり掘ったりする複線化工事のアイデアが上手く流用されているはず。

ただ、女手で二人もの人間を短期間のうちに土の中に隠すなど到底できっこない。ということは共犯者(男)がいたことになる。

ここでキャンピオンか?

ドール・ハウスを作っている間はアリバイができるし、アーシュラが失踪した(死んだ?)ということは、彼女を自由に攫うことのできる身近な人物が犯人に違いない。

問題は、キャンピオンのアリバイと動機だったが、物語も終盤に来ると、フレイザー老毒殺を巡る事件の全容が見えてしまったので、ここらで。

 

推理

ハワード・キャンピオン(と共犯者)

結果

ハワード・キャンピオン

アーサー・ゲーツ

 

二人でアリバイを補完し合うとはうまいですねえ。ただ、かなりオーソドックスなトリックなのに、読者にまったく気づかせずに結末まで持って行くのは至難の業だったはず。

そのために、不可思議な失踪方法や、アール医師の浮気、ジューリアの不倫、アール医師の危険な研究などホワイダニットに着目させないテクニックが冴え渡っています

読み始めた当初は完全にフーかハウだと思っていました。完敗です。

 

 

 

 

  ネタバレ終わり

言い忘れてましたが、本作には手がかり索引的なものも忍ばされており、かなりクロフツ自身フェアプレイを念頭に置いた気を使う作品だったんだろうとは思います。

なので、いつもの伸び伸びとした旅行記のような雰囲気は無く、陰惨で暗い事件に仕上がっているのも、今までの作品とは違った良さです。

 

では!

前言撤回します。【感想】レックス・スタウト『ラバー・バンド』

発表年:1936年

作者:レックス・スタウト

シリーズ:ネロ・ウルフ3

訳者:斉藤数衛

 

多くの批評家がネロ・ウルフもののベストと推す『毒蛇』や『腰ぬけ連盟』に、あまりしっくりこなかったこともあって、期待値はかなり低めだったのですが、今までの3作の中では一番面白かったです。体感的に。

前作・前前作の感想で言ったことの半分くらいは前言撤回して、素直に面白い、と認めなきゃいけません

耐性というか免疫がついたおかげもあるんでしょうねえ。ウルフとアーチーの掛け合いや、ウルフを取り巻くレギュラーキャラクターたちの活躍が自分の中に染み込んだ気がします。

 

本作はプロットがずば抜けて巧みです。

今回ネロ・ウルフが手掛けるのは、

ある会社の社長が持ってきた、社内での盗難事件の捜査、そして半世紀も前に起こった“輪ゴム団(ラバー・バンド)”が関わった密約についての捜査です。

この二つが絶妙な具合で混ざり合い、さらに、大胆な殺人事件に発展します。これらのミステリの核を取り巻くのは、ネロ・ウルフ一行と警察との小競り合いや、登場人物の性格や証言から頭の中で仮説を組み立て、真相に迫ってゆくネロ・ウルフの天才的な安楽椅子探偵振り

ストーリー運びの軽妙さや、助手のアーチー・グッドウィンの軽口も健在で読み易いのも魅力の一つ。

 

一方で犯人の正体が見え易いのはご愛嬌。

もちろん粗方犯人の目星がついても、ウルフによる論理的な解決まで興味を保持する力はちゃんとあります

関係者たちや警察の面々が一堂に会し、ウルフの説を聞くミステリにお馴染みの光景も、安楽椅子探偵である彼のキャラクターを考えると、重みが全然違います。

例えば、変装を駆使し情報を収集するホームズルパン、また偽の名刺を提示して関係者に近づくフレンチ警部、こっそり重要な証拠をスっちゃうエラリーなどとは違い、ウルフはただ事務所で寛ぎ、蘭を愛で、酒を飲んで食を愉しみながら、頭を働かせます。

犯人サイドにとっては、部下のアーチーたちが何かを探っているのはわかっていても、ウルフの頭の中までは到底想像できません。

そんなウルフが、関係者を集め、真相を語り始める。まさに犯人にとって致命の一撃に外ならず、いよいよクライマックスだぞ、というヒリヒリした緊張感に満たされる終盤の空気が、他の海外ミステリに無い最大の魅力です。

 

そういえば、このテのプロットどこかで見たような気がしていたのですが、シャーロック・ホームズもののいくつかの作品でも同じような展開が用いられていることを思い出しました。

過去の良からぬ交友や法の裁きを逃れた犯罪者という類似点が、作品の雰囲気にマッチしています。

この、どこか懐かしい、知った作品のような気がする点が、本作を読み易くしている要因の一つなのかもしれません。

 

英国ミステリのほのぼのとした雰囲気が好きな方にも、ハードボイルドの入口として、米国ミステリの導入としておすすめできる一作でした。

 

ネタバレを飛ばす

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

まず、ネロ・ウルフが依頼された二つの事件と登場人物を整理。

  • エロおやじパリーとエロおやじ2ミューアはどちらもクララを狙っている
  • クララ一行はクリヴァーズ侯爵から金を貰いたい(だんじて強請ではなく契約)
  • しかし、クララには3万ドル窃盗の容疑がかかっている
  • 一方、クリヴァーズは金が惜しい
  • クリヴァーズの甥もクララに首ったけ

 

あとは、これらを繋ぎ合わせるだけか。

単純に筋を書けば、金が惜しいクリヴァーズが権力を使ってミューアを操りクララの信用を墜とさせ、自身か誰か他の人物の手を借りて、クララ一味を順に葬っていくという筋書きが見える。

そして、たぶんこれじゃない。

 

肝心の“輪ゴム団”ボス・コールマンはいつ出てくるんだろうかと思っていたら、まさかの、数十年も前にクリヴァーズからお金を受け取っていたらしい。

これが真実なら、間違いなくコールマンが犯人だし、嘘ならクリヴァーズが犯人だろう。

 

ただ、クリヴァーズが犯人なら、殺人を犯す判断が早すぎる。別に強請られたわけでもなし、2人も殺すリスクが大きすぎる。2つ目の殺人でもわざわざ捕まりに行く理由が無い。

 

むしろコールマンが犯人なら、100万ドルの領収書偽造を隠すためなら何人でも殺すに違いない。

 

で、該当人物はと言えば…パリーとミューアのWエロおやじしかいない。

3万ドル紛失の件を考えると、訴えたミューアに偏りたくなるが、殺人についてはあまり情報が少ない。

むしろ、パリーの方がクララ一行について情報を得る手段と方法があったはず。

冒頭のスコヴィルとパリーの絡みも意味深だったのでこれで。

 

推理

アンソニー・ペリー(“ゴム”のコールマン)

結果

勝利

メインの謎と解決に関しては、思ったよりオーソドックスで正統派なのは好印象です。

細部を突き詰めていけば、やや情報の欠落(アリバイ関係)はありますが、犯人を特定するだけの手がかりは十分用意されています。

 

あとオシャレなのが、タイトルにもなっている“輪ゴム団(ラバー・バンド)”です。

前作『腰ぬけ連盟』に引き続き架空の団体名称に遊び心があって面白いのはもちろん、本作ではラバー・バンド=輪ゴムがミステリに用いられているところに、レックス・スタウトのミステリ作家としての技能の高さが現われています。

 

 

ネタバレ終わり

ネロ・ウルフの第一作『毒蛇』と第二作『腰ぬけ連盟』ともに、個人的にはそんなに高評価ではなかったミステリですが、もしかしたら、今読めばガラリと評価が変わるかもしれません。

とりあえず、これからシリーズを読もうとしている読者がいらっしゃれば、数作は読んでみた方が良いかもしれません。

 

どこでハマるかは人それぞれだとは思いますが、ある程度慣れと許容が必要なシリーズです。

 

では!

ルパンの多面性を堪能【感想】モーリス・ルブラン『ルパンの告白』

発表年:1911年~1913年

作者:モーリス・ルブラン

シリーズ:アルセーヌ・ルパン

訳者:堀口大學

 

年2ルパンの2作目。この感じだと年4は読めそうです。

さすが幾つも邦訳化されているだけって、タイトルも訳者によって様々なバリエーションがあります。当記事は、新潮文庫版堀口大學訳をベースにしております。各話感想のタイトル()内の単語は、その他の主要な翻訳のタイトルです。

 

各話感想の前に、総評だけ述べてしまいましょう。やっぱりルパンものは短編に限る!もちろん長編の出来がイマイチってわけじゃございません。

 

まず、短編だと、二転三転する展開がなんともスッキリ感じられます。これが長編になると二転三転じゃ済まず、三転四転・五転六転とドッタンバッタン物語がひっくり返るので、ついて行くのが精一杯になることもしばしば。

また、アルセーヌ・ルパンの個性が強烈過ぎ、彼の奔放な性格に振り回される度に疲れてしまいます。

それが、短編では、ルパンのしつこいくらいの騎士道精神も、ドラマチック・ロマンティックな物語もスーッと入ってくる不思議。

さらに、堀口大學訳は言い回しや表現が旧式(なんと60年近く前の翻訳!)ではあるのですが、むしろそれが妙に耳と目に残ります。

 

では、ようやく各話感想とまいりましょう。

大作『奇岩城』や『813』に先立つ珠玉の短編たちは、全てがオススメ作品といっても過言じゃない出来です。今まで読んだルパンシリーズの中でも上位に来るオススメ度合なので、是非お試しあれ。

 

 

『太陽のたわむれ(手品)』(1911)

他に類を見ない暗号、卑劣な悪党、結末のグロテスクさ、隠された財宝、魅力的な報酬、それらをギュギュっと一纏めにしたシリーズ屈指の短編。

よくよく考えると、暗号は多少時間的な制約もあってしんどい部分もありますが、結末部では、一見センチにも思えるルパンの、実際的な一面が垣間見える名作短編です。

また、作中で仄めかされる、他の短編のタイトル、

ニコラ・ジュグリバン(デュグリバルの間違い?)の細君に君が与えた5万フランの贈り物の話、『影の手引き(本書『影の指図』)』、『結婚リング』、『うろつく死神』

など、モーリス・ルブランが読者の期待を煽る、巧みな手法にもニヤニヤ。ちゃんと本短編集で語られるので、ゆるりと読み進めましょう。

 

『結婚リング(指輪)』(1911)

カッコ良すぎですよ、ルパンさん。

昔魅かれていた女に、名刺を渡して、

救援が必要な場合…この名刺を、ためらわずに投函なさるがよい。…僕はかならずやってきますから。

ですからねえ。

また、苦境に陥った女性に、このアイテムが、どれほど偉大なパワーと強力な安心を与えるか。男なら誰しも心の中に少しは宿ってるであろう、ロマンチックでナルシシズムの部分をくすぐる演出です。

ただ、そんな甘美で情緒的な物語で終わらないのが、ルパンシリーズの凄いところ。最後にルパンが仕掛けたあっと驚かされる手際のいいトリックには騙されること間違いなし。

本作筆頭と呼ぶべき名作短編です。

 

『影の指図(合図)』(1911)

ホームズの某短編を彷彿とさせる宝探しが題材の短編。

同じ風景が描かれた二枚の絵画と、15-4-2という共通して記された日付、そして、毎年その日付、同じ風景の場所にわらわらと集まる共通点の無い人物たち。

と謎の発端からして最高です。

ありきたりな財宝探しで終わらない、ルパンらしい皮肉めいたオチも印象的です。

 

『地獄(の)罠』(1911)

衝撃度ナンバ-1の異色作。

本作は『太陽のたわむれ』内で語られた、

ニコラ・デュグリバンの細君に5万フラン与えた話です。

冒頭の鮮やかな盗難劇から、よもやあんな結末が待っていようとは…絶体絶命の危機に瀕しても不可思議な能力で窮地をくぐり抜けるのは、やはり悪人の魅力たっぷりのルパンだからこそ許される所業でしょう。

 

『赤い絹のマフラー(スカーフ)』(1911)

ルパンの宿敵ガニマール警部が物語の進行役ですが、ルパン自身安楽椅子探偵ものとして活躍するベスト級の短編です。

まず、ルパンの物語への関わり方がとてつもなく面白い。

ガニマール警部の捜査へと舞台が移ってからも、ルパンの名推理は冴え渡り、ガニマールの心中穏やかでない雰囲気が堪りません。

そして、待ちに待ったライバル同士の対決シーンでは、切れ味鋭い素晴らしいラストが用意されています。何回読んでも楽しめる傑作です。

 

『うろつく死神』(1911)

前作『赤い絹のマフラー』事件後の物語なので、順番通りに読むことをオススメします。

ミステリの観点から、そこまで着目すべき作品ではないのですが、オチはユーモラスでニヤニヤさせられます。

 

『白鳥の首のエディス』(1913)

なんとも美しいタイトルで始まり、由緒あるお宝が登場し、ルパンの代名詞でもある犯行予告があって…のはずが、いつのまにか息もつかせぬ推理小説に早変わりしているのには脱帽です。

ルパンシリーズだけでなく、今まで読んだ短編ミステリの中でもトップクラスに面白いガニマール警部が登場すること以外、あまり物語の紹介をしたくないのですが、アルセーヌ・ルパンが探偵ではなく、怪盗であることを最大限に活かした傑作短編です。

※何故かは言えませんが、できたら『ルパンの冒険』は読んでおいた方が良いと思います。

 

『麦がら(わら)のストロー』(1913)

ルパンにしてはスケールがちっちゃい事件なんですが、個人的には結構好きな作品です。ルパンものの長編『水晶の栓』にも似た隠し場所系のトリックが駆使された短編、ということで、ミステリファンなら後学のためにも勉強がてら読んでおきたい一作です。

もしかしてルパンってこうやって手下を増やしていくのかも、と思わされるような素敵なオチも好きなんですよねえ

 

『ルパンの結婚』(1912)

さてさて、最後にして最大の問題作が登場です。どんな話か、もちろんタイトルどおりルパンが結婚しちゃう話なんですが、どうも後味は良くない。で良くないかと思ったら、ちょっと心を動かされている自分もいたり…

ルパンって、ただの浮気性の軟派男なのか、それとも強きを砕き弱きを救う、騎士道精神を貫くロマンチストなのか。

本作はそんなルパンの様々な特性を絶妙にミックスさせ、彼の多面性を押し出したドラマ部分が見どころです。

 

 

まとめ

何度も言いますが、傑作短編集だと思います。

訳の古さなんてなんのそので、物語の面白さが障がいを凌駕する瞬間に立ち会えるでしょう。とはいえ、新訳化されれば尚良し。ルパン愛好家、ミステリファンだけでなく多くの人に手に取っていただきたい短編集でした。

では!

全員、嫌い【感想】フランシス・アイルズ『殺意』

発表年:1931年

作者:フランシス・アイルズ(アントニイ・バークリー)

シリーズ:ノンシリーズ

訳者:大久保康雄

 

 

さてさて、三大倒叙ミステリの一角を落としてから、はや一年余り、ついに第二の倒叙の王に挑むことと相成りました。

その名も『殺意』ですよ。安直なのかそうでないのかパッと見ではよくわかりませんが、読み始めるとものの一行目からすでに主人公エドマンド・ビクリー博士は妻を殺す決心を固めておられるようで。初めの数章では、彼が妻に明確な殺意を抱くに至った経緯が細かに描かれます。

 

これは褒めても良いのかよくわからないのですが、アントニイ・バークリーってほんとクソ人間を書くのが上手い。いや、クソ人間というのはかなり語弊がありますね。

第二の銃声』にしても『ピカデリーの殺人』にしても、劣等感を抱いている人間の心情を描く手腕が天才的です。

 

ただ、前2作と違って本作はれっきとした倒叙ミステリなので、いかんせんビクリー博士のネガティヴな精神の波動みたいなものを受け取る時間が長い…ちょっとしんどいです。というか、登場人物全員がムカムカするキャラクターなのが輪をかけてキツイ

 

また、ビクリー博士がいかに細かに犯罪計画を立案し、どこでミスったか、そういった倒叙ならではの推理ポイントも乏しいため、ミステリを読んでいて感じる手ごたえが皆無です。

例えば、ビクリー博士のミスはあからさまだし、殺人の手際だって上手くない。関係者みんなに疑われるような言動を繰り返し、落ち着きが無く、とにかく何かやましいことがあるに違いない人物に成り下がっています。

だから、彼が捕まろうと、まんまと逃げおおせようと、全然興味が沸きません。倒叙で大事なオチまで、読者の興味を維持する魅力が決定的に欠いていると思います。

 

 

これでリチャード・ハル『伯母殺人事件』と併せて、三大倒叙ミステリのうち2作を読み終えたわけですが、出来で言えば圧倒的に『伯母殺人事件』の方が上です。というか、改めて『伯母~』すげえって思いました。やっぱり、倒叙には、単純に犯人対探偵という構図だけでなく、物語が放つ不穏な空気や、座りの悪い違和感がちゃんと謎として機能していることが重要で、そこにさらにサプライズがある『伯母~』は傑作ミステリです。

自分でも何の感想記事かよくわからなくなってきました。そういえば、本書の中島河太郎氏の解説も、バークリーの他の作品の紹介ばっかりで、本書の具体的な解説はほんの僅かだったので、案外評価が難しいミステリなのかもしれません。そもそも何を持って「三大倒叙」なのかよくわからないところでもありますし…

 

 

だらだらとまとまりのない感想記事になってしまいましたが、どこのアウトレイジだよってくらい全登場人物を好きになれないのは、素直に凄いです。よくここまでたくさん創造できたな、と感心します。

一方で、再読したいと思わせる魅力はあまり無く、精神衛生上良くない作風ですので、よっぽど新訳化&充実した解説が無い限り、再読する日はやってこない気がしています。

 

では!

漢(おとこ)臭いミステリ【感想】F.W.クロフツ『死の鉄路』

発表年:1932年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部9

訳者:中山善之

 

 

本書はとにかく漢臭い。ただ、夏場の満員電車のような不快な汗臭さのことでありません。

舞台は「十月もすえ」のイギリス北部。鉄道の見習技師クリフォード・パリーなる三十二歳の苦労人の視点から物語は始まります。

微に入り細に入った鉄道工事描写は、さすが元鉄道技師のクロフツならではのもの。線路の複線化(1車線を2車線にする)工事の図面をスケッチした図解が登場するなど、作品に懸ける熱量や拘りはシリーズいちと言っても過言ではありません。

 

事件の展開は、過去に書いたノンシリーズもの『フローテ公園の殺人』(1923)に似通った部分がありますし、前後半に分かれるような構成も前作『二つの密室』と共通する部分です。しかし、10年間の作家活動を経て、物語の運び方やミステリとしての風呂敷の広げ方・畳み方が格段に上手くなったと感じます。

もちろん大陸を股にかけた壮大なストーリーなど、『フローテ公園~』にしかない良さがあるのは事実ですが、純粋なフーダニットだった(その分、すっきりしていて読み易い)のに対し、本作はフーはもちろん、ホワイにもちゃんと重みが付けられているのが巧みです。

 

また、登場人物も普段より粒ぞろいで個性が際立った人物が多いので、ミスディレクションが多彩なのも、読者にとっては嬉しい悩みでしょう。怪しげな記述がちょこちょこ挿入されるので、誰も彼もそれなりに疑わしく見えてきますし、ホワイ(動機)に関しても、横筋が単一的でないため、見方を変えると疑わしい容疑者は一人でも、動機が複数見つかったり、と、いつまで経っても謎の真相が見えてきません。

 

そして、作中で常に息づくのは、人々の豊かな暮らしの為、自身の生活の為、線路を敷き汗水流す熱い男たちです。

肉体労働だけでなく、時には緻密な計算を行い、鉄道会社・工事業者との折衝を重ねる技術者たちの姿からは、苦労だけでなく、やりがいや生きる喜びまで伝わってきそうです。

そんな熱さを嘲笑うかのような卑劣で冷酷な犯罪には、いつもは地味なクロフツ作品の中にあって比較的派手な仕掛けが施されています。また、シンプルな事件ではありますが、ちゃんとバリエーションも用意されているので、前述の「いつもの地味な」というクロフツ像はしっかり打ち砕いてくれる作品です。

 

ただ、問題は題材になっている線路の複線化工事…ちゃんとミステリに付随する要素ではあるのですが、鉄道に興味が無い読者にはかなりキツイ読書になるかもしれません。

色気(ロマンス)がありそうで無かったり、とにかく漢(おとこ)臭い、男性向けのミステリでした。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

パリーの人柄が好み。

苦労を重ね、実直に生きることで運が回ってくる、みたいな流れは好き。

 

鉄道会社が絡むミステリなので、やっぱり企業犯罪が背景にはあるに違いない。無駄に多い工事の描写は、企業犯罪の伏線だろう。

設計図のコピー云々や測定の数字がたくさん出てくるため、たぶんそれを弄って工事費水増しとかだと思う。

その証拠に、殺人事件の捜査はそっちのけで、コピーの保管場所などの会社の仕組みや、コピーや調査に携わった関係者の紹介が大半を占める。

 

なんといっても怪しいのは、設計主任ブラッグ。尻尾を出すまではいかなくとも、妙に心配したり、言動に怪しいところが多々見受けられる。

ケアリーが自殺してからは、さらにブラッグに嫌疑が強まる。

 

ケアリーが死亡直前にブラッグとの会見を望んでいた(頁148)こと、「どんな用があるんだろう?」(頁148)という白々しい返事。実際に会っても返事を先延ばしにした(頁150)ことから考えるに、後半登場する詐欺事件の実務がケアリー、そして計画者はブラッグ、というところだろう。

ロナルド・アッカリーは個人的な調査の結果、詐欺の真実を掴んでしまい、ケアリーもしくはブラッグに感付かれ殺された。

アッカリーはケアリーが、そしてケアリーをブラッグが殺したのだろう。

 

問題は、ケアリー殺害にブラッグは鉄壁のアリバイがあること。鉄壁とまでは言えないが、少なくとも、決定的な齟齬は無い。

う~ん。

ローエルは完全にミスディレクションだし、あと残ってる関係者はアイツだけど、まさかねえ。

 

推理

(強引に)ブラッグ

結果

クリフォード・パリー

 

あ~はいはい。こっち系ね。

まんまとやられました。

とにかくブラッグに固執し過ぎたのが敗因です(言い訳)。

とんとん拍子に上司が死んで、スライド昇格しまくるだけでも怪しさ満点なのに、全然気づきませんでした。

ただ、セコいっちゃあセコい

この手の叙述トリックを使うにしては、やっぱり細かいところまで徹底したフェアプレイ精神が無ければ、とうてい満足度は高まりません。

さらっと読み返してみても、それなりに破綻しないように、という意思は感じられるのですが、あくまで破綻しないギリギリのラインで踏みとどまっているレベル

 

例えば、第1章の最後で、パリーはアッカリーを殺害するわけですが、後日パリーの脳裏に鮮やかに蘇った二つのことと称して、パリーの指輪とパリーの健康状態のことが記述されていますが、いらんよね。あれ。完全にパリーを局外者にしたいがための描写ですよね。

書くなら、それがアッカリーが元気な姿を見せた最後の瞬間だった、程度で十分な気がします。

 

あと、見知らぬ男がケアリーの部屋を訪れた、というパリーの偽の証言が語られるシーンでは、以下のようにパリーの心情が描かれています。

パリーはちょっとした問題をどうしたものかと思いあぐねていた。自ら供述を買ってでるべきかどうか決めかねていたのだ。昨夜のあることについて、事件に関係しているかもしれぬあること―(頁157)

この場合、パリー自身にはその供述と事件の関係性が無いことは百も承知なわけで、自分に有利か不利かで迷うことはあっても、事件に関係しているかいないかで悩むことは絶対にありえません。読者を煙に巻くにしては、お粗末な記述です。

 

 

 

 

 ネタバレ終わり

クロフツって思ったより人物描写が下手じゃないんですよねえ。1作に一人は、こいつ好き!って人間が絶対出てきます。

その人物が紆余曲折を経てどんな人生を歩むか、という一本筋が通った人間ドラマがちゃんと用意されているので、読み応えがあります。たぶん本格ミステリには不必要なのかもしれませんが、本を閉じてしばらくたっても、彼らの印象が濃く残るのは、やっぱり彼ら自身の物語がちゃんと用意されているからでしょう。

クロフツ作品を語るうえで避けては通れない重要な作品でした。

 

では!

変な武器で変な攻撃してくる刺客【感想】C.デイリー・キング『タラント氏の事件簿[完全版]』

発表年:1935~1979年

作者:C.デイリー・キング

シリーズ:トレヴィス・タラント

訳者:中村有希

 

またまたのっけから意味不明なタイトルで読者を混乱させたことを深くお詫びいたします。

しかしですね。全編読んでみて、どんな作品だったか、短く説明するとしたら、変な武器で変な攻撃を仕掛けてくる刺客です。

いざ、尋常に勝負!と柄に手をかけたはいいものの、鎖鎌やら三節棍みたいな変な武器を取り出してチョイヤーッ!と襲い掛かってくる。面食らうのは当たり前、ただただ驚くしかありません。七支刀とか取り出して振り回し始める。え!?それ武器なの?と戸惑わされる。

そんな短編集でした(どんなだ)。

 

話は変わって、訳者の中村有希氏と言えば、創元推理文庫から続々と刊行されているエラリー・クイーンの国名シリーズの翻訳者でもあられます。結構好きな翻訳家さんです。

知ったような口を利きますが、登場人物の会話がとても温かみのある訳になっていて、海外ミステリの読み易さに大きく貢献しているような気がしています。

 

さっそく

各話感想

※決してトリックについてネタバレするつもりはありませんが、タイトルにこじつけて“武器”が云々言いますので辟易しないように。 

※また、ネタバレにはならなくとも、先入観を抱かせる記述がございます。素晴らしい短編集ですので、在庫のあるうちに書店でお求めいただき、読了後ご覧になることを強くお勧めいたします。

 

『古写本の呪い』(1935)

ジェリー・フィランは友人との賭けの一環で、メトロポリタン博物館で希少な古写本の番を勤めることになった。午前二時を過ぎ、次々と不思議な現象が起こり始めるが、はたしてこれは古写本の呪いなのか。

本書のオープニングを飾る一作ということで、語り手のジェリー・フィラン、探偵トレヴィス・タラント氏、日本人の執事カトーなどレギュラーキャラクターたちの紹介にもなっています。

本作のテーマはいたってありきたりな消失ものなのですが、使われているトリックは現実味がありハイレベル。ジェリーを通して語られるホラーな雰囲気も見事です。

そして、本作で使用された武器は、ある“ご婦人”。バチンと平手打ちされること間違いなしの逸品です。

 

『現われる幽霊』(1935)

アーサー・コナン・ドイルも愛したとされる怪奇幻想というテーマに、ジェリーのロマンスが見事に合致し味わい深い短編になっています。

摩訶不思議な現象ではありますが、ちゃんと論理的な説明がされるため、隙のない短編ミステリとも言えます。

あとは、“古代ロマン”という魔法が武器として炸裂しているのが魅力です。こういうのを読むと旅立ちたくなりますねえ。

元ネタについては、いくら調べてもヒットしなかったので、専門知識がおありの方は教えていただければ涎を垂らして喜びます。

 

『釘と鎮魂歌』(1935)

本作はこってり味の密室事件。タラント氏が締めの一文でも述べているとおり、

人間の頭脳は回転が遅すぎる

つまり“回転エネルギー”が武器です。

密室トリックとしては及第点ですが、面白いのは物語の運び方です。シリーズの準レギュラーであるピーク副警視の初登場作品であることからも、しっかり読み込んでほしい一作です。

 

『<第四の拷問>』(1935)

フィルポッツの『灰色の部屋』や、カーの『赤後家の殺人』に似通った死の部屋系トリックが見事な一作。

久々に短編を読んで、声を出して驚いてしまったほど、個人的には本書ベストの短編。

本作で襲いかかってくる武器は…なんでしょうねえ

”です(言えない)。

でもまあ、読む側は必ずパワフルな武器と精神力が必須でしょう。心して読んでください。

 

『首無しの恐怖』(1935)

こちらは文字通り“ギロチン”が容赦なく襲い掛かってきます。

死体消失やアリバイなど全ての謎が高水準のお坊ちゃんタイプの短編です。

問題は、肝心要の物理トリックがイメージしにくいところ。解説が欲しいです。

 

『消えた竪琴』(1935)

古典的トリックと(当時の)最新トリックが見事に融合した一作。バンシー騒ぎや古代アイルランドの伝承など飾り物は多いですが、タラント氏によって論理的に解きほぐされると解決はいたってシンプル。

シャーロック・ホームズの某短編を彷彿とさせる演出も効果的です。

今作では武器ではなく“難攻不落の書庫”という盾が立ちはだかります。堅牢な盾ですが、外から壊そうとしても勝ち目はありません。勇気を出して踏み込み、柔軟に想像力を働かせながら挑んでください。

 

『三つ眼が通る』(1935)

ご飯食べに行ったら突然殺人事件、というなんともセンセーショナルな書き出しで始まる本作は、タラント氏の関係者が疑われる重厚なミステリ。長編ミステリの解決編だけを抜き取ったかのような、ドキドキさせる終盤が見ものです。

本作で対決しなければならないのは“手塚治虫”です。タイトルのとおり「みつめがとおる」なのでハッとしたのですが、そこまで深い関係は無く…どちらかというと『トリトン』とか『ブラックジャック』が適しているかもしれません(無視してください

 

『最後の取引』(1935)

ここまであまりにふざけ過ぎたので、しっかりお伝えし損ねていますが、本シリーズ最大の美点は、タラント氏の温かいキャラクターや執事カトーとタラント氏の興味深い関係、ジェリーとタラント氏の名コンビなど、トリック創案よりは、キャラクター造形にあると思っています。

本作ではその“キャラクターの暴走”と戦わなければいけません。物語の性質上、何度か読み返さないとしっくりこない問題児ですが、不思議と余韻は悪くなく。

 

 

 

『消えたスター』(1944)

『釘と鎮魂歌』に対になるような誘拐を題材にした短編です。さらに、解決のために終始せかせかと慌ただしいタラント氏一行ですが、完全に安楽椅子探偵ものであることに驚かされます。

本作で挑むべきは“違和感”です。その正体はここで先に明かします。登場人物の一人である執事がカトーからブリヒドーというフィリピン人に変わっており、第二次世界大戦の真っ只中という情勢が、モロに直撃しています。

違和感を感じるでしょうが脳内補正はカトーで読みましょう。

 

『邪悪な発明家』(1946)

天才的な犯人による天才的な犯罪が印象に残る名作短編です。ピーク副警視自らがタラント氏の邸に事件の依頼に来る、というシャーロック・ホームズもニンマリの典型的な短編になっています。

本作では“犯人”が裸一貫で勝負を挑んでくるので、正々堂々素手で立ち向かいましょう。

本短編集では一番レベルの高い作品だと思います。

 

『危険なタリスマン』(1951)

本書ベストを迷った一作。『最後の取引』に連なる作品であることから、読む順番だけはしっかり守ってほしいと思います。

本編の対戦相手は…

ついに来ました“わたし”です。

 

『フィッシュストーリー』(1979)

最後を飾るにしては小粒な作品ですし、どうも手抜き感が…オチなんてほぼ落語ですしねえ。

本作だけ1979年に書かれた、ということですから、どちらかというとファン向けの、イベントっぽい一作なのかもしれません。

 

そしてここにきて、ようやく刺客は変な武器で攻撃を繰り返すのを止め、「ちょっと座って話そうよ」と言っている気がします。

座って語らいましょう。

そしてお互いの生傷を懐かしく労りながら、過去の戦いに思いを馳せましょう。

 

そして、当ブログの感想を一から読み返すのです。そして、『僕の猫舎』史上一番意味不明な記事だ、という思いを込めてそっとはてなスターを押すのです。

 

あとは、[完全版]という贈り物を与えてくれた創元社に感謝、訳者の中村氏にも感謝、読者の皆様に幸多からんことをアーメン。

では(なにこれ)

新風吹く【感想】エラリー・クイーン『シャム双生児の謎』

発表年:1933年

作者:エラリー・クイーン

シリーズ:エラリー・クイーン7

訳者:井上勇

 

前作『アメリカ銃の謎』が「水清ければ魚棲まず」状態で、どうも好きになれず…

しばらく(次の新訳が出るまで)お休みしようかとおもったのですが、運よく?ポンポンと本作と『チャイナ橙』『スペイン岬』と、国名シリーズが全作揃ってしまったので、諦めて読みました。

さすがに50年も前の訳の為、単語一つ一つの古臭さを感じますが、新訳版と比べてもキャラクターの軸は全くブレず。

エラリーとクイーン警視の微笑ましい会話も健在で、この二人が事件の歯車を回す意義を十分に感じ取れる力作でした。

 

本作の特徴と言えば、コレでしょう

本書(創元推理文庫版)の裏表紙記載のあらすじ

刑事も、指紋係も、検屍官もひとりとして登場しない…「国名シリーズ」に(「の」の間違いか?)中で珍重すべき一編である。

 

刑事も、指紋係も、検屍官もひとりとして登場しない、だと!?どういうことだ!?

 

できれば今回はあらすじを省略したいです…

事件が起こるまでがとにかく面白い。ワクワクします。いつもの道を外れて、新しいことにチャレンジする姿勢がまず好きですし、未知の世界・新しい体験ができと想像するとドキドキすること請け合いです。

文字通り道を外れ迷い込んだアロー・マウンテンで、自然の猛威に追い詰められた二人は一軒の屋敷に逃げ込みます。

 

普段よく読むイギリスのミステリでは中々お目にかかれない厳しくも雄大な叙景に感動しながらも、ちゃんと、不穏で良くない何かが起こりそうな雰囲気が高まってきての蟹!

 

いずれ『シャム双生児』も新訳化されるでしょうから、どのように表現されるか、また、舞台となるアロー・マウンテンの地名なんかもちゃんと訳されるのを期待しています。

GoogleMapでそれらしい場所を探したのですが、本書に登場するテピーズオスケワといった地名ではヒットせず。テキサスの北ってのはわかってるんですが…そもそも、テキサスでさえタッケサス(頁16)ですからねえ

 

 

本題のミステリにおける謎とその解決へと参りましょう。

舞台が田舎の古めかしい屋敷ではありますが、事件自体は昔風でもなんでもなく、エラリー・クイーン風の味付けが利いています。特に注目すべきはダイイングメッセージでしょう。

破り捨てられたトランプというオシャレな手がかりを元に、屋敷の面々が隠す秘密や、被害者の人となりから得られるデータを少しずつかき集める様子は、多くの警官や分析官がサポートするお馴染みのクイーン譚とは違った手法で行われるものの、程よい展開スピードで頁をめくる指を補助します。

 

探偵のポジショニングも良く、ある程度「お約束」になっている物語展開だとは思いますが、普段やらないコトだけにワクワク度は数倍増し

陸の孤島と化した屋敷にタイムリミット・サスペンスの趣向も加わり、今までのエラリー・クイーン像の脱却と新しい風を吹き込もうとするチャレンジ精神溢れる作品になっていると思います。

 

ミスディレクションも豊富かつ高品質なのも見逃せません。山奥の屋敷に集まった彼らの大きな目的、それに付随して渦巻くそれぞれの思い、そして招かれざる客。これらが渾然一体となって、さらには万華鏡のように見方によって姿形を変える手がかりとの相乗効果で、否が応でも結末まで読ませる力がある一作です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

蟹を見た、というクイーン警視が出てきたときにはどうなることかと思ったが、さすがエラリー。

登場自体は事件が起こってからだが、登場人物の秘密を暴いていく中で、フランシス&ジュリアンの双生児を見出すのはさすが。

 

殺人の動機は金じゃない気がする。

死んだゼーヴィア博士が双子の研究をしていた、ということは、その研究に関係する動機かもしれない。ということは、研究をやめさせようとした双子の母親カロー夫人の線が強いか。

 

ダイイングメッセージ、半分に割かれたスペードの6についての警視の推理は面白かったが、長編向きではない。ゼーヴィア夫人を犯人に仕立てあげる材料としては十分だが。

 

あと手がかりになりそうなのは、消えたダイヤのネイブ、そして盗まれたクイーン警視の指輪。スペードの6と同じように英語絡みだとすると、残念ながら勝ち目はない。あきらめよう。

 

謎のスミス氏はカロー夫人を恐喝していた、で間違いは無さそう。ホィアリー夫人と≪骸骨≫とともに動機もないので犯人からは除外。

 

ホームズはゼーヴィアの助手を務め、ゼーヴィアの研究を知っていた節がある。カロー夫人と繋がっており、殺人を依頼された(または自ら進んで)という線も無くはない。

 

終盤のエラリーの推理から裂かれたダイヤのネイブ(ジャック)は、双子を指し示していると明かされる。

最初にゼーヴィアが掴んでいたのがダイヤのネイブ=双生児、だとするとマークは、双子が犯人だとわかっていてゼーヴィア夫人に罪を擦りつけたことになる。

マークはその後ウソがばれ、追い込まれることになるが、双子が犯人だと知っていたら、すぐに明かしそうなものだが…なぜ逃げたのか。

う~んややこしい。

 

単純にカードだけで言えばフランシス&ジュリアン、もしくは母親のカロー夫人でいきたいところだが、指輪の説明はつかず。

お手上げです。

 

推理

カロー夫人

結果

サラ・イゼール・ゼーヴィア

 

盗癖があるってのはどうなの?と思いましたが、頁211を見返してみると、

これほど、装身具が好きな男が、少なくとも指環のひとつくらいは持っていそうなものだと思わないかね。

クイーン警視が指輪を盗まれる前に既にゼーヴィア夫妻が不自然にも指輪を一つも持っていないことが仄めかされていました。

まあ「指環を一つも持っていない男が珍しい」って感覚が無いので、謎解きに有用な手がかりかどうかは怪しいところですが…

あとは、エラリー自らゼーヴィア夫人に助け舟を出している(頁182)のだけはムカつきます。しかもその前の章で長々と実験までしてねえ

 

 

 

 

 ネタバレ終わり

どうしても、100点満点と言えないのは、やはり不条理な中盤と結末部でしょうか。当記事の冒頭でも絶賛した舞台設定が仇となってか、解決は散漫になっている気がします。

最後だけを切り取ると、完全に別の作品じゃないのってくらい噛みあわせが悪く感じます。

もちろん前半で掲げた作品のテーマをちゃんと畳むためには、結末もしっかり書き切る必要があるのはわかるんですが…

どうもミステリの結末部で感じられるはずの浄化作用が弱めでした。

 

とはいえ、今までのシリーズでは上位に来る佳作ですし、新訳が出たら再読してみたいと思います。

では!

好き、がいっぱい詰まった短編集【感想】オースチン・フリーマン『ソーンダイク博士の事件簿Ⅱ』

発表年:1913~1927年

作者:オースチン・フリーマン

シリーズ:ソーンダイク博士

訳者:大久保康雄

 

 

各話感想

 

パーシヴァル・ブランドの替え玉』(1913)倒叙

犯罪者たちの中でも珍しい“常識家”タイプのパーシヴァル・ブランド氏による犯罪が第一部、その犯罪の謎をソーンダイク博士が科学考証により解き明かすのが第二部、という構成になっています。

フリーマンの巧みな筆致により、倒叙にありがちなドス黒い雰囲気は控えめで、どちらかといえば犯罪者の思考をニヤニヤしながら読めるのが本シリーズ最大の魅力です。

トリックこそ古臭いものの、犯罪までの過程や、どことなく余裕すら感じる犯罪者像が印象に残る本短編集の代表作と言って良い短編ミステリです。

 

消えた金融業者』(1914)倒叙

こちらも犯人像が際立った倒叙作品。

窮地に立たされた悲運の犯罪者、というのがしっくりくる同情を誘う犯人ですが、「罪」は罪でソーンダイク博士は見逃しません。

犯人視点で前半が語られているとはいえ、締めの一文は不穏な空気を醸し出しているのも巧いと思います。

 

ポンティング氏のアリバイ』(1927)

タイトルにアリバイとありますが、アリバイトリックにとどまらない、なんとも贅沢な短編です。

無駄な描写が全くと言って良いほど無く、全ての手がかりが犯人を指し示すよう緻密に計算されています。

 

パンドラの箱』(1927)

バラバラ遺体が登場する科学捜査との相性が良さそうな一作。綿密に計画された犯罪が魅力ではありますが、用いられているトリックもミステリファンならちゃんと読んでおきたい一作。これをちゃんと読み込んでいれば、解けた長編もいくつかあったかもしれません。

 

フィリス・アネズリーの受難』(1925)

そういえばセイヤーズもこの手のミステリをつくっていたなあ、というのは読み終えて思い出したことですが、こちらの方が科学捜査との相性も良く良質なミステリに仕上がっています。

ご丁寧なことに図解入りの解説までされるなど至れり尽くせりの一作です。

 

バラバラ死体は語る』(1927)

解説で、ある倒叙作品との対比がなされていますが、その本質は全然違うと思います。ソーンダイク博士の原動力や注力の大きさが桁違いだし、なんといっても犯人像がまるっきり違います。憎むべき犯罪者をとっちめるのはやっぱり気持ちが良い。

 

青い甲虫』(1923)

暗号もの。

そこまで飛抜けて良い出来ってわけじゃありませんが、『オシリスの眼』などに代表される中東のエッセンスが上手く活きた一作です。

 

焼死体の謎』(1923)

不審な状況で焼死した遺体を巡る謎が中心ですが、どうせ結末は、ミステリにおける「お約束」通りだろう、と本を閉じてはいけません。

終盤の検死裁判では、丁寧な実地検証と、科学捜査を基に、論理的に導き出された美しい真相が提示されます。

 

ニュージャージー・スフィンクス』(1923)

殺人現場に残された帽子を手がかりに犯人を追うフリーマン版『ローマ帽子の謎』…いや、あちらがエラリー・クイーン版『ニュージャージー・スフィンクス』か。忘れてください。

科学捜査の代名詞とも言える顕微鏡を巧みに使い、犯人像を作り上げていく様からは、ホームズを代表とする超人探偵と違った趣を感じます。推理の大きすぎる飛躍は無く、科学捜査から得られた事実を繋ぎ合わせ真相に迫っていくソーンダイク博士シリーズの魅力が最大限に詰まった一作です。

 

 

 

今まで創元推理文庫から発刊された「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」シリーズの中から、思考機械ピーター・ウィムジィ卿隅の老人マックス・カラドス、と読み進めてきましたが、やっぱり頭一つぬきんでている気がしています。

どうも贔屓目な気もしますが、科学捜査という尖った要素や徹底されたフェアプレイ精神、人間味あふれるソーンダイク博士のキャラクター、グロテスクな題材と相反するようなユーモラスな文体など、個人的に「好き」な要素がいっぱい詰まった短編集でした。

 

では!

クロフツにしては珍しい人間ドラマ【感想】F.W.クロフツ『二つの密室』

発表年:1932年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部8

訳者:宇野利泰

 

本作は、父と母を若くして亡くした苦労人アンがフレイル荘に勤め事件に遭遇するまでのⅠ部、フレンチ警部が捜査を開始し、事件が新たな展開を見せるⅡ~Ⅳ部に分かれており、クロフツ初期の数作を彷彿とさせる構成となっています。

フレンチ警部抜きで序盤の物語を成立させてしまうやり方は、『フレンチ警部とチェインの謎』や『ポンスン事件』でも実験済みで、まあ慣れた手つきでさらりと書かれた印象はあります。ただ先の2作よりも物語の重みはずっしり。

アンの容貌や性格も好感が持て、感情移入しながら読めます。

これがクリスティなら、アンに惚れるイケメン軍人や富豪の秘書とかを用意しそうなものですが、クロフツにかかるとこのようになります。

(頁14抜粋)「美人とはいいきれない」「肥満系の体型」に「まるまっちい鼻」と「大きすぎる口」を持ってはいますが、その目には「真実と誠実さが輝き」、「勇気と決断力があらわれた」あご(あご?)を持つ、「有能で、信頼のおける若い婦人」

なかなか主人公にはいないタイプの珍しいキャラクターです。

そんなアンの目線で、フレイル荘に巣食う悪意を細かに書き出す前半が終わると、ようやくフレンチ警部が出張ってきて、地道な捜査が始まるのですが…

 

視点がガラリと変わっているのに反して、物語の展開は緩やかそのもの。もう少しフレンチ警部の動きが活発なら良かったのですが、題材が題材なだけに物語に動きをもたせるのは難しかったのでしょう。

 

また、現場の図解や間取図など、用意されているギミックが多いだけに、どうしても精巧なトリック期待してしまう部分が多いのですが、そちらもクロフツの作風にはマッチせず。

 

人間ドラマを中心にした、どちらかというとクロフツらしくない珍奇な一作ではありますが、これはこれでクリスティっぽくて好きな自分もいます。

ミステリの核は時代の波を超えられませんし、ご都合主義と言われても仕方のない大きな欠陥があるのも事実ですが、ミステリの黄金期に果敢に新しいコトにチャレンジしているわけですから、読者もそれを温かく見守るスタンスで読むのが良いでしょう。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

アン目線で読んでみると最初は、シバラスエディスが不倫関係かと思ったが、相手はアイリーンだった。

 

シビルがアンに心を開いた矢先、あっけなくシビルがガス中毒で死んでしまった。フレイル荘にいる者ならだれでも殺害は可能だろう。

 

ガス漏れのトリックはわからないが、ここはフレンチにおまかせ。たぶん現代の読者は絶対に解らない物理トリック。

指紋の位置によって判明するある真実だが、そこまでドヤ顔で披露されても困る。

 

読者との温度差が凄いが、密室トリック(はたしてトリックと言って良いかどうか)は大丈夫か?

不安は的中し、ガス漏れトリックはかなりフィジカル。

しかも屋敷のあるエリアに、トリックに使用した部品を捨てるなんて、犯人は警察も読者も舐めすぎでは?

 

後半に入り、最有力容疑者のシバラスが自殺したが、他殺(しかも完全な密室)だとするとかなり厄介。

シバラスが実際に犯人で、誰かが自殺を唆したという線もあるが、それなら既にフレンチ警部が一役買っている。

 

ガス漏れトリックに使われたゼンマイの購入者が女性であることは確定なので、フレンチ警部はアイリーン犯人説を推すため証拠固めを始めるが、この設定はまるっとエディスにもあてはまることに気付いた。

 

最序盤の伏線もあることだし、シバラスを自殺に見せかけた密室殺人さえ解ければ万事解決。まさかアレじゃないよねえ…

 

予想

エディス・チーム

結果

勝利

 

一つ目はまだしも、二つ目の密室トリックは陳腐すぎます。

ただ、犯人が最初っから部屋の中にいた、というトリックは、色んな作品で仄めかされているとはいえ、実際にお目にかかるのは初めて

クロフツは、敢えて一番人気を外す、みたいな人間心理を逆手に取ったのかもしれませんが、二つ目が登場するのが作品の終盤ということもあって、本書の中核になるメイントリックに成り得ないことはクロフツ自身が自覚していた節もあります。

 

 

 

ネタバレ終わり

ミステリとしては水準に達するかどうかという微妙な作品ですが、クロフツにしては人間ドラマを中心に据えた珍しいミステリなので、愛着の沸く作品ではあります。

では!

冒険小説にした方が良かったのでは【感想】S=A・ステーマン『六死人』

発表年:1931年

作者:S=A・ステーマン

シリーズ:ヴェンス警部1

訳者:三輪秀彦

 

フランス冒険小説大賞受賞作、という触れ込みで、個人的にも読んでみたかった海外ミステリの一つでした。

「冒険小説」という名称ですが、実際には犯罪小説・サスペンス小説という意味合いが強いようで、たしかに本作でも冒険が重要なキーワードにはなっているものの、ちゃんとミステリの型にははまっています。

 

粗あらすじ

各々が巨額の富を得るために、五年後の再会を誓って冒険へと旅立った6人の青年たち。五年後、そのうちの一人で、目的を達し意気揚々と仲間を待つサンテールの元に突然の凶報が届いた。続々と彼らの元に届く不気味な<親展>の送り主とはいったい誰なのか、はたして6人は無事再会できるのか…

 

 

本作はネタバレ無しの感想が非常に難しい作品です。創元推理文庫版のあらすじやあとがきでも壮大にネタバレされていますので、お読みの際はお気を付け下さい。

 

 

まずは初ステーマンということで、作者のプロフィール紹介から行きましょう。

スタニスラス・アンドレ・ステーマンはベルギーのリエージュ(ワッフル発祥の地)生まれ。なんと14歳から短編を書き始め、16歳にはパリの雑誌に作品が掲載されるなど才能あふれる青年でした。その後も新聞記者として働く傍ら小説をいくつか発表し、ついに1928年ステーマン二十歳の時、同僚のサンテールと共同で長編ミステリを書き上げます。

 

冒頭で述べたとおり、『六死人』がフランス冒険小説大賞を受賞したり、フランスに本格ミステリを根づかせた立役者としての評価は高いのですが、作品に関しては辛辣な評を目にすることもしばしば

本作も着想は立派ですが、物語の造り込みや展開の豊富さが脆弱で、登場人物もイマイチだった気がします。

むしろ発端が魅力的なだけに、どんどん尻すぼみになっていくストーリーや下手くそなロマンス描写がその魅力を削っています。

 

ただ、トリックに関しては鮮烈な印象を残すものがあります。特に不可能犯罪に用いられたトリックと、ミスディレクションが良くできているので、それらを支える物語と特色ある登場人物がいないのがただただ残念と言うほかありません。

とはいえ、「犯行予告」とも受け取れる<親展>や、スリリングな犯人との対峙など見どころが多いのも否定できず…

 

真相に辿り着くための情報が後出しなのがやや気になるところですが、それを差し置いても読む価値は十分あると思いますし、なにより文庫本で200頁ちょっとというボリュームの少なさは魅力です。

ずっしり、どっしりというわけにはいきませんが、軽く読める海外ミステリとしてはそれなりに良い作品だと思います。

 

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

とっかかりはとても良い。財産分有を誓った六人の冒険者というだけでゾワゾワしてくる。

ただ登場人物が増えてきても、彼らの特徴が全くない。

あっても成功者か敗北者か、男か女か、一般人か警察関係者かくらいの違いしかなく、解り易いと言うより手抜き感が凄い。

サンテールペルロンジュールジェルニコも没個性的で魅力に乏しく、探偵のヴェンス警部に至っては経歴の紹介や心情描写がほとんどなく「お前はどこの誰なんだ」状態が続くので腹が立つ。

これが作者のただのリサーチ不足ならいいのだが、狙ってやっているとなると、この先続編を読むのがためらわれる。

ミステリではなくトリック小説だと揶揄されるのもここらへんが理由だろうか。

 

ただし、赤髭を生やしたサングラスの男、とか航海中の事故など、想像を掻き立てられる雰囲気作りは巧い。

ということで死んだ(とされている)ナモットは忘れないでおこう。

そしてナモットと同船していたジェルニコも第一候補…だと思っていたが、赤髭の男に撃たれたので違うか。

 

エレベーターのトリックはかなりよくできていると思う。まあ今と仕様が違うので、不変の名トリックは言い難いが…

 

財宝(?)の隠し場所なのだろうか、暗号が登場するがそちらは全く触れられない。案外楽しみにしていたのに。

 

物語は淡々と進み、生き残っているのは、サンテール、ペルロンジュール、そしてジェルニコの妻で財産の相続人アスンシオン。そして、死亡が定かでないナモット。

まあ動機・機会が十分なのはナモットだけなので消去法で一択か。

 

 

予想

アンリ・ナモット

結果

マルセル・ジェルニコ

 

う~ん。やっぱりそうか(負け惜しみ)

顔の無い死体ってのは気にはなっていたんですが、名も無き共犯者はちょっとセコくないですかね。

ジェルニコの死体を偽装するなら、ナモットの死体くらいちゃんと発見させてよ、というのはほんと負け犬の遠吠えです。

 

ただ、ようく冷静になって考えてみると、入れ墨の伏線はちゃんと張ってあるし、ナモットが犯人なら、自分の死を装う前にジェルニコを殺すはずだし、一度アスンシオンに財産が相続されたら後から丸ごとジェルニコのものにすることで動機に関しても完璧で、そもそもナモットを殺す機会があるのはジェルニコただ一人、さらにジェルニコの死体が顔無し、ってなったらジェルニコ一択……完全敗北です。

 

 

 

 

ネタバレ終わり

何度も言いますが、本作を紹介するときに用いられるあらすじや、本書のあとがきは兇悪です。(当記事ではだいぶ気を使ったつもりです

本書のネタばらしがあるのはもちろん、他作品のネタバレというリスクもあることから、なるべく予備知識を入れずに読むことを強くお勧めします。

 

あとは蛇足ですが、本書を読んで、若くして成功してもあまり良いことないな、と思いました。

若くして得た名声とそれに呼応する周囲の期待・プレッシャーは、それを本人が乗り越えられるかどうかかなり博奕なところがあると思うのです。昂ぶる自分を律する精神力は、経験を積み重ねて成長していくもの。

ステーマンは本作を書き上げることで、当時巻き起こったミステリという上昇気流に上手に乗っかったのかもしれませんが、ちゃんとした冒険小説としても読んでみたかった気もします。

6人の危険な冒険やそれぞれのロマンス。挫折と成功なんかをまとめれば、それはそれはロマンあふれる冒険小説になりそうです。

 

以上、蛇足も蛇足ですが、他の作品にも興味が沸く一作でした。

では!