1935年発表 ヘンリー・メリヴェール卿3 創元推理文庫発行
前作『白い僧院の殺人』
次作『一角獣の殺人』
粗あらすじ
「部屋が人間を殺せるものかね?」そんな摩訶不思議な問いかけを発端に、テアレン博士は、曰くつきの“ギロチンの部屋“を有する実業家の家を訪れる。舞い落ちるトランプ、切り殺された犬、縊られたオウムなどの悪意と怪奇の充満した家で、ついに惨劇が起きる。
死の部屋系トリックとでも言うんでしょうか。
一晩、ないしは数時間滞在するだけで死んでしまう部屋を舞台にしたミステリ、というとやっぱりイーデン・フィルポッツの『灰色の部屋』が思い出されます。
このタイプのトリックって諸刃の剣だよな、という感想を除いて、当記事では多く触れないでおきます。
ただ、部屋にいるだけで死ぬという怪奇の骨頂とも思える題材を手に入れて、それをカーが使いこなせないわけがありません。
トランプという相性の良い小道具や伝説の処刑人などの挿話が巧みに盛り込まれている点もさすがです。特に中世の雰囲気はかなりリアルに再現されていて、カーの歴史ミステリに対する熱情も感じられます。
坂本眞一作の漫画『イノサン』を読むと、当時の雰囲気をもっと近く感じることができるのでオススメです。
あと魅力的な謎に胡坐をかくことなく、次々と畳み掛けるように謎が提起され、付随した事件が起こるなど、読者を飽きさせることなく、また怪奇の雰囲気をしっかりと維持したまま物語が進んでいきます。
『盲目の理髪師』なんかの究極のドタバタミステリを書いたかと思ったら、こんなにも上手く収まったミステリも書けるんですからねえ。毎回驚かされます。
あと用いられるトリックの多さも圧巻です。殺害方法に始まり、密室、死者の声、アリバイ、どれもが一つ一つ注目すると良質で鮮やか。
作品のモチーフにもなっているギロチン以上にトリックの切れ味、そしてH・M卿の推理が冴え渡っています。
ミステリに挑むいちチャレンジャーとして本書を読むと、紛れもなく、明確な悪意を持って事件を操る狡知な犯人の影がちらほら見えてきます。ただ、決して天才的な犯人という印象ではなく、後手に回ってしまい焦っている犯人像です。
それは、まるで一段一段ギロチン台へと続く階段を昇る犯人の歩みにも思え、作品の雰囲気にもマッチしているのも見逃せません。
カーター・ディクスン名義の作品を6作ほど読んできましたが、堅実な本格ミステリという点では一番オススメかもしれません。目立った齟齬もなく、平均以上の出来だと思います。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
やっぱり謎の投げかけが秀逸。
否が応でも『灰色の部屋』の悪夢を思い出させる戦慄の発端。カーがどう料理してくるのか楽しみ。
トランプの雨が降る屋敷のホールからは、どこか煌びやかな雰囲気を感じるが、完全に勘違い。
どんどんギロチンの部屋から漏れる異様な雰囲気が充満してくるのを感じる。
部屋に入るのがランダム、となると、そこにもトリックがあるのか?
そして予想通り部屋に入ったベンダーが死んだ。うーんこの時点で動機は全く思いつかない。どうやって彼が部屋に入ることになったのかも不明。しかも死んでいた時間に部屋から声がする?
とんでもない不可能犯罪。
この時点で某作をはるかに超える面白さ。単純なミステリの装飾でも、それらの組み合わせの妙技がさく裂している。
容疑者候補は部屋に入っていない人物、ということで多数いる。その中でも最有力はやはり屋敷の主マントリング卿。
彼さえ部屋に入らなければ誰が死んでも良かった、と考えると立案者が一番怪しい。
クラーレによる中毒死ということが判明しても、その混入方法も不明なのでほとんど前進しない。
手をこまねいている内に、第二の殺人が起きた。
H・M卿によるとガイは犯人を知ってしまったがゆえに死んだ。そしてガイが、ギロチンの部屋の外から声を発していた張本人らしい。
これで部屋から聞こえた声の謎は解けた。だがなぜそんなことを?死んだ人間を生きていると思わせることにどんな利点があるのだろう。
ガイがベンダー殺害方法を覗く→部屋の仕掛けに不安を感じた真犯人が部屋を訪れる→待ち伏せしていたガイ→返り討ち、というシナリオだろうか。
だとするとガイの殺害は偶発的なもので、真の目的がベンダーだった、ということになる。
やっぱり動機が不明。
徐々に事件を飾る手がかりらしきものが姿を現すが、信頼できそうなのは家具に隠されたダイヤモンドくらい。
イザベルの証言は眉唾物で、一瞬犯人かと疑いをかけたくなるほど。
全ての事象がマントリング卿を指しているように見えるが、どうだろう。たぶんミスディレクションなんだろうが、それ以外の容疑者が見つからない。おてあげ。
推理予想
イザベルとだれか(!)
結果
惨敗
第二の殺人の動機もさることながら、殺害方法におけるトリックが絶品です。もうこれだけで、読めて良かったと思えること間違いなし。
あと、無くなったと思われた被害者のノートや死者の声なんかは、小粒ですが物語を支えるのには十分ですし、毒の入手方法もなんとも大胆で洒落た手法で隠されています。
個人的にグッと来たのは序盤のトランプのトリックでしょうか。トリック自体には特筆すべきこともなく、学芸会の手品レベルもしくはいかさま紛いのトリックですが、冒頭のトランプの雨と組み合わせると見方は変わります。
部屋に入りたかった人物=ベンダーが判明すれば、彼(もしくは彼を操作する人物)の真の目的を推測でき、登場人物一覧にもあるようにベンダーの友人、アーノルド医師に疑いを向けることも可能だったかもしれません。
ミステリファンとして勉強になる一作です。(身に付くかは不明)
すこーし偏った見方をすると、本作、ほんの少しばかりクリスティの匂いがしませんか?
カーは、ゴテゴテの装飾品(怪奇や心霊)やギュウギュウ詰めのエピソード(ファース要素やドタバタ劇)なんかで埋め尽くされていると思いきや、サラリと大胆に手がかりが隠されている、みたいな手がかりの緩急で人を騙す手法が上手だと思っています。
ただ本作では、そこに人間ドラマ(は言い過ぎかもしれませんが)、犯人の思惑、みたいなものにスポットライトが当てられ、ミステリの核になっています。つまりはホワイダニットの重み付けも大きいミステリだと思うわけです。
犯人逮捕のまさにその瞬間!ではなく、次章のH・M卿の解説で驚かされる、という結果からも、やはりトリック偏重ではなく、人間そのものに厚みを持たせた、カーにしてはやや珍しいミステリなのかもしれません。
※まだ読了が20作弱なので信憑性はございません。
では!