発表年:1936年
作者:レックス・スタウト
シリーズ:ネロ・ウルフ3
訳者:斉藤数衛
多くの批評家がネロ・ウルフもののベストと推す『毒蛇』や『腰ぬけ連盟』に、あまりしっくりこなかったこともあって、期待値はかなり低めだったのですが、今までの3作の中では一番面白かったです。体感的に。
前作・前前作の感想で言ったことの半分くらいは前言撤回して、素直に面白い、と認めなきゃいけません。
耐性というか免疫がついたおかげもあるんでしょうねえ。ウルフとアーチーの掛け合いや、ウルフを取り巻くレギュラーキャラクターたちの活躍が自分の中に染み込んだ気がします。
本作はプロットがずば抜けて巧みです。
今回ネロ・ウルフが手掛けるのは、
ある会社の社長が持ってきた、社内での盗難事件の捜査、そして半世紀も前に起こった“輪ゴム団(ラバー・バンド)”が関わった密約についての捜査です。
この二つが絶妙な具合で混ざり合い、さらに、大胆な殺人事件に発展します。これらのミステリの核を取り巻くのは、ネロ・ウルフ一行と警察との小競り合いや、登場人物の性格や証言から頭の中で仮説を組み立て、真相に迫ってゆくネロ・ウルフの天才的な安楽椅子探偵振り。
ストーリー運びの軽妙さや、助手のアーチー・グッドウィンの軽口も健在で読み易いのも魅力の一つ。
一方で犯人の正体が見え易いのはご愛嬌。
もちろん粗方犯人の目星がついても、ウルフによる論理的な解決まで興味を保持する力はちゃんとあります。
関係者たちや警察の面々が一堂に会し、ウルフの説を聞くミステリにお馴染みの光景も、安楽椅子探偵である彼のキャラクターを考えると、重みが全然違います。
例えば、変装を駆使し情報を収集するホームズやルパン、また偽の名刺を提示して関係者に近づくフレンチ警部、こっそり重要な証拠をスっちゃうエラリーなどとは違い、ウルフはただ事務所で寛ぎ、蘭を愛で、酒を飲んで食を愉しみながら、頭を働かせます。
犯人サイドにとっては、部下のアーチーたちが何かを探っているのはわかっていても、ウルフの頭の中までは到底想像できません。
そんなウルフが、関係者を集め、真相を語り始める。まさに犯人にとって致命の一撃に外ならず、いよいよクライマックスだぞ、というヒリヒリした緊張感に満たされる終盤の空気が、他の海外ミステリに無い最大の魅力です。
そういえば、このテのプロットどこかで見たような気がしていたのですが、シャーロック・ホームズもののいくつかの作品でも同じような展開が用いられていることを思い出しました。
過去の良からぬ交友や法の裁きを逃れた犯罪者という類似点が、作品の雰囲気にマッチしています。
この、どこか懐かしい、知った作品のような気がする点が、本作を読み易くしている要因の一つなのかもしれません。
英国ミステリのほのぼのとした雰囲気が好きな方にも、ハードボイルドの入口として、米国ミステリの導入としておすすめできる一作でした。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
まず、ネロ・ウルフが依頼された二つの事件と登場人物を整理。
- エロおやじパリーとエロおやじ2ミューアはどちらもクララを狙っている
- クララ一行はクリヴァーズ侯爵から金を貰いたい(だんじて強請ではなく契約)
- しかし、クララには3万ドル窃盗の容疑がかかっている
- 一方、クリヴァーズは金が惜しい
- クリヴァーズの甥もクララに首ったけ
あとは、これらを繋ぎ合わせるだけか。
単純に筋を書けば、金が惜しいクリヴァーズが権力を使ってミューアを操りクララの信用を墜とさせ、自身か誰か他の人物の手を借りて、クララ一味を順に葬っていくという筋書きが見える。
そして、たぶんこれじゃない。
肝心の“輪ゴム団”ボス・コールマンはいつ出てくるんだろうかと思っていたら、まさかの、数十年も前にクリヴァーズからお金を受け取っていたらしい。
これが真実なら、間違いなくコールマンが犯人だし、嘘ならクリヴァーズが犯人だろう。
ただ、クリヴァーズが犯人なら、殺人を犯す判断が早すぎる。別に強請られたわけでもなし、2人も殺すリスクが大きすぎる。2つ目の殺人でもわざわざ捕まりに行く理由が無い。
むしろコールマンが犯人なら、100万ドルの領収書偽造を隠すためなら何人でも殺すに違いない。
で、該当人物はと言えば…パリーとミューアのWエロおやじしかいない。
3万ドル紛失の件を考えると、訴えたミューアに偏りたくなるが、殺人についてはあまり情報が少ない。
むしろ、パリーの方がクララ一行について情報を得る手段と方法があったはず。
冒頭のスコヴィルとパリーの絡みも意味深だったのでこれで。
推理
アンソニー・ペリー(“ゴム”のコールマン)
結果
勝利
メインの謎と解決に関しては、思ったよりオーソドックスで正統派なのは好印象です。
細部を突き詰めていけば、やや情報の欠落(アリバイ関係)はありますが、犯人を特定するだけの手がかりは十分用意されています。
あとオシャレなのが、タイトルにもなっている“輪ゴム団(ラバー・バンド)”です。
前作『腰ぬけ連盟』に引き続き架空の団体名称に遊び心があって面白いのはもちろん、本作ではラバー・バンド=輪ゴムがミステリに用いられているところに、レックス・スタウトのミステリ作家としての技能の高さが現われています。
ネロ・ウルフの第一作『毒蛇』と第二作『腰ぬけ連盟』ともに、個人的にはそんなに高評価ではなかったミステリですが、もしかしたら、今読めばガラリと評価が変わるかもしれません。
とりあえず、これからシリーズを読もうとしている読者がいらっしゃれば、数作は読んでみた方が良いかもしれません。
どこでハマるかは人それぞれだとは思いますが、ある程度慣れと許容が必要なシリーズです。
では!