『シグニット号の死』F.W.クロフツ【感想】フレンチ警部に旅をさせてやってくれ

THE END OF ANDREW HARRISON

1938年発表 フレンチ警部17 中山善之訳 創元推理文庫発行

 

前作『フレンチ警部と漂う死体

次作『フレンチ警部と毒蛇の謎』

 

 

 フレンチ警部シリーズも第17作になりました。『ヴォスパー号の喪失(遭難)』 『船から消えた男』『フレンチ警部と漂う死体』に続く船四部作の四作目です。

 

 不遇の青年マーカムが職を見つけるまでの冒頭のドラマだけで、ああクロフツに帰ってきたと思わせてくれます。

 クロフツって、こうやって、事件の舞台となる家族や集団に対する第三者を用意するのがめちゃくちゃ巧いですよね。フレンチ警部が登場するまでの狂言廻しにも、ミステリとしてのワトスン役にも、素人探偵にもなる人物を自然に配役する手腕には確かなものがあります。

 

 富豪の証券業者とその近辺の紹介が済むと、まず第一の事件が起こります。これが中々意味深で面白いんですよ。

 一つの事象に対して、恩恵を受ける人と不利益を被る人がちゃんと存在していて、フーダニットに関する伏線がちゃんとちりばめられているのがわかります。

 

 メインの事件が起きると、あとはいつも通り/型どおりの捜査が始まるのですが、ここでもある人物の死によって影響が二極分化する構図が上手く作用しています。ただ、フレンチ警部の登場と同時に、事件の概略はすぐ明らかになってしまいます。

 エンタメとしてのミステリで言えば、面白くはないんですが、科学と物理を組み合わせたトリックは現代でも通用し「そうな」リアリティあるトリック(というか中1の理科の実験)で親近感がわきます。

 

 中盤以降は、もう何も言うことが無いくらいクロフツ(地道な捜査が続くの意)です。

 登場人物は全員が黒っぽくて、でも調べてみると白。でもやっぱり調べ直すと黒、みたいな状況を行ったり来たり。

 典型的な第一容疑者が自ら犯人顔でウロチョロするものだから、フレンチ警部もマジになっちゃって、必死に追い込みをかける、このお約束とも言えるドタバタ劇を楽しめるかどうかで、真のクロフツファンかどうかが問われます。 

 

 ただ、さすがのクロフツファンでも解決編は沈黙。

 退屈(アンニュイ)派筆頭のクロフツらしい丸投げ解決はこれはこれで良い味というか、もうただただ飲み込むしかない状況に安心すら覚えます。

 船が登場するので、もう少しフレンチ警部の旅行が多ければ、もっと作品の魅力は増していたかもしれません。

 

 今回は推理過程はお休み。クロフツものって、淡々とフレンチ警部の捜査に付き合うことが多くて、論理的な推理が進まない(手がかりが突然見つかる)作品も多いので、そもそもこの企画とは合わないんですよね。

 

 最後に、本書の巻末には、作家であり評論家であり翻訳家でもある紀田順一郎氏の解説が掲載されているのですが、こちらの中身がかなり充実しているので、クロフツ作品への理解を少しでも深めたい方にもオススメです。(ただし、『死の鉄路』『サウサンプトンの殺人』他いくつかの作品でネタバレ描写があります

 

では!