発表年:1932年
作者:ロジャー・スカーレット
シリーズ:ノートン・ケイン警部4
本作は日本を代表する推理小説作家、江戸川乱歩自身が「私の一番好きな書き方」と言うほどの作品です。
さらに今ちょうど挑戦中の横溝正史『本陣殺人事件』にも本作の記述があることからも、いかに本作が日本の推理小説作家たちに大きな影響を及ぼしていたかがわかります。
幸運にもネタバレに遭遇せず本作に挑戦できました。
さきに感想だけを述べておくと、人間のドロドロとした部分に鋭く触れながらも、美しく、洗練されたミステリでした。
いかにも江戸川乱歩が好きそうな作品です。
そもそもミステリ作品における「謎」の本質とは、言葉遊びの類いでも、超自然的作用でも、全てが運任せのものでもないと思っています。
もちろんそういった「謎」とその解決を主体とする作品を否定するつもりはないのですが、「謎」の背後にしっかりと感じ取れる人間の存在というのが、ミステリに奥行をもたらす最大の要素になると思います。
はたして「謎」を構築した人物はいったいどんな人間なのか、どんな性格か、どういう思想の持ち主か、目的は何か、何が好きで何が嫌いか。そういった観点で「謎」の解決に迫ることができるミステリが個人的にも好みです。
自分の嗜好を書き連ねて文字数を稼ぐつもりはないのですが、本作はまさに、犯人の人となりを推理することを純粋に楽しめるミステリです。
粗あらすじ
L字型の館を二分するエンジェル家の二家族は、呪いとも言うべき先代の遺言によって支配されていた。遺言が効力を発揮する瞬間が近づいたその日、ついに悲劇が訪れる。トリック、動機、アリバイと複雑に絡み合った謎の数々にケイン警部が挑む。
本作ではトリックの性質上の問題もあってか、屋敷の見取り図がいたる所に挿入され、解決の手がかりになっています。しかも登場人物のいたとされる場所までメモされている親切振り!
個人的にこういう配慮はかなり有り難く、推理の助けとなるので嬉しい限りなのですが、一方でミステリ玄人の方々にとってはその丁寧さが仇となって真相が見え易くなっているきらいもあるのではないでしょうか。
また、一点だけ秘められた事実に気付けば(もしくは予想できれば)数珠つなぎに真実に辿りついてしまう可能性もあります。
全体の流れを追ってみると、例を見ない特異な状況設定に始まり、それに翻弄される登場人物たちの言動をつぶさに把握しながら、近代装置を絡めた不可能犯罪に直面することになります。
また、一つ一つの謎の提起に対し、しっかり解が用意されており、さらにその解にサプライズを伴うのだから恐れ入ります。
解決編で押し寄せるのは、どっさりとしたサプライズの大波ではなく、サプライズの波状攻撃です。そのため中弛みなど一切なく、全編通してすらすらと読み進めてしまいました。
前述の通り、着眼さえ誤らなければ真相に辿りつくのは難解ではないと思いますが、もし誤ってしまえば推理の迷宮に迷い込むのは必至です。
かなり高名な作品であるからして、是非ネタバレに遭遇する前に挑戦することをおススメします。
超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
いやぁまずこの状況設定に唖然とする。なんと悪意に満ちたことか。こんな家ではいつ殺人が起こってもしかたない。
予想通り先に死んだのはキャロラスだ。となると動機で言えば怪しいのはダライアスの息子たちデイヴィッドとピーターの二人、そしてデイヴィッドと不義の仲にあるカレン、もちろんダライアスも候補である。
ピーターはなかなか知性的なキャラクターとして描かれているがデイヴィッドは直情的で短気。彼の方はカレンとの共謀も疑われるが、将来的なこと(ゆくゆくはカレンがホイットニーと離婚してデイヴィッドと結婚する)を考えると、どちらが先に死んでもデイヴィッドには関係ないはずだから、そこまで強烈な動機にはならないと思う。
in → ピーター、デイヴィッド、カレン、ダライアス
足跡を残した謎の人物はもちろん外部の人間ではありえない。外部の犯行に見せかけた親族の誰か。コレは確定。むしろ難しいのは、それを実行できた人物が多すぎること。
しかも動機は明白。
明白?
はたして動機は金だろうか?
ダライアスが遺言書の追記(キャロラス家にも財産を分け与える)を申し出た後、遺言書が盗まれる事件が起きたが、これが指し示すのはダライアス家の誰かが財産を独占したかったため、というのが普通だ。
もうひとつ考えられるのは、キャロラス家に財産分与されるのを望まない人物がいた場合である。そうなると考えられるのは、デイヴィッドがカレンにお金を渡したくなかった場合が考えられる。しかもデイヴィッドの心の搖動を見ていると、ダライアス家に財産が相続された場合、カレンとの関係を解消する可能性が高い。
ここでもう一人対象者が浮かび上がる。
それはホイットニーである。
カレンとデイヴィッドの情事を知りながら、知らぬふりをしていたシーン(頁233)で動機について確信に至った。
デイヴィッドからカレンとの関係を解消させるためには、財産はダライアス家に全額相続させる必要があったのだ。だから、強行に遺言書を書き換えようとしたダライアスは殺されたのだ。
完全に辻褄が合う。
アリバイを確認してみても、全てホイットニーには犯行可能だった。というか不可能犯罪トリックについてはさっぱりだったが、ケイン警部の種明かしを聞いた後では、ホイットニー犯人説に疑問の余地はない。
容疑者
ホイットニー
対戦結果
対ロジャー・スカーレット1勝0敗
謎の大部分は解けたが、エレベーター内で起こった不可能犯罪トリックだけがしっくりこなかった気が…。いわゆる重力でナイフを落として、対象に刺すということなのだろうが、どうも確実性に欠けるような気がする。エレベーターと車いすのサイズがぴったりだという補足はあっても納得はできない。
とか書いてるうちに、距離と重ささえあればなんだかいけそうな気がしてきた。
やっぱり撤回
では!