ユーモアミステリとは言い切れない毒気の強い一作【感想】『伯母殺人事件』リチャード・ハル

発表年:1935年

作者:リチャード・ハル

シリーズ:ノンシリーズ

 


本作は三大倒叙作品とも呼ばれ、知名度もかなり高い作品です。

前回読んだリチャード・ハルの作品『他言は無用』も、中々手の込んだ構成で書かれた秀逸な作品だっただけに期待が持てます。

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まずタイトルが良いですね。『“伯母”殺人事件』ということは“伯母”と呼ぶ人物が犯人であることは明白で、倒叙作品でしか成り立たないセンスのあるタイトルに惹きつけられます

そして冒頭から主人公エドワードの愚痴が冴え渡ってます。自身の住むウェールズの田舎町に対する鬱憤に始まり、住人、気候、地形など目に映る全てのものに対する謂れのない不満が手記という形で爆発しています。もちろんその最大の矛先は、親代わりのミルドレッド伯母さんです。

ミルドレッド伯母さんのエドワードに対する意地の悪い嫌がらせは、最初のうちは読者をエドワード目線に誘導するのに成功しているのではないでしょうか。

最初のうちは」というのが重要で、本作も『他言は無用』と同様に、章を追うにつれ、単一の視点ではなく色んな登場人物の気持ちになって読むことができるようになってきます。

それが主人公の手記を読んで、というのが特筆すべきところで、主人公エドワードの地の文章から、彼の性格や心情だけでなく、彼が他人からどう思われているのか、また計略深いミルドレッド伯母のエドワードへの気持ちみたいなものも読み取れてくるから驚かされます。

 

また手記という形式上、筆者が書きたくないことは別に書かなくてもいいわけで、本書の行間に隠された真実について探ってみるのも面白いです。

隠された、と言っても、別にミステリの観点でアンフェアな記述があるわけではありません。安心して想像を膨らましてください。

 

 

記事のタイトルでも少し仄めかしましたが、本作は特定の人間にとってはある意味劇薬のように思えます。ただのミステリと侮るなかれ!

 

 

私は主人公のエドワードのことを決して理解できないし、支持しようとも思いません。だとしたら、このざわざわとした重苦しい気持ちはなんでしょうか。

 

本作を読んでわかったことは、私のように理解も興味も同情も示さない人間でも、否応なしに事件に巻き込まれる可能性はある、ということ。

そしてそんな事件の起因分子は、特定の人間の中にだけあるのではなく、真逆の人間にも、もちろん私たち自身の中にも一定量確実に存在する。

そのことに気付いたからこそ感じる不安感なのではないかと思います。そして不安感だけでなく、どこか悲しさや哀れみの気持ちもくすぐられるのが不思議です。

 

今回はネタバレをなるべく避けるため≪謎探偵の推理過程≫も省こうと思ってます。

ネタバレに遭遇する前に是非読んでいただきたい一作です。

 

では!