クロフツにしては珍しい人間ドラマ【感想】F.W.クロフツ『二つの密室』

発表年:1932年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部8

訳者:宇野利泰

 

本作は、父と母を若くして亡くした苦労人アンがフレイル荘に勤め事件に遭遇するまでのⅠ部、フレンチ警部が捜査を開始し、事件が新たな展開を見せるⅡ~Ⅳ部に分かれており、クロフツ初期の数作を彷彿とさせる構成となっています。

フレンチ警部抜きで序盤の物語を成立させてしまうやり方は、『フレンチ警部とチェインの謎』や『ポンスン事件』でも実験済みで、まあ慣れた手つきでさらりと書かれた印象はあります。ただ先の2作よりも物語の重みはずっしり。

アンの容貌や性格も好感が持て、感情移入しながら読めます。

これがクリスティなら、アンに惚れるイケメン軍人や富豪の秘書とかを用意しそうなものですが、クロフツにかかるとこのようになります。

(頁14抜粋)「美人とはいいきれない」「肥満系の体型」に「まるまっちい鼻」と「大きすぎる口」を持ってはいますが、その目には「真実と誠実さが輝き」、「勇気と決断力があらわれた」あご(あご?)を持つ、「有能で、信頼のおける若い婦人」

なかなか主人公にはいないタイプの珍しいキャラクターです。

そんなアンの目線で、フレイル荘に巣食う悪意を細かに書き出す前半が終わると、ようやくフレンチ警部が出張ってきて、地道な捜査が始まるのですが…

 

視点がガラリと変わっているのに反して、物語の展開は緩やかそのもの。もう少しフレンチ警部の動きが活発なら良かったのですが、題材が題材なだけに物語に動きをもたせるのは難しかったのでしょう。

 

また、現場の図解や間取図など、用意されているギミックが多いだけに、どうしても精巧なトリック期待してしまう部分が多いのですが、そちらもクロフツの作風にはマッチせず。

 

人間ドラマを中心にした、どちらかというとクロフツらしくない珍奇な一作ではありますが、これはこれでクリスティっぽくて好きな自分もいます。

ミステリの核は時代の波を超えられませんし、ご都合主義と言われても仕方のない大きな欠陥があるのも事実ですが、ミステリの黄金期に果敢に新しいコトにチャレンジしているわけですから、読者もそれを温かく見守るスタンスで読むのが良いでしょう。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

アン目線で読んでみると最初は、シバラスエディスが不倫関係かと思ったが、相手はアイリーンだった。

 

シビルがアンに心を開いた矢先、あっけなくシビルがガス中毒で死んでしまった。フレイル荘にいる者ならだれでも殺害は可能だろう。

 

ガス漏れのトリックはわからないが、ここはフレンチにおまかせ。たぶん現代の読者は絶対に解らない物理トリック。

指紋の位置によって判明するある真実だが、そこまでドヤ顔で披露されても困る。

 

読者との温度差が凄いが、密室トリック(はたしてトリックと言って良いかどうか)は大丈夫か?

不安は的中し、ガス漏れトリックはかなりフィジカル。

しかも屋敷のあるエリアに、トリックに使用した部品を捨てるなんて、犯人は警察も読者も舐めすぎでは?

 

後半に入り、最有力容疑者のシバラスが自殺したが、他殺(しかも完全な密室)だとするとかなり厄介。

シバラスが実際に犯人で、誰かが自殺を唆したという線もあるが、それなら既にフレンチ警部が一役買っている。

 

ガス漏れトリックに使われたゼンマイの購入者が女性であることは確定なので、フレンチ警部はアイリーン犯人説を推すため証拠固めを始めるが、この設定はまるっとエディスにもあてはまることに気付いた。

 

最序盤の伏線もあることだし、シバラスを自殺に見せかけた密室殺人さえ解ければ万事解決。まさかアレじゃないよねえ…

 

予想

エディス・チーム

結果

勝利

 

一つ目はまだしも、二つ目の密室トリックは陳腐すぎます。

ただ、犯人が最初っから部屋の中にいた、というトリックは、色んな作品で仄めかされているとはいえ、実際にお目にかかるのは初めて

クロフツは、敢えて一番人気を外す、みたいな人間心理を逆手に取ったのかもしれませんが、二つ目が登場するのが作品の終盤ということもあって、本書の中核になるメイントリックに成り得ないことはクロフツ自身が自覚していた節もあります。

 

 

 

ネタバレ終わり

ミステリとしては水準に達するかどうかという微妙な作品ですが、クロフツにしては人間ドラマを中心に据えた珍しいミステリなので、愛着の沸く作品ではあります。

では!