THE MAN WHO COULD NOT SHUDDER
1940年発表 ギデオン・フェル博士12 村崎敏郎訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ―525
前作『テニスコートの殺人』
次作『連続殺人事件』
ネタバレなし感想
飛びつく椅子、揺れるシャンデリア、曰く付きの幽霊屋敷を買い取った物好きが幽霊パーティーを開こうとしていた。招待を受けたのは、様々な社会的身分と属性を持つ人々の代表者たち。実際的な考えを持つ婦人、想像力に満ちた文筆家、頭の堅い実業家と神経質な妻、科学的な頭を持つ建築家、探偵能力に秀でた弁護士などが集まった。
そして、屋敷につくやいやな、突然ひとりでに拳銃が火を噴く。目撃者は多数いるのにもかかわらず、その原理は不明で、不吉な幽霊屋敷の伝説が頭をよぎる。はたして、フェル博士は、この怪奇現象の真相を見抜くことができるのか。
うーん。久々にカーの本格的な怪奇ミステリを堪能できるかと思いきや、どうにもしっくりこない一作でした。そもそも、たぶんですけど、カー自身がそんなに怪奇ミステリとして造り込んでいない傾向はあると思います。怖がらせる気が無いというか、あまりに淡泊な怪奇描写が多くて、どこまで本気なのか/本当に怪奇だと思わせたいのか自信がありません。
怪奇で言うと、少し前に読んだ『毒のたわむれ』や『読者よ欺かるるなかれ』がかなり振り切った内容だったので、少しプロットの点で見劣りする部分もあるように思えます。
登場人物同士の人間ドラマに加えられた一捻りはミステリにちゃんと組み込まれていますが、そもそも、被害者を含めた登場人物に深みがないので、その点でも読み続けるモチベーションが上がらないのも問題です。
屋台骨にもなっているトリックについては、優劣で判断できるものではないですが、敢えて厳しく言えば、「最初からこういうトリックでした」と知っていたら、別に読まなかったレベルのトリックと言って良いと思います。
それでもなお、本書が異様な印象を残したままなのは、やはり解決編で起こるハプニングというか、ありきたりな言い方で言えば、どんでん返しのおかげです。
ひっくり返るというほどではありませんが、真理によって炙り出される一種の不条理/不合理と、それにともなうフェル博士のこれまでの言動の正当性がしっかりと読者に明かされるのは、たしかにカーの器用なところです。
トリックやプロット、物語の雰囲気という大枠ではなく、カーの天才的な展開力の高さを堪能できる点では、良くできたミステリと言えます。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本書を読んでからお読みください。
怪奇描写について、何度読み返してもピンとこないのが正直なところ。
勝手に動き出すシャンデリアも、足首を掴む手も、ましてやひとりでに飛び上がって火を噴く拳銃なぞわかるはずない。
登場人物同士のドロドロ(特にギネスと浮気相手X)がいつまでたっても釈然としないのも停滞感がある部分。
エンダービイの証言があやふやで曖昧なのも推理が進展しない要因。誰か一人でいいからまともな証言をしてくれ。
ローガン殺害の動機から考えると、シンプルに考えれば浮気相手Xが犯人かと思われるが、同じ部屋に愛人がいて、容疑が彼女にかかるのを承知で殺人を犯すだろうか?
ローガンを憎んでいたのではなく、ギネスを死刑にするためか?とも考えたが、主要な女性がテスしかおらず、彼女は語り手ボブの未来の妻だから犯人ではない。
もう一度最初から読み返してみて感じたのは、ボブの友人で建築士のアンディがギネスについて語るときのぎこちなさ。ギネスの愛人がアンディの可能性は高い。が、その個所を何度読み返してみても、アンディの鉄壁のアリバイは揺るぐことが無く、ボブの目の前でローガンは死んでいる。
うーん、トリックさえ解ければなんとかなるのに……。もしかして、とんでもトリックじゃないだろうな。
いかすかねえのはクラーク一択なんだがなあ。降参。
推理
アンディ・ハンター
真相
ボブ・モリスン(実行犯)
マーチン・クラーク(計画)
こんなんわかるか!笑
トリックについては、何も言うまい。
カー本人に「あれはね…これはね…」って解説されても、「ふん、知らないんだから!」とそっぽを向ける自信はある。
でも、ギネスとアンディが愛人関係にあったという手掛かり配置は見事。登場人物同士のさりげない会話の中や、細かい動きの中に隠された二人だけの繋がりはさすがと言うほかない。まあ、どこをしっかりやっとんねん、とツッコミたくもなるのだが。
あとは、クラークがローガンを殺そうとする動機が全然わからない。何か仲も悪そうだし、自尊心を刺激されたのは間違いはないが、それでもよくわからないまま終わってしまった。どこか読み飛ばしてしまったのかもしれない。もしわかる方がいらっしゃったらご教示いただけると嬉しい。
作品には直接関係ないのですが、ギデオン・フェル博士にはできれば最初から出張っていて欲しいと感じました。これだけ存在感の塊みたいな人物だから、物語の途中で登場するのがどうももったいなく感じてしまいます。お得意の仄めかしとか、煙に巻く手腕を最初っから堪能したいです。
次の『連続殺人事件』は相当に傑作だと聞きます。フェル博士がいつ登場するのかも楽しみたいと思います。
では!