全員、嫌い【感想】フランシス・アイルズ『殺意』

発表年:1931年

作者:フランシス・アイルズ(アントニイ・バークリー)

シリーズ:ノンシリーズ

訳者:大久保康雄

 

 

さてさて、三大倒叙ミステリの一角を落としてから、はや一年余り、ついに第二の倒叙の王に挑むことと相成りました。

その名も『殺意』ですよ。安直なのかそうでないのかパッと見ではよくわかりませんが、読み始めるとものの一行目からすでに主人公エドマンド・ビクリー博士は妻を殺す決心を固めておられるようで。初めの数章では、彼が妻に明確な殺意を抱くに至った経緯が細かに描かれます。

 

これは褒めても良いのかよくわからないのですが、アントニイ・バークリーってほんとクソ人間を書くのが上手い。いや、クソ人間というのはかなり語弊がありますね。

第二の銃声』にしても『ピカデリーの殺人』にしても、劣等感を抱いている人間の心情を描く手腕が天才的です。

 

ただ、前2作と違って本作はれっきとした倒叙ミステリなので、いかんせんビクリー博士のネガティヴな精神の波動みたいなものを受け取る時間が長い…ちょっとしんどいです。というか、登場人物全員がムカムカするキャラクターなのが輪をかけてキツイ

 

また、ビクリー博士がいかに細かに犯罪計画を立案し、どこでミスったか、そういった倒叙ならではの推理ポイントも乏しいため、ミステリを読んでいて感じる手ごたえが皆無です。

例えば、ビクリー博士のミスはあからさまだし、殺人の手際だって上手くない。関係者みんなに疑われるような言動を繰り返し、落ち着きが無く、とにかく何かやましいことがあるに違いない人物に成り下がっています。

だから、彼が捕まろうと、まんまと逃げおおせようと、全然興味が沸きません。倒叙で大事なオチまで、読者の興味を維持する魅力が決定的に欠いていると思います。

 

 

これでリチャード・ハル『伯母殺人事件』と併せて、三大倒叙ミステリのうち2作を読み終えたわけですが、出来で言えば圧倒的に『伯母殺人事件』の方が上です。というか、改めて『伯母~』すげえって思いました。やっぱり、倒叙には、単純に犯人対探偵という構図だけでなく、物語が放つ不穏な空気や、座りの悪い違和感がちゃんと謎として機能していることが重要で、そこにさらにサプライズがある『伯母~』は傑作ミステリです。

自分でも何の感想記事かよくわからなくなってきました。そういえば、本書の中島河太郎氏の解説も、バークリーの他の作品の紹介ばっかりで、本書の具体的な解説はほんの僅かだったので、案外評価が難しいミステリなのかもしれません。そもそも何を持って「三大倒叙」なのかよくわからないところでもありますし…

 

 

だらだらとまとまりのない感想記事になってしまいましたが、どこのアウトレイジだよってくらい全登場人物を好きになれないのは、素直に凄いです。よくここまでたくさん創造できたな、と感心します。

一方で、再読したいと思わせる魅力はあまり無く、精神衛生上良くない作風ですので、よっぽど新訳化&充実した解説が無い限り、再読する日はやってこない気がしています。

 

では!