発表年:1913~1927年
作者:オースチン・フリーマン
シリーズ:ソーンダイク博士
訳者:大久保康雄
各話感想
『パーシヴァル・ブランドの替え玉』(1913)倒叙
犯罪者たちの中でも珍しい“常識家”タイプのパーシヴァル・ブランド氏による犯罪が第一部、その犯罪の謎をソーンダイク博士が科学考証により解き明かすのが第二部、という構成になっています。
フリーマンの巧みな筆致により、倒叙にありがちなドス黒い雰囲気は控えめで、どちらかといえば犯罪者の思考をニヤニヤしながら読めるのが本シリーズ最大の魅力です。
トリックこそ古臭いものの、犯罪までの過程や、どことなく余裕すら感じる犯罪者像が印象に残る本短編集の代表作と言って良い短編ミステリです。
『消えた金融業者』(1914)倒叙
こちらも犯人像が際立った倒叙作品。
窮地に立たされた悲運の犯罪者、というのがしっくりくる同情を誘う犯人ですが、「罪」は罪でソーンダイク博士は見逃しません。
犯人視点で前半が語られているとはいえ、締めの一文は不穏な空気を醸し出しているのも巧いと思います。
『ポンティング氏のアリバイ』(1927)
タイトルにアリバイとありますが、アリバイトリックにとどまらない、なんとも贅沢な短編です。
無駄な描写が全くと言って良いほど無く、全ての手がかりが犯人を指し示すよう緻密に計算されています。
『パンドラの箱』(1927)
バラバラ遺体が登場する科学捜査との相性が良さそうな一作。綿密に計画された犯罪が魅力ではありますが、用いられているトリックもミステリファンならちゃんと読んでおきたい一作。これをちゃんと読み込んでいれば、解けた長編もいくつかあったかもしれません。
『フィリス・アネズリーの受難』(1925)
そういえばセイヤーズもこの手のミステリをつくっていたなあ、というのは読み終えて思い出したことですが、こちらの方が科学捜査との相性も良く良質なミステリに仕上がっています。
ご丁寧なことに図解入りの解説までされるなど至れり尽くせりの一作です。
『バラバラ死体は語る』(1927)
解説で、ある倒叙作品との対比がなされていますが、その本質は全然違うと思います。ソーンダイク博士の原動力や注力の大きさが桁違いだし、なんといっても犯人像がまるっきり違います。憎むべき犯罪者をとっちめるのはやっぱり気持ちが良い。
『青い甲虫』(1923)
暗号もの。
そこまで飛抜けて良い出来ってわけじゃありませんが、『オシリスの眼』などに代表される中東のエッセンスが上手く活きた一作です。
『焼死体の謎』(1923)
不審な状況で焼死した遺体を巡る謎が中心ですが、どうせ結末は、ミステリにおける「お約束」通りだろう、と本を閉じてはいけません。
終盤の検死裁判では、丁寧な実地検証と、科学捜査を基に、論理的に導き出された美しい真相が提示されます。
『ニュージャージー・スフィンクス』(1923)
殺人現場に残された帽子を手がかりに犯人を追うフリーマン版『ローマ帽子の謎』…いや、あちらがエラリー・クイーン版『ニュージャージー・スフィンクス』か。忘れてください。
科学捜査の代名詞とも言える顕微鏡を巧みに使い、犯人像を作り上げていく様からは、ホームズを代表とする超人探偵と違った趣を感じます。推理の大きすぎる飛躍は無く、科学捜査から得られた事実を繋ぎ合わせ真相に迫っていくソーンダイク博士シリーズの魅力が最大限に詰まった一作です。
今まで創元推理文庫から発刊された「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」シリーズの中から、思考機械、ピーター・ウィムジィ卿、隅の老人、マックス・カラドス、と読み進めてきましたが、やっぱり頭一つぬきんでている気がしています。
どうも贔屓目な気もしますが、科学捜査という尖った要素や徹底されたフェアプレイ精神、人間味あふれるソーンダイク博士のキャラクター、グロテスクな題材と相反するようなユーモラスな文体など、個人的に「好き」な要素がいっぱい詰まった短編集でした。
では!