発表年:1914~1927年
作者:アーネスト・ブラマ
シリーズ:マックス・カラドス
訳者:吉田誠一
初アーネスト・ブラマということで、先ずはあっさり作者紹介。
彼のことを紹介するのに一番適している単語は「秘密主義」です。どんな集まりにも顔を出さず、要件はほとんど電話で済ませ、出版社の人間とも極力合わない。おかげで彼の生年ですら今なお不確定という徹底ぶりでした。
「読者に伝えたいことはすべて私の著書の中に尽されている」という彼の言葉どおり、本書を読めばアーネスト・ブラマについて少しはわかるのでしょうか。
ストランド・マガジンに掲載されたシャーロック・ホームズの影響を受け、1890~1920年代にかけて続々と誕生した個性豊かな超人探偵たち。
このホームズ時代最後の探偵と呼ばれるのが、アーネスト・ブラマの創造した盲人探偵マックス・カラドスです。
後天的な事故によって失明したけど、その他の感覚が研ぎ澄まされて、特異な能力となって発現する、と言う設定が、いかにも厨二っぽくて興味がそそられます。
しかし、贔屓目に見ても「物珍しさ」が際立つだけで、肝心のミステリの中身に関しては、水準に届くかどうか、という微妙なレベル。
本書はマックス・カラドスの登場する全4短編集からある程度万遍なく収録されているので、残念ながらこの程度か、という印象をぬぐえません。もっと想像力が飛躍しているかと期待しすぎた所為もあるのでしょう。
1ヵ月以上も前に読了したので、再度読み返しながら、美点を探してみたいと思います。
『ディオニュシオスの銀貨』(1914)
マックス・カラドスの初登場作品です。
ワトスン的ポジションのカーライルと執事のパーキンソンなどのレギュラーキャラクターの紹介になっている短編ですが、いかんせん事件の題材が地味。
作者アーネスト・ブラマ自身が古銭学の専門家というだけあって、用いられる小道具には拘りが見られるものの、本作の骨子はただ、登場する銀貨が本物なのかどうかという一点のみ。
事件の背景は掘り下げが甘く、犯人の情報も後出し気味であまり読後感も良くありません。
あくまでも本短編集の前置き(プロローグ)という位置づけの短編です。
『ストレイウェスト卿夫人の奸知』(1914)
タイトルと富豪夫妻が紛失した真珠のネックレスとくれば、だいたい話の筋は予想がつきます。
ここにきてようやくカラドスの肩が温まってきたのか、盲目ゆえの冴えた捜査が登場し、なかなかよくできたミステリにはなっているのですが…基本的にカラドスものは、読者に謎を解かせようとする気は全くないらしく、決定的な手がかりはほとんど解決編でさらりと紹介されるのみ。カラドスのキレた推理を単純に楽しむしかないのかもしれません。
『マッシンガム荘の幽霊』(1923)
これまた小粒のミステリです。
勝手にガスが付いたり、水が出たりする不思議な部屋の調査を依頼されたカラドスですが、うーんなんでしょうかこのコレジャナイ感。
文体や登場人物の会話が格式高いだけに、事件がなんとも幼稚で小粒なのが残念です。カラドスが盲目である必要性も薄いですし、事件のオチ(サプライズ)もあるにはあるんですが、似たような幽霊屋敷を扱った短編の中でもかなり下位の作品だと思います。
『毒キノコ』(1923)
ようやく殺人が登場です。
病気静養中の青年が大好物のキノコを食べて中毒死、という一見滑稽な事件ですが、地元の青物商も家族もどこから毒キノコが混入したかはわからずじまい。登場人物に金銭絡みの事実が浮かび上がり、謎は深まる…かと思いきや深まらない。奥行が出るかと思えば出ない。
素直に毒キノコを中心にミステリしていればいいものを、毒そのものにフォーカスしてしまうので、せっかくの謎が薄まってしまいます。
そして解決も然り…薄いです。
『へドラム高地の秘密』(1927)
ミステリという枠組みからは少し外れますが、当時の情勢を上手く反映させたスパイものとして、なかなかよくできた一作だと思います。
助手で執事のパーキンソンの活躍も見られ、演出は間違いなくイギリス版「座頭市」こういうのが読みたかったんですよ、こういうのが。
『フラットの惨劇』(1927)
ここにきてちょっと、カラドス譚について考え直さないといけない気がしてきました。
本作の冒頭、カラドスとカーライルの会話の中で、2人の手掛ける事件は「公金横領とか離婚とかいったもの」が中心になっていることが明かされます。つまり彼らの取り組む事件は、人々の日常に密接に絡み合った謎だということです。ハデハデしい殺人事件やセンセーショナルな事件とは縁遠い探偵ということでしょうか。
しかし本作は、その中でも一段とセンセーショナルでロマンチックな事件という触れ込み通り、なかなか良くできた殺人事件になっています。
真相については想定の範囲内ですが、ちゃんと真相に辿り着くための手がかりが目に見える形で提示されている点は高評価。情熱的なオチも印象に残る短編です。
『靴と銀器』(1927)
そんなに良質な作品では決して無いのですが、本短編集の中でどれが好き?と聞かれたら間違いなく本作です。
童話のようなタイトルと、こんなのアリ?と頭を抱えたくなる夢想的で唯一無二のオチが脳裏にこびり付く異色作です。
ネタバレ予防の為これくらいにしておきます。
『カルヴァー・ストリートの犯罪』(1927)
ユーモアと怪奇がうまくミックスされた一作です。
燃える倉庫、生還した狂人、狂人の書く意味不明のメモ、それらが導くたったひとつの真実とは?
多少最後は強引な気がしないでもありませんが、想像を膨らませるとかなり怖いです。
まとめ
後半にいくにつれ右肩上がりに調子を上げる短編集ですが、始めに抱いた作品への印象(物珍しさ)を払しょくするには少し足りませんでした。
マックス・カラドスの登場する短編は全部で25あり、そのうちまだ1/3しか読んでないわけで断定的な評価はできません。ただ、これから先続々と邦訳される、なんてこともまあ無さそうなので、再読が遠い先になるシリーズになりそうです。
そういえば、マックス・カラドスが活躍する唯一の短編『The Bravo of London』(1934)は、偽造貨幣をばらまき金融破壊を行おうとする犯罪者とカラドスの知的闘争がテーマの作品らしいです。
短編集が出尽くし最後に長編ってけっこう珍しくないですか?カラドスが登場する最後の作品ですし、アーネスト・ブラマの嗜好(古銭学の専門家)がさく裂したであろう長編だけに、かなり読んでみたい作品です。
せめて短編のもう半分くらい邦訳化されないかなあ…
では!