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『クイーンの定員Ⅰ』エラリー・クイーン【感想】これであなたも一人前

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 本書を読んで、ようやく、一人前の海外ミステリファンになれた気がしています。『クイーンの定員』は、1845年以降に刊行された最も重要な短編推理小説106作が収められたアンソロジーです。編者は、海外ミステリ黄金期を代表する作家エラリー・クイーン

 そして、彼ら(というのもクイーンはダネイとリーの二人で一人)が編纂するにあたって重要視した三つの要素がこちらです。

  1. 歴史的重要性
  2. 文学的価値
  3. 稀覯本としての希求度

 

 3つ目の希求度については、なかなか現代の日本の読者が感じ取ることが難しい要素ですが、1の歴史的重要性を測るには、やはり作家クイーンが生きた1900年代の海外ミステリを一定数読んでおかなければならないでしょう。さらには1800年代のポーからコナン・ドイル、モーリス・ルブランが活躍した時代にも触れておかなければなりません。これらの作品全てとは言えなくても、1800~1940年代の作品を300冊弱読んだ今なら、本書『クイーンの定員Ⅰ』くらいサラリと読むことができるだろう……と思っていましたが、その考えが甘かった

 本書の、収録作は1747(!)~1899年ということで、ミステリの奥深さを実感するとともに、勉強不足も痛感しました。名前は聞いたことがあるけど、まさかミステリを書いていたなんて!みたいな作家も沢山いて、これからの選書にも役立ちそうです。

 

各話感想

 

黎明期

『王妃の犬と国王の馬』(1747)ヴォルテール『ザディグ』より

 クイーンによると本作は、探偵小説の曽祖父らしいです。ヴォルテールには哲学者のイメージが強かったのですが、本作のような寓意性のある小説も書いていたとは驚きでした

 Wikipediaを見るとヴォルテールという名前自体も彼の本名のアナグラムだったようで、生来、暗号や謎解きに関心が深かったのかもしれません。

 本作が収録された『ザディグ(またはザディーグ)』は、バビロン(現在のイラク周辺)の哲学者ザディグの一生を“運命”というテーマで書いた作品です。あらすじを調べてみると、あきらかに哲学小説の色合いが濃そうですが、中には殺人を扱った(それも倒叙っぽい?)ものもあるようです。邦訳化もされているので、いつか読んでみようと思います。

 

 肝心の本作『王妃の犬と国王の馬』の中身ですが、見もせず聞いたことも無い事象を僅かな手がかりから洞察し推察するザディグの明晰ぶりが注目に値します。ホームズやデュパンの祖先と呼ばれるのも納得です。

 

カンディード 他五篇 (岩波文庫)

カンディード 他五篇 (岩波文庫)

  • 作者:ヴォルテール
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2005/02/16
  • メディア: 文庫
 

 



 

始祖

『盗まれた手紙』(1845)エドガー・アラン・ポー『物語』より

 物体消失系トリックの始祖は間違いなく本作でしょう。ホームズやルパン作品でもかなり堂々と紹介されていたので、なんとなく読む前から知ってしまっていたほど高名な作品です。

 ポーって推理小説における全部の要素を最初にやっちゃった感もあって、漫画で言うところの手塚治虫みたいな神的な作家、というイメージがあります。本書のトリックもそうですけど、題材しかり『モルグ街の殺人』の密室トリックや『黄金虫』の暗号、史上初の専従探偵デュパンの創造など『クイーンの定員』に名を連ねるべき作家です。

 

モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集II ミステリ編―(新潮文庫)

モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集II ミステリ編―(新潮文庫)

 

 



 

最初の五十年

『人を呪わば』(1859)ウィルキー・コリンズ『ハートの女王』より

 ウィルキー・コリンズと言えば、歴史上初の長編推理小説と呼ばれる『月長石』が有名ですが、本作はその9年も前に書かれています。クイーンによると、本作は推理小説にコメディを導入した初めての作品と目されているようです。パーシヴァル・ワイルド『探偵術教えます』(1947)の原型かのようなポンコツ探偵がとにかく笑えます。

 本作が収録された短編集には、“ハートの女王”とあだ名される一人の少女に恋する3人の少年が、彼女を楽しませようとして話す物語が収録されているようで、それだけでも面白そう。

 また、貧しい針仕事師の女性が殺人犯を追求する、という史上初の女性探偵ものや、『月長石』のキーパーソンの原型となった人物が登場する短編があるなど、歴史的価値が高い作品も多々ありそうです。邦訳化されているものが少ないのがとにかく残念。

 

 

『舞姫』(1862)トマス・B・オルドリッチ『狂乱』より

 オルドリッチという名前から初耳です。本作が収録された『狂乱(原題:Out ofHis Head)』からして、あまり情報がないんですよねえ……。一応頑張って調べてみたところ、主人公ポール・リンドが、魔術や魔法、霊魂、夢想的でクレイジーな発明などに傾倒する様を描く自伝的小説だということはわかりました。

 表題作『舞姫』はその第11~14章にあたる部分で、ポール・リンドが遭遇する殺人事件が骨子です。結構ちゃんとしているというか、事件の描写力や検死審問のリアリティ、謎解きの様式などどこをとっても、黄金時代(1920~)に刊行されても何ら遜色ない出来だと思いました。あとは、もう一つの奇妙味がみなぎる仕掛け。チェスタトンやクリスティなど奇妙味も愛する推理作家に繋がる歴史的な作品に違いありません。

 

 

『世にも名高いキャラヴェラス郡の跳び蛙』(1867)マーク・トウェインによる同名短編集より

 本作は、作家マーク・トウェイン初の短編集の表題作であり、この本の成功により作家として注目されるようになった、記念碑的な一編。

 中身は簡単で、ジム・スマイリーという生粋のギャンブラーのお話なのですが、作中で書かれているとおり“おそろしく長ったらしくてなんの役にも立たないうえに、あげくの果ては腹が立ってくるような昔話”というのが笑いを誘います。また、クイーンの、犯罪をおかす過程を見せる≒倒叙の萌芽という視点が興味深いです。

 

ジム・スマイリーの跳び蛙: マーク・トウェイン傑作選 (新潮文庫)

ジム・スマイリーの跳び蛙: マーク・トウェイン傑作選 (新潮文庫)

 

 



 

『バチニョルの小男』(1876)エミール・ガボリオによる同名短編集より

 エミール・ガボリオは“フランス探偵小説の父”、そしてルコック探偵の生みの親として有名ですが、本作ではパリ警視庁に協力する探偵メシネが主人公、カメラアイという超能力をもつ“わたし”ことゴオドユイルが助手となって殺人事件を捜査します。

 探偵としての才能だけでなく妙策を駆使する技巧派探偵としてメシネのキャラクターは魅力的ですし、A.A.ミルンが創造したアントニー・ギリンガム(『赤い館の秘密』)の先祖とも思しきゴオドユイルの組み合わせも特出しています。ポーが作り出した探偵と助手のスタイルをより一層洗練させ形を整えたという点では、たしかに歴史に残すべき一作でした。

 

バティニョールの爺さん

バティニョールの爺さん

 

 

 

 

『クリーム・パイを持った若い男の話』(1882)ロバート・L・スティーヴンスン『新アラビア夜話』より

 自分の中では、ロバート・L・スティーヴンスンは『宝島』(1883)の人、でした。冒険色が強い、という点で本書を読んでもそのイメージは崩れなかったのですが、幻想的なミステリの生みの親がスティーヴンスンというのは頷けます。

 本作は、ボヘミア(現在のチェコ西部)のフロリゼル王子と腹心のジェラルディーン大佐が「自殺クラブ」という名の秘密結社の会長と戦うお話で、三連作からなる作品『自殺クラブ』の一作目。チェスタトンやホームズが得意とした不可思議で奇妙な設定や巨悪との対立を描いた犯罪小説の先駆者として是非とも体験しておきたい作品です。

 

新アラビア夜話 (光文社古典新訳文庫)

新アラビア夜話 (光文社古典新訳文庫)

 

 



 

ドイルの十年

『赤毛連盟』(1892)アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』より

 赤毛のやつだけが雇われる変な会社のお話です。

 ホームズものの中で特に好きな話というわけではないのですが、この摩訶不思議な謎に対して、奇想天外の解決を用意した手腕だけで読む価値はあります。クイーンをして「世界の傑作の一つ」と評される作品です。うーん、アイデアがかな?

 

 



 

『サミー・スロケットの失踪』(1894)アーサー・モリスン『探偵マーティン・ヒューイット』より

 ホームズの消えた瞬間(1894年『最後の事件』)に、まるで彼の後継者かのように現れた名探偵マーティン・ヒューイットが登場する短編です。

 超個性的な同時代の名探偵たちの中で、逆に平々凡々な探偵だったヒューイットは、クイーン曰くホームズのライヴァルたちの中でも「歳月に最も長く耐えた」と言われています。

 取り扱う題材が、凶悪な殺人事件ではなく“日常に寄り添った犯罪”なのも良かったのかもしれません。『マーチン・ヒューイットの冒険』と題して創元推理文庫から短編集が出ているので、出会えたら手に取ってみたいと思います。

 

マーチン・ヒューイットの事件簿 (創元推理文庫)

マーチン・ヒューイットの事件簿 (創元推理文庫)

 

 



 

『罪の本体』(1896)メルヴィル・D・ポースト『ランドルフ・メイスンの奇妙な企み』より

 キターーーーーーーーーーーーー!めっちゃ読みたかった作品です。ランドルフ・メイスンの“悪徳弁護士”という肩書だけで垂涎もの。

 「当時としてはショッキング」(クイーン評)が納得のドロドロとした悪意の塊のような一作です。のちに世間からの非難でランドルフ・メイスンのキャラクターをライトサイドへと転向させなければならなかったと言われるほど、どす黒いランドルフ・メイスンを是非とも堪能してください。

 法廷ミステリ、また完全犯罪小説としても一読の価値があります。残念なのは、長崎出版の『ランドルフ・メイスンと7つの罪』が絶版状態で他の作品が読めないところです。

 

ランドルフ・メイスンと7つの罪 (海外ミステリGem Collection)

ランドルフ・メイスンと7つの罪 (海外ミステリGem Collection)

 

 



 

『ダイヤのカフスボタン』(1897)グラント・アレン『アフリカの百万長者』より

 グラント・アレン?誰ですか?と思って調べてみたのですが、ピンともきませんでした。

 ただ結構クセのある作家さんだったようで、父親が牧師だったのに無神論者だったり、科学や進化論に傾倒して科学小説やSF小説の先駆者としてあのH.G.ウェルズ(『宇宙戦争』ほか)に大きな影響を与えた作家さんらしいです。

 さらに、グラント・アレンは、『ヒルダ・ウェイド』という作品の最終話直前で死去してしまったのですが、その最終話を書いたのが友人だったアーサー・コナン・ドイル!!ドイルの友人ってだけでこう格が上がるというか、なんか贔屓目に見ちゃいます。

 でその勢いのまんま書きますが、本作も最高です。短編集の主旨は、元蝋人形師で詐欺師のクレイ(粘土?)大佐と彼に毎回騙される大富豪ヴァンドリフト卿の対決ものなのですが、登場人物の誰がクレイ大佐かわからせないキャラクターの描写力に巧さを感じます。洒落たオチの感じも大好きです。論創社からちゃんと短編集が出版されているので、直ぐに探してみようと思います。

 

アフリカの百万長者 (論創海外ミステリ)

アフリカの百万長者 (論創海外ミステリ)

 

 



 

『代理殺人』(1898)M・マクダネル・ボドキン『経験型探偵ポール・ベック』より

 弁護士であり判事であり、という多才なボドキンの代表作が、本作の私立探偵ポール・ベックと、女探偵ドーラ・マールもの。なんとこの二人、後に結婚するようで、子どもも探偵になるらしい!!絶対面白いでしょ。

 本作のミステリの中身は、タイトリングの妙技と探偵の実直さ、法廷ミステリの独特の雰囲気が混然一体となったオーソドックスな一作。とはいえ、トリックには時代を先取りした新鮮さもあり、ドイルが登場してからの十年の中で特に注目すべき作品です。

 

 

『ディキンスン夫人の謎』(1899)ニコラス・カーター『探偵の美しき隣人』より

 スパイ探偵のはしりと言われるニック・カーターが活躍する短編集からの一編です。これ、作家エラリー・クイーン/探偵エラリー・クイーンとも一緒ですよね?もちろんヴァン・ダインの影響が濃かったとは思いますが、色々と刺激されるところは多かったのではないでしょうか。

 肝心の中身ですけど、本書(『クイーンの定員Ⅰ』)に収められた、詐欺を取り扱った曲者ミステリの中ではやや小粒な印象を受けます。短編集を読んでもう少し全体像が掴めればもっと楽しめたのかもしれません。

 

 

『ラッフルズと紫のダイヤ』(1899)E・W・ホーナング『怪盗紳士ラッフルズ』より

 “怪盗紳士ラッフルズ”という響きからして、めちゃくちゃニヤニヤするの何なんでしょうか。同じ怪盗紳士ルパンよりもあか抜けていて、お喋りで、お調子者で、とキャラがたっているのがポイントです。また、ラッフルズの協力者(記録者)でもあるバニーとのバディものとしても優秀です。

 短編集の終盤の作品のタイトルだけ見てみると、どうもロマンチックでセンチな感じになりそうなんですよねえ。こちらも論創社から全作出版されているので、蒐集したいと思います。

 

二人で泥棒を―ラッフルズとバニー (論創海外ミステリ)

二人で泥棒を―ラッフルズとバニー (論創海外ミステリ)

  • 作者:E.W. ホーナング
  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2004/11/01
  • メディア: 単行本
 

 



 

おわりに

 「騙された」というと語弊があるかもしれませんが、本作『クイーンの定員Ⅰ』ってクイーンの言っていた“最初の五十年”とか“ドイルの十年”に選ばれた作品“全部”が収録されているわけではないんですね。実際には選出されていたフィルポッツの短編とか、本物の警官による実話集など、気になる作品があったので少し残念な気持ちになりました。

 が、解説を読むと、ここまで完成されるだけでも並々ならぬ努力と熱意、多くの人々の協力があったようで……。ただただ感謝です。

 

 次の『クイーンの定員Ⅱ』はクリスティやセイヤーズ、チェスタトンなんかも入ってくるらしいので、まだまだ楽しめそうです。

では!

 

クイーンの定員―傑作短編で読むミステリー史 (1) (光文社文庫)

クイーンの定員―傑作短編で読むミステリー史 (1) (光文社文庫)