『神は銃弾』ボストン・テラン【感想】神とかどうでもいい、紙は重厚

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GOD IS A BULLET

1999年発表 田口俊樹 文春文庫発行

 

 英国推理作家協会(CWA)の新人賞を受賞し、スリラー・ノワール・純文学の巨匠たちとも比較されることの多いボストン・テランのデビュー作だ。

 500頁を超える雄編だが、物語はいたってシンプル。カルト集団に妻を惨殺され、娘も誘拐された黒人警官ボブが、カルト集団の元メンバーで麻薬中毒患者である女性ケイスの協力を得ながら、娘を救うためカルト集団の教組サイラスを追ってアメリカ大陸を疾駆する。

 

 訳者あとがきや解説では「すばらしい」「パワフル」「まぎれもない傑作」「いつの時代でも愛される作品」「将来大作家になるだろう新人の衝撃のデビュー作」と大絶賛の嵐だから、真っ向から否定するのは腰が引けるが、いくら素晴らしい作品だからと言って、必ずしも多くの人に手に取ってほしい作品、とはもちろんならない。本書には、事前に太字で注意書きが必要なくらいの猛毒が忍ばされているからだ。

 それはやはり、陰惨でグロテスクな世界の描写である。冷酷という言葉ではとてもじゃないが表現できない吐き気を催す邪悪、そのどす黒い炎に生身を焼かれる人間の姿を、修正なしで延々と見せつけられる苦痛。これに耐えきるだけの胆力というか、根性と気合が試される作品だった。

 この手の作品のことをジャンルで言うとノワールだとか言うのかもしれないが、もしノワール小説が全てこんな感じだったら、この先、私はたぶんノワール小説は読まない。そう思わされるほど、過酷で辛い旅路だった。

 

 しかし、それでもなお、本作を駄作だとは絶対に言い切れないのは、眼を覆いたくなる描写に絶望しながらも、そんな暗黒世界で必死に/懸命に生きようともがく、ヒーローとヒロインがいるからに他ならない。

 特にヒロインのケイスの存在感、言葉の力強さが凄まじい。彼女の一言一言は、物語の世界だけでなく、本と私たちの世界の間にある第四の壁を突き抜けてくるパワーがある。読者の頭の中にあるモヤモヤや疑念を文字通り吹き飛ばし、跡形もなく消し飛ばす破壊力がある。

 だから、読みたい、けどもうこれ以上読みたくないという矛盾した感情を抱きながらの読書だった、というのが本音だ。

 

 残虐な描写を除いても、単純な読みやすさの点でハードルは低くない。頁の至る所に字体を変えて忍ばされる、挿絵のような/詩のような描写の数々や裏の世界を闊歩するために必要な無数のスラング、一般人には想像もつかないドラッグの悪夢など、訳者あとがきに書かれている訳者の苦労は相当だったに違いない。

 

 ミステリとしての側面を捉えると、陳腐なフレーズだが、真の黒幕というか、サプライズもあるにはある。しかし、それはあくまでも添え物で、源流には愛する娘を救うため奔走する父親と、ただひたすらに「正しさ」を追い求める主人公がいるのみ。

 本書のタイトルは『神は銃弾』であり、登場人物の一人も銃弾こそすべての理を定める神だと言う。だがしかし騙されてはいけない。神がどうとかは正直本作では全くどうでもよい話で、生きねばならなかった人間がただひたすらに生きた記録がここにある。少なくとも無情で筆舌し難い死だけではない。ケイスとボブの交わす人間らしい温かみと、生が描かれていることが唯一の救いであり読む意味なのだと思う。

では!