冒険小説にした方が良かったのでは【感想】S=A・ステーマン『六死人』

発表年:1931年

作者:S=A・ステーマン

シリーズ:ヴェンス警部1

訳者:三輪秀彦

 

フランス冒険小説大賞受賞作、という触れ込みで、個人的にも読んでみたかった海外ミステリの一つでした。

「冒険小説」という名称ですが、実際には犯罪小説・サスペンス小説という意味合いが強いようで、たしかに本作でも冒険が重要なキーワードにはなっているものの、ちゃんとミステリの型にははまっています。

 

粗あらすじ

各々が巨額の富を得るために、五年後の再会を誓って冒険へと旅立った6人の青年たち。五年後、そのうちの一人で、目的を達し意気揚々と仲間を待つサンテールの元に突然の凶報が届いた。続々と彼らの元に届く不気味な<親展>の送り主とはいったい誰なのか、はたして6人は無事再会できるのか…

 

 

本作はネタバレ無しの感想が非常に難しい作品です。創元推理文庫版のあらすじやあとがきでも壮大にネタバレされていますので、お読みの際はお気を付け下さい。

 

 

まずは初ステーマンということで、作者のプロフィール紹介から行きましょう。

スタニスラス・アンドレ・ステーマンはベルギーのリエージュ(ワッフル発祥の地)生まれ。なんと14歳から短編を書き始め、16歳にはパリの雑誌に作品が掲載されるなど才能あふれる青年でした。その後も新聞記者として働く傍ら小説をいくつか発表し、ついに1928年ステーマン二十歳の時、同僚のサンテールと共同で長編ミステリを書き上げます。

 

冒頭で述べたとおり、『六死人』がフランス冒険小説大賞を受賞したり、フランスに本格ミステリを根づかせた立役者としての評価は高いのですが、作品に関しては辛辣な評を目にすることもしばしば

本作も着想は立派ですが、物語の造り込みや展開の豊富さが脆弱で、登場人物もイマイチだった気がします。

むしろ発端が魅力的なだけに、どんどん尻すぼみになっていくストーリーや下手くそなロマンス描写がその魅力を削っています。

 

ただ、トリックに関しては鮮烈な印象を残すものがあります。特に不可能犯罪に用いられたトリックと、ミスディレクションが良くできているので、それらを支える物語と特色ある登場人物がいないのがただただ残念と言うほかありません。

とはいえ、「犯行予告」とも受け取れる<親展>や、スリリングな犯人との対峙など見どころが多いのも否定できず…

 

真相に辿り着くための情報が後出しなのがやや気になるところですが、それを差し置いても読む価値は十分あると思いますし、なにより文庫本で200頁ちょっとというボリュームの少なさは魅力です。

ずっしり、どっしりというわけにはいきませんが、軽く読める海外ミステリとしてはそれなりに良い作品だと思います。

 

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

とっかかりはとても良い。財産分有を誓った六人の冒険者というだけでゾワゾワしてくる。

ただ登場人物が増えてきても、彼らの特徴が全くない。

あっても成功者か敗北者か、男か女か、一般人か警察関係者かくらいの違いしかなく、解り易いと言うより手抜き感が凄い。

サンテールペルロンジュールジェルニコも没個性的で魅力に乏しく、探偵のヴェンス警部に至っては経歴の紹介や心情描写がほとんどなく「お前はどこの誰なんだ」状態が続くので腹が立つ。

これが作者のただのリサーチ不足ならいいのだが、狙ってやっているとなると、この先続編を読むのがためらわれる。

ミステリではなくトリック小説だと揶揄されるのもここらへんが理由だろうか。

 

ただし、赤髭を生やしたサングラスの男、とか航海中の事故など、想像を掻き立てられる雰囲気作りは巧い。

ということで死んだ(とされている)ナモットは忘れないでおこう。

そしてナモットと同船していたジェルニコも第一候補…だと思っていたが、赤髭の男に撃たれたので違うか。

 

エレベーターのトリックはかなりよくできていると思う。まあ今と仕様が違うので、不変の名トリックは言い難いが…

 

財宝(?)の隠し場所なのだろうか、暗号が登場するがそちらは全く触れられない。案外楽しみにしていたのに。

 

物語は淡々と進み、生き残っているのは、サンテール、ペルロンジュール、そしてジェルニコの妻で財産の相続人アスンシオン。そして、死亡が定かでないナモット。

まあ動機・機会が十分なのはナモットだけなので消去法で一択か。

 

 

予想

アンリ・ナモット

結果

マルセル・ジェルニコ

 

う~ん。やっぱりそうか(負け惜しみ)

顔の無い死体ってのは気にはなっていたんですが、名も無き共犯者はちょっとセコくないですかね。

ジェルニコの死体を偽装するなら、ナモットの死体くらいちゃんと発見させてよ、というのはほんと負け犬の遠吠えです。

 

ただ、ようく冷静になって考えてみると、入れ墨の伏線はちゃんと張ってあるし、ナモットが犯人なら、自分の死を装う前にジェルニコを殺すはずだし、一度アスンシオンに財産が相続されたら後から丸ごとジェルニコのものにすることで動機に関しても完璧で、そもそもナモットを殺す機会があるのはジェルニコただ一人、さらにジェルニコの死体が顔無し、ってなったらジェルニコ一択……完全敗北です。

 

 

 

 

ネタバレ終わり

何度も言いますが、本作を紹介するときに用いられるあらすじや、本書のあとがきは兇悪です。(当記事ではだいぶ気を使ったつもりです

本書のネタばらしがあるのはもちろん、他作品のネタバレというリスクもあることから、なるべく予備知識を入れずに読むことを強くお勧めします。

 

あとは蛇足ですが、本書を読んで、若くして成功してもあまり良いことないな、と思いました。

若くして得た名声とそれに呼応する周囲の期待・プレッシャーは、それを本人が乗り越えられるかどうかかなり博奕なところがあると思うのです。昂ぶる自分を律する精神力は、経験を積み重ねて成長していくもの。

ステーマンは本作を書き上げることで、当時巻き起こったミステリという上昇気流に上手に乗っかったのかもしれませんが、ちゃんとした冒険小説としても読んでみたかった気もします。

6人の危険な冒険やそれぞれのロマンス。挫折と成功なんかをまとめれば、それはそれはロマンあふれる冒険小説になりそうです。

 

以上、蛇足も蛇足ですが、他の作品にも興味が沸く一作でした。

では!