発表年:1935~1979年
作者:C.デイリー・キング
シリーズ:トレヴィス・タラント
訳者:中村有希
またまたのっけから意味不明なタイトルで読者を混乱させたことを深くお詫びいたします。
しかしですね。全編読んでみて、どんな作品だったか、短く説明するとしたら、変な武器で変な攻撃を仕掛けてくる刺客です。
いざ、尋常に勝負!と柄に手をかけたはいいものの、鎖鎌やら三節棍みたいな変な武器を取り出してチョイヤーッ!と襲い掛かってくる。面食らうのは当たり前、ただただ驚くしかありません。七支刀とか取り出して振り回し始める。え!?それ武器なの?と戸惑わされる。
そんな短編集でした(どんなだ)。
話は変わって、訳者の中村有希氏と言えば、創元推理文庫から続々と刊行されているエラリー・クイーンの国名シリーズの翻訳者でもあられます。結構好きな翻訳家さんです。
知ったような口を利きますが、登場人物の会話がとても温かみのある訳になっていて、海外ミステリの読み易さに大きく貢献しているような気がしています。
さっそく
各話感想
※決してトリックについてネタバレするつもりはありませんが、タイトルにこじつけて“武器”が云々言いますので辟易しないように。
※また、ネタバレにはならなくとも、先入観を抱かせる記述がございます。素晴らしい短編集ですので、在庫のあるうちに書店でお求めいただき、読了後ご覧になることを強くお勧めいたします。
『古写本の呪い』(1935)
ジェリー・フィランは友人との賭けの一環で、メトロポリタン博物館で希少な古写本の番を勤めることになった。午前二時を過ぎ、次々と不思議な現象が起こり始めるが、はたしてこれは古写本の呪いなのか。
本書のオープニングを飾る一作ということで、語り手のジェリー・フィラン、探偵トレヴィス・タラント氏、日本人の執事カトーなどレギュラーキャラクターたちの紹介にもなっています。
本作のテーマはいたってありきたりな消失ものなのですが、使われているトリックは現実味がありハイレベル。ジェリーを通して語られるホラーな雰囲気も見事です。
そして、本作で使用された武器は、ある“ご婦人”。バチンと平手打ちされること間違いなしの逸品です。
『現われる幽霊』(1935)
アーサー・コナン・ドイルも愛したとされる怪奇幻想というテーマに、ジェリーのロマンスが見事に合致し味わい深い短編になっています。
摩訶不思議な現象ではありますが、ちゃんと論理的な説明がされるため、隙のない短編ミステリとも言えます。
あとは、“古代ロマン”という魔法が武器として炸裂しているのが魅力です。こういうのを読むと旅立ちたくなりますねえ。
元ネタについては、いくら調べてもヒットしなかったので、専門知識がおありの方は教えていただければ涎を垂らして喜びます。
『釘と鎮魂歌』(1935)
本作はこってり味の密室事件。タラント氏が締めの一文でも述べているとおり、
人間の頭脳は回転が遅すぎる
つまり“回転エネルギー”が武器です。
密室トリックとしては及第点ですが、面白いのは物語の運び方です。シリーズの準レギュラーであるピーク副警視の初登場作品であることからも、しっかり読み込んでほしい一作です。
『<第四の拷問>』(1935)
フィルポッツの『灰色の部屋』や、カーの『赤後家の殺人』に似通った死の部屋系トリックが見事な一作。
久々に短編を読んで、声を出して驚いてしまったほど、個人的には本書ベストの短編。
本作で襲いかかってくる武器は…なんでしょうねえ
“?”です(言えない)。
でもまあ、読む側は必ずパワフルな武器と精神力が必須でしょう。心して読んでください。
『首無しの恐怖』(1935)
こちらは文字通り“ギロチン”が容赦なく襲い掛かってきます。
死体消失やアリバイなど全ての謎が高水準のお坊ちゃんタイプの短編です。
問題は、肝心要の物理トリックがイメージしにくいところ。解説が欲しいです。
『消えた竪琴』(1935)
古典的トリックと(当時の)最新トリックが見事に融合した一作。バンシー騒ぎや古代アイルランドの伝承など飾り物は多いですが、タラント氏によって論理的に解きほぐされると解決はいたってシンプル。
シャーロック・ホームズの某短編を彷彿とさせる演出も効果的です。
今作では武器ではなく“難攻不落の書庫”という盾が立ちはだかります。堅牢な盾ですが、外から壊そうとしても勝ち目はありません。勇気を出して踏み込み、柔軟に想像力を働かせながら挑んでください。
『三つ眼が通る』(1935)
ご飯食べに行ったら突然殺人事件、というなんともセンセーショナルな書き出しで始まる本作は、タラント氏の関係者が疑われる重厚なミステリ。長編ミステリの解決編だけを抜き取ったかのような、ドキドキさせる終盤が見ものです。
本作で対決しなければならないのは“手塚治虫”です。タイトルのとおり「みつめがとおる」なのでハッとしたのですが、そこまで深い関係は無く…どちらかというと『トリトン』とか『ブラックジャック』が適しているかもしれません(無視してください)
『最後の取引』(1935)
ここまであまりにふざけ過ぎたので、しっかりお伝えし損ねていますが、本シリーズ最大の美点は、タラント氏の温かいキャラクターや執事カトーとタラント氏の興味深い関係、ジェリーとタラント氏の名コンビなど、トリック創案よりは、キャラクター造形にあると思っています。
本作ではその“キャラクターの暴走”と戦わなければいけません。物語の性質上、何度か読み返さないとしっくりこない問題児ですが、不思議と余韻は悪くなく。
『消えたスター』(1944)
『釘と鎮魂歌』に対になるような誘拐を題材にした短編です。さらに、解決のために終始せかせかと慌ただしいタラント氏一行ですが、完全に安楽椅子探偵ものであることに驚かされます。
本作で挑むべきは“違和感”です。その正体はここで先に明かします。登場人物の一人である執事がカトーからブリヒドーというフィリピン人に変わっており、第二次世界大戦の真っ只中という情勢が、モロに直撃しています。
違和感を感じるでしょうが脳内補正はカトーで読みましょう。
『邪悪な発明家』(1946)
天才的な犯人による天才的な犯罪が印象に残る名作短編です。ピーク副警視自らがタラント氏の邸に事件の依頼に来る、というシャーロック・ホームズもニンマリの典型的な短編になっています。
本作では“犯人”が裸一貫で勝負を挑んでくるので、正々堂々素手で立ち向かいましょう。
本短編集では一番レベルの高い作品だと思います。
『危険なタリスマン』(1951)
本書ベストを迷った一作。『最後の取引』に連なる作品であることから、読む順番だけはしっかり守ってほしいと思います。
本編の対戦相手は…
ついに来ました“わたし”です。
『フィッシュストーリー』(1979)
最後を飾るにしては小粒な作品ですし、どうも手抜き感が…オチなんてほぼ落語ですしねえ。
本作だけ1979年に書かれた、ということですから、どちらかというとファン向けの、イベントっぽい一作なのかもしれません。
そしてここにきて、ようやく刺客は変な武器で攻撃を繰り返すのを止め、「ちょっと座って話そうよ」と言っている気がします。
座って語らいましょう。
そしてお互いの生傷を懐かしく労りながら、過去の戦いに思いを馳せましょう。
そして、当ブログの感想を一から読み返すのです。そして、『僕の猫舎』史上一番意味不明な記事だ、という思いを込めてそっとはてなスターを押すのです。
あとは、[完全版]という贈り物を与えてくれた創元社に感謝、訳者の中村氏にも感謝、読者の皆様に幸多からんことをアーメン。
では(なにこれ)