付録:倒叙寸評【感想】F.W.クロフツ『クロイドン発12時30分』

発表年:1934年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部11

訳者:加賀山卓朗

 

本書の読了を持って三大倒叙ミステリをすべて読破したわけですが、どうもノってこない一作。

倒叙」とはいえ、まず最初に殺人が描かれるってのは『殺意』や『叔母殺人事件』と差別化できる特色の一つと数えていいと思います。

冒頭の飛行機の記述も古典ミステリでは比較的珍しい部類なので、ミステリファンとしてしっかり記憶に残しておきたい部分です。

が、しかし。

犯人であるチャールズが哀れで愚かな完全犯罪を目論む過程や、そこに至るまでの心情が赤裸々につづられている一方で、その中身はお粗末そのもの。フレンチ警部が過去にばっさばっさと快刀乱麻を断つ如く解決してきた難事件に比べて明らかに小粒であり、犯人の知能レベルを比べても、過去の犯人たちには遠く及ばず。

まるでフレンチ警部が苦労していないのには苦笑いしかありません。

 

自分ではうまくやったつもりが、凡ミスをして、目撃者もいて、偽装工作もすべて裏目に出て…と運も実力も根性も無い、憐れむべき犯罪者チャールズの奮闘、という意味で「倒叙」らしいといえばらしいのですが、それ以上に惹きつけられる記述はほとんどありませんでした。しかし、読む価値がないわけでは、もちろんありません。

解決編は、チャールズのミスを読者が答え合わせできる形になっており十分楽しめますし、終盤には探偵役のフレンチ警部へサプライズがしっかり用意されています

ミステリファンのみならず、フレンチ警部ファンとして記念すべき一作なのは間違いありません。

 

 

(口パクパク)あれ…(パクパク)文字数が…(パクパク)極端に…(パクパク)少ないよ…

倒叙寸評

たいした内容にはならない予定ですが、せっかく「三大倒叙ミステリ」を読破したことですから、三作まとめての評価および倒叙ミステリというジャンルについて何か書いておきたいと思います。

 

ひとくちに「倒叙」と言っても、そのスタイルには実に多彩なバリエーションがあります。

そして、「三大倒叙ミステリ」もそれぞれ違った手法で、違った到達点を目指して書かれたミステリです。

個々のスタイルとネタを明かしてしまうのはフェアではありませんので省略しますが、これから倒叙ミステリを選んで読もう、と思っている読者の方には、まずこの3つの作品を読むことを強くお勧めします。

実のところ、今まで読んだ倒叙ものの長編はたった4作ほどなので、偉そうなことはあまり言えないのですが…

三作の中では、リチャード・ハル『伯母殺人事件』の圧勝です。犯人がいて被害者がいて探偵がいて、というオキマリの型にはまらない柔軟な発想の勝利でしょう。というかそもそも、作者のリチャード・ハル自身が『殺意』を読んで作家を志したようなので、「三大」の同列に加えて良いか悩ましいトコロです。

 

倒叙作品全体に目を向けて見ると、倒叙とは自分がどんなミステリが好きなのかを炙り出す、または篩い分けるジャンルなのかもしれません。

例えば、登場人物の細やかな心理描写や人間ドラマに食指が動くのか、それとも憎き犯罪者を追い詰める警察(探偵)の手腕を楽しみたいのか、それとも、そもそも倒叙に興味がないのか。

 

倒叙ミステリの面白いところは、この倒叙に興味がない読者でも楽しめる余白がある、という部分。「ああ自分はやっぱ倒叙を楽しめないな」という読者もあきらめる必要はありません。

もちろん、ちゃんと作品を選ぶ必要がありますが、倒叙という舞台で開幕しながらも、いつの間にやら倒叙を小道具に用いトリッキーなミステリに仕上がっている作品(倒叙の皮を被った化け物)が中にはあります。

 

また、読み物としての「倒叙」には、刑事コロンボや古畑任三郎のような映像で見る倒叙と違い、叙述による仕掛けがあるのが前提ですし、完全に倒叙ではなく「半倒叙」と呼ばれる細分化されたジャンルもあって楽しみ方は様々。

 

正当な「本格ミステリ」とは違った魅力を味わいたい方は、ぜひ「三大倒叙ミステリ」から始めてみるのがいいでしょう。

では!