発表年:1933年
作者:エラリー・クイーン
シリーズ:エラリー・クイーン6
訳者:中村有希
エラリー・クイーンの国名シリーズもついに6作目に突入しました。
創元推理文庫から年に1冊ペースで新訳版が出ているので、そちらで読み進めています。今年も出るのかなあ楽しみです。
でもこのままいくと、国名シリーズを脱した『中途の家』までは3作(ニッポン樫鳥の謎を入れると4作)なので、3~4年後にやっと該当作を読むことになる…待てない。
どうか早めに新訳を…というのは欲張りすぎでしょうか。
閑話休題、本作の感想といきましょう。
あらすじは省略したいと思います。二万もの人間、数にして四万もの眼の前で行われた堂々たる事件、ということだけで撒き餌は十分。
読書メーターにも書いた読了直後の感想もこうなっています。
トリックの難易度はそこまで高くないんじゃ…とドヤ顔をしてしまうところまでがクイーンの思うツボ。全ての手がかりが提示されている以上、全ての謎に対して解を見出してこそ挑戦に対する勝利となる。そういう意味では、やはり今回もクイーンに完敗、そして脱帽。あと風俗描写、舞台の造り方がまさにハリウッド的でエンターテイメント性にも溢れている。とにかく読むのが楽しかった。
今回はどんなことも書いてもネタバレに繋がってしまいそうでビビっています。そして、モヤモヤが止まらない。
なので、前述の簡易な感想から3点抜粋した上で、詳しく書くことで感想にしておきます。
トリックの難易度はそこまで高くないんじゃ…
どのトリックかは置いときます。
そりゃ本作は、文庫で400頁を超える雄編ですから、ちんけなトリックひとつで支えられているわけではありません。
その大きなトリックの一つが、馬から調度良いところにぶら下げられたニンジンみたいな絶妙な距離感を保って進んでいくので、ついつい読まされてしまいます。
見えそうで見えない、わかったようでわからない。手がかり提示のタイミングや隠し具合が魅力のひとつです。
…とドヤ顔をしてしまうところまでがクイーンの思うツボ
勝手に“謎の誤認トリック”と呼んでいるトリックが本作ではさく裂しています。
手がかりになりそうなパズルのピースは随所に配され、これみよがしに用意されているのですが、どうも形を成しません。というかパズルの台紙が無いような感じ。
やっぱりさすがパズルミステリの巨匠と唸らされるだけのことはありますし、トリック・手がかり・物語の進行度と、全てにおいてよく計算された素晴らしいプロットだと思うのですが…
全ての謎に対して解を見出してこそ挑戦に対する勝利となる
はたして勝利する必要が本当にあるのか?
これまでは本作のプロットを少しばかり解剖して、美点のみを絶賛してきました。
たしかに楽しい読書体験でしたし、いちミステリファンとして読めて良かったのですが、好きか、と聞かれると、喰い気味に言って嫌いです。
こっからは好き嫌いの話ですよ。
読者への挑戦状というスタイルで初めから気づいて当然なのですが、エラリー・クイーンには明確に読者を負かそうという確固たる意志があったはずです。別に読者を負かそう、という試みは大歓迎です。でも、何故が好きになれない。
ただただ読者の裏をかくことを目的として、読者に欺される快感を与えたりはせず、驚くべき真相に有無を言わせない論理性を持たせればそれでいい。
本作は国名シリーズの中でもその要素が顕著に現われ過ぎた作品です。
もちろん言うまでもないですが、本作は美しい。一部の隙もズレもなくぴったり嵌った美麗なパズルミステリです。
ただ今までの国名シリーズの論理的な美しさ+αがあまりに少ないと思います。幾何学模様のような綺麗にそろったものではなく、もっと直感的に自然に描かれたミステリが自分は好きなのだと気づかされました。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
序盤からどんどん関係者が登場し、ロマンスあり、エンターテイメントありの、何かとんでもないことが起こってしまう雰囲気がどんどん高まる。これは期待できる。
そうか、バック・ホーンが死ぬのか。
これも驚き。
彼が死ぬことで得をしそうな人間が少なく、それを暗示する伏線も少ない。
入射角が30度というのは、間違いなく乗馬したバックが傾いたからで、真横からの射撃に違いない。
銃が見つからないのも、あんまり大事には思えず…どこから着手すればいいか混乱気味。
第二の事件も動機が不明でさらに複雑にしたように思える。
とりあえず「読者への挑戦状」まで読んで、サラッと読み返してみる。
決定的(だと思っていること)は、
- 銃弾の入射角から、犯人はビル・グラント、もしくはバックを追いかけた騎馬隊の誰か=観客席の端役たちは全員除外
- 銃の行方は、最後の試写会で馬が暴れたシーンがあったことから馬の体内に隠された
- 犯人候補のビルは座長であることから、自分の座の評判を落としてまでもバックとウッディを殺すメリットは無い。
- 40(41)人の中でバックを殺す動機のあったものはウッディのみ。
ウッディが犯人だということに気付いたキットが、復讐の為ウッディと同じ方法で彼を殺したのか?
ウッディが片腕なのが致命的だが、これくらいしか思い浮かばない。
推理
(第一の殺人)ウッディ
(第二の殺人)キット・ホーン
結果
ベンジー・ミラー(バック・ホーン)
ぐうの音も出ないんですがね…なんか好きじゃない。
(あくまで例えでトリックが)メインディッシュっぽいのに食品サンプルってのは素直に凄い。
さすがに痺れましたよ。でも好きじゃない。
一番は、マーラをはじめとする観客席の人物たちが全く不必要なところ。興行面でのいざこざやボクシングの八百長など、コロシアムでの興行と事件の関連を匂わしたのはいいのですが、銃弾の入射角のトリックがお粗末すぎて、マーラのスキャンダルやボクシングの試合などの挿話が全て無意味なものになってしまったのが心底残念です。
あとは、エラリーは最初っから死んだ老人がバックではないと疑っていたわけで、それをクイーン警視にまで隠す理由が見当たらない。
そのチャンスは幾度もあったはずです。
『ギリシャ棺~』の反省があっただけ、では到底納得できません。
だから、なんて言うんでしょう。ただただコスいんですよ。
そこが好きになれないのかもしれません。
ネタバレ感想でもさんざん言いましたが、すごいのは百も承知です。特に目の前にぶら下げられたニンジンがまあ巧妙。
じゃそのニンジンを手に入れた(謎の一つが解けた)時、残るものは何か。何もないんですよね。
何もない、ということは、改めて読み返して他の謎を探し、推理し直す労力とそれに見合う価値と魅力も乏しくなります。
全てを解ったうえで再読すれば、もしかしたら楽しめる…のかもしれません。
では!