発表年:1933年
作者:エラリー・クイーン
シリーズ:エラリー・クイーン7
訳者:井上勇
前作『アメリカ銃の謎』が「水清ければ魚棲まず」状態で、どうも好きになれず…
しばらく(次の新訳が出るまで)お休みしようかとおもったのですが、運よく?ポンポンと本作と『チャイナ橙』『スペイン岬』と、国名シリーズが全作揃ってしまったので、諦めて読みました。
さすがに50年も前の訳の為、単語一つ一つの古臭さを感じますが、新訳版と比べてもキャラクターの軸は全くブレず。
エラリーとクイーン警視の微笑ましい会話も健在で、この二人が事件の歯車を回す意義を十分に感じ取れる力作でした。
本作の特徴と言えば、コレでしょう
本書(創元推理文庫版)の裏表紙記載のあらすじ
刑事も、指紋係も、検屍官もひとりとして登場しない…「国名シリーズ」に(「の」の間違いか?)中で珍重すべき一編である。
刑事も、指紋係も、検屍官もひとりとして登場しない、だと!?どういうことだ!?
できれば今回はあらすじを省略したいです…
事件が起こるまでがとにかく面白い。ワクワクします。いつもの道を外れて、新しいことにチャレンジする姿勢がまず好きですし、未知の世界・新しい体験ができと想像するとドキドキすること請け合いです。
文字通り道を外れ迷い込んだアロー・マウンテンで、自然の猛威に追い詰められた二人は一軒の屋敷に逃げ込みます。
普段よく読むイギリスのミステリでは中々お目にかかれない厳しくも雄大な叙景に感動しながらも、ちゃんと、不穏で良くない何かが起こりそうな雰囲気が高まってきての蟹!
いずれ『シャム双生児』も新訳化されるでしょうから、どのように表現されるか、また、舞台となるアロー・マウンテンの地名なんかもちゃんと訳されるのを期待しています。
GoogleMapでそれらしい場所を探したのですが、本書に登場するテピーズやオスケワといった地名ではヒットせず。テキサスの北ってのはわかってるんですが…そもそも、テキサスでさえタッケサス(頁16)ですからねえ
本題のミステリにおける謎とその解決へと参りましょう。
舞台が田舎の古めかしい屋敷ではありますが、事件自体は昔風でもなんでもなく、エラリー・クイーン風の味付けが利いています。特に注目すべきはダイイングメッセージでしょう。
破り捨てられたトランプというオシャレな手がかりを元に、屋敷の面々が隠す秘密や、被害者の人となりから得られるデータを少しずつかき集める様子は、多くの警官や分析官がサポートするお馴染みのクイーン譚とは違った手法で行われるものの、程よい展開スピードで頁をめくる指を補助します。
探偵のポジショニングも良く、ある程度「お約束」になっている物語展開だとは思いますが、普段やらないコトだけにワクワク度は数倍増し。
陸の孤島と化した屋敷にタイムリミット・サスペンスの趣向も加わり、今までのエラリー・クイーン像の脱却と新しい風を吹き込もうとするチャレンジ精神溢れる作品になっていると思います。
ミスディレクションも豊富かつ高品質なのも見逃せません。山奥の屋敷に集まった彼らの大きな目的、それに付随して渦巻くそれぞれの思い、そして招かれざる客。これらが渾然一体となって、さらには万華鏡のように見方によって姿形を変える手がかりとの相乗効果で、否が応でも結末まで読ませる力がある一作です。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
蟹を見た、というクイーン警視が出てきたときにはどうなることかと思ったが、さすがエラリー。
登場自体は事件が起こってからだが、登場人物の秘密を暴いていく中で、フランシス&ジュリアンの双生児を見出すのはさすが。
殺人の動機は金じゃない気がする。
死んだゼーヴィア博士が双子の研究をしていた、ということは、その研究に関係する動機かもしれない。ということは、研究をやめさせようとした双子の母親カロー夫人の線が強いか。
ダイイングメッセージ、半分に割かれたスペードの6についての警視の推理は面白かったが、長編向きではない。ゼーヴィア夫人を犯人に仕立てあげる材料としては十分だが。
あと手がかりになりそうなのは、消えたダイヤのネイブ、そして盗まれたクイーン警視の指輪。スペードの6と同じように英語絡みだとすると、残念ながら勝ち目はない。あきらめよう。
謎のスミス氏はカロー夫人を恐喝していた、で間違いは無さそう。ホィアリー夫人と≪骸骨≫とともに動機もないので犯人からは除外。
ホームズはゼーヴィアの助手を務め、ゼーヴィアの研究を知っていた節がある。カロー夫人と繋がっており、殺人を依頼された(または自ら進んで)という線も無くはない。
終盤のエラリーの推理から裂かれたダイヤのネイブ(ジャック)は、双子を指し示していると明かされる。
最初にゼーヴィアが掴んでいたのがダイヤのネイブ=双生児、だとするとマークは、双子が犯人だとわかっていてゼーヴィア夫人に罪を擦りつけたことになる。
マークはその後ウソがばれ、追い込まれることになるが、双子が犯人だと知っていたら、すぐに明かしそうなものだが…なぜ逃げたのか。
う~んややこしい。
単純にカードだけで言えばフランシス&ジュリアン、もしくは母親のカロー夫人でいきたいところだが、指輪の説明はつかず。
お手上げです。
推理
カロー夫人
結果
サラ・イゼール・ゼーヴィア
盗癖があるってのはどうなの?と思いましたが、頁211を見返してみると、
これほど、装身具が好きな男が、少なくとも指環のひとつくらいは持っていそうなものだと思わないかね。
クイーン警視が指輪を盗まれる前に既にゼーヴィア夫妻が不自然にも指輪を一つも持っていないことが仄めかされていました。
まあ「指環を一つも持っていない男が珍しい」って感覚が無いので、謎解きに有用な手がかりかどうかは怪しいところですが…
あとは、エラリー自らゼーヴィア夫人に助け舟を出している(頁182)のだけはムカつきます。しかもその前の章で長々と実験までしてねえ
どうしても、100点満点と言えないのは、やはり不条理な中盤と結末部でしょうか。当記事の冒頭でも絶賛した舞台設定が仇となってか、解決は散漫になっている気がします。
最後だけを切り取ると、完全に別の作品じゃないのってくらい噛みあわせが悪く感じます。
もちろん前半で掲げた作品のテーマをちゃんと畳むためには、結末もしっかり書き切る必要があるのはわかるんですが…
どうもミステリの結末部で感じられるはずの浄化作用が弱めでした。
とはいえ、今までのシリーズでは上位に来る佳作ですし、新訳が出たら再読してみたいと思います。
では!