『怪盗ニック全仕事2』エドワード・D・ホック【感想】ダークヒーローものとしても楽しめる

前作『怪盗ニック全仕事1

次作『怪盗ニック全仕事3』

 

「価値のない、もしくは誰も盗もうとは思わないもの」だけを盗むプロの泥棒、ニック・ヴェルヴェットが活躍する全仕事を、作者ホックの発表順に編み直した全集の第二弾。

本作ではちょっと変わり種が多いのと、ニックのダークヒーローとしての側面が際立った作品も多いので、前作とは違った楽しみ/ワクワクがあります。

 

 

各話感想

『マフィアの虎猫を盗め』The Theft of the Mafia Cat(1972)

難易度:A 盗みの美技:A 謎解き:A

 大物マフィアのボスの愛猫を盗むという難易度の高さと盗みの鮮やかさ、そして大逆転のストーリをユーモアをちりばめながらバランスよく描いた秀作。やはり稀有な犯罪者の周りには同じくクセのある悪者が集まってくるというもの。

 

『空っぽの部屋から盗め』The Theft from the Empty Room(1972)

難易度:A 盗みの美技:B 謎解き:B

 なんだかよくわからないまま依頼を引き受ける形になってしまったニックにまずは笑わせられます。ニックが掴んでいる情報は盗む「なにか」があるであろう部屋の所在だけ。現実的かはさておき、手数料を稼ぐべく、下見、調査そして推理と、頭脳をフル稼働させるニックの探偵術が見どころです。どんな困難も乗り越える、信頼できる泥棒だと証明するオチがかっこいい。

 

『くもったフィルムを盗め』The Theft of the Foggy Film(1972)

難易度:C 盗みの美技:C 謎解き:A

 撮影上の不手際で使えなくなってしまった映画のフィルムをいつもの変装でささっと盗み出す簡単なお仕事……だったはずが、とんだ大事件に巻き込まれることとなったニックの奮闘を描く本格ミステリです。ニックを執拗に追っていた刑事ウェストンも再登場し、凶悪事件の解決が必至となったニックがまたもや調査に基づく明晰な推理を披露してくれます。

 

『クリスタルの王冠を盗め』The Theft of the Crystal Crown(1973)

難易度:A 盗みの美技:B 謎解き:A

 イタリアとギリシャの間イオニア海に浮かぶ架空の国家ニュー・イオニアが舞台。衆人環視の中、国家の象徴であるクリスタルの王冠を盗めという難題です。今回のニックはドンパチや流血騒ぎもあって、多少荒っぽいのが特徴。裏切りが連続する終盤の展開と、スケールは小さくても強い説得力がある盗みの背景が秀逸です。

 

『サーカスのポスターを盗め』The Theft of the Circus Poster(1973)

難易度:B 盗みの美技:B 謎解き:A

 前作『クリスタルの王冠~』もそうでしたが、ニックと時に敵対し時に協力関係になるヒロインの存在が、ニックものでは良い味を出しています。ノスタルジックな背景とミスマッチな現代的な犯罪そのものに面白みがあります。ラストの一言もアメリカっぽいというか甘~くて好き。

 

『カッコウ時計を盗め』The Theft of the Cuckoo Clock(1973)

難易度:B 盗みの美技:B 謎解き:A

 警備が厳重なカジノからカッコウ時計を盗むお話。なぜカッコウ時計なんかを盗むのか、というホワイダニットに特化した一作ですが、背景にある事件には一捻り加えられていて、サプライズまで楽しめる作品。その場その場の状況を自分の武器に急造し、機転を利かせて立ち回るニックの冒険を堪能できます。

 

『怪盗ニックを盗め』The Theft of Nick Velvet(1974)

難易度:B 盗みの美技:B 謎解き:B

 悪党たちに挟まれ、苦境から抜け出すためだけに全能力を注いで藻掻くニックの奮闘が見どころです。悪党との命のやりとりや、少し苦いラストなどサスペンス/ハードボイルド色も感じられる一作。

 

『将軍のゴミを盗め』The Theft of the General’s Trash(1974)

難易度:A 盗みの美技:A 謎解き:A グロリア:S

 謎の性質、盗みの手法、解決、物語の帰結、どれをとっても収まるところに収まったと思える良質な一作。特に10年来のつきあいになるニックの愛する彼女グロリアがまぶしいです。シリーズが始まった当初はただの形だけのようなキャラクターかと思っていましたが、ここまで愛らしく感じるとは思っていませんでした。犯罪は犯罪ですが、ニックが彼女のことを愛していることも感じられる温かい一編です。

 

『石のワシ像を盗め』The Theft of the Leagal Eagle(1974)

難易度:B 盗みの美技:C 謎解き:B

 「価値のないもの」という条件を曲げてまで引き受けた巨大なワシの石像盗難依頼。どこか古典ミステリも彷彿とさせる話の展開が楽しいです。前作『将軍のゴミ~』とうってかわって、フワッと軽い軟派なニックもほほえましく感じられます。

 

『バーミューダ・ペニーを盗め』The Theft of the Bermuda Penny(1975)

難易度:X 盗みの美技:C 謎解き:B

 骨子はただの表記上の価値しかない1ペニーを盗むお話なのですが、そこに「高速道路を走行中の車から忽然と消え失せる」話や曲者のギャンブラーが登場し物語をかき乱します。前者の謎については、まあよくできたとはお世辞にも言えませんが、全体的に漂う奇術的な、いかさまっぽい雰囲気はよくできています。

 

『ヴェニスの窓を盗め』The Theft of the Venetian Window(1975)

難易度:B 盗みの美技:B 謎解き:A

 今回の案件は、並行世界を信じる男からの並行世界を行き来する窓の盗難依頼です。なんとも眉唾な話ですが、並行世界が実在するかもしれないと思わせるシチュエーションで事件が起こり、ニックは窮地に立たされることになります。小さな手がかりも見逃さず犯人を当てるニックの慧眼が冴えていますし、作者ホックの巧妙な手掛かり配置/論理的なプロットも見事で、本書の中ではかなりミステリ色の強めの作品です。

 

『海軍提督の雪を盗め』The Theft of the Admiral’s Snow(1976)

難易度:S 盗みの美技:S 謎解き:A

 スキー場をつくるために他人の山に乗っかった雪を盗むという突拍子もない依頼ですが、ニックは二つ返事で引き受けます。盗む相手はミイラの首を集める海軍提督。盗み自体の難易度も高いのですが、彼の家族がひた隠しにする秘密、という謎もニックの好奇心を刺激します。鮮やかな盗みの手腕はもちろん、ホラーよりのオチが鮮烈な印象を残します。

 

『卵型のかがり玉を盗め』The Theft of the Wooden Egg(1976)

難易度:B 盗みの美技:A 謎解き:B

 手の込んだというかごちゃごちゃした作品ではあります。不可思議な卵型のかがり玉(縫物をするときに生地の下にあてがう道具)を巡る三姉妹とニック、そして謎のホテル泥棒マナックの三つ巴のドタバタ劇が見ものです。

 

『シャーロック・ホームズのスリッパを盗め』The Theft of the Sherlockian Slipper(1977)

難易度:C 盗みの美技:C 謎解き:B ドラマチック:S

 物語の舞台があのライヘンバッハの滝であることからもわかるように、ロマンあふれる作品でした。一方でニックの「泥棒稼業」としては、物足りません。ただ、それこそ聖典を彷彿とさせるような展開もありますし、なんといっても解決後のニックの行動にまで思いを巡らせたくなるワクワクする短編ではあります。

 

『何も盗むな』The Theft of Nothing At All(1977)

難易度:A 盗みの美技:A 謎解き:B

 手の込んだ犯罪のにおいがプンプンします。何も盗まなければ二万ドル、という高額報酬に飛びついたニックですが、逆に「何も盗まないで」通常の二万ドルの手数料をもらう現況にイライラしてくるのが笑えます。好奇心に駆られ、調査を始めたニックは、案の定「盗んで欲しい側」と「盗まれたくない側」の双方に挟まれる状況に陥ります。相反する勢力の中で巧妙かつ機敏に立ち回るニックを堪能しましょう。ピリッと皮肉がきいたオチまで抜け目ない秀作です。

 

おわりに

 比べるもんでもないですけど、エドワード・D・ホックに初めて触れた前作『怪盗ニック全仕事1』の方が衝撃というか、ミステリとしてのサプライズの大きさもすごかったような気がしています。シンプルに物を盗み出す過程や結末に焦点をあてるのではなく、変化球的な作品も多かったのが印象が変わった一因かもしれません。

 本書ベストはシリーズものの醍醐味がある『将軍のゴミを盗め』、背筋をぞくっとさせるオチが見事な『海軍提督の雪を盗め』ミステリ色の強い『くもったフィルムを盗め』あたりでしょうか。

 大小はありますが、全ての作品にちゃんとサプライズがあり、感想では語りきれていないユーモラスなエピソードが詰まっているので、どれを呼んでもオススメと言えるバランスの良さがあります。シリーズものなので前作『怪盗ニック全仕事1』からぜひ読んでみてください。

では!