1942年発表 ミス・マープル2 山本やよい訳 ハヤカワ文庫発行
前作『牧師館の殺人』
次作『動く指』
半年ぶりのクリスティはミス・マープルの第二作。
マープルものの一作目『牧師館の殺人』を読んだのが3年以上も前なので、作品に馴染めるかどうか少々不安でしたが、短編を間にちょいちょい挟んでいたおかげか、比較的すんなり世界観に入り込むことができました。
本書は、まず本編に入る前に作者クリスティによる序文に触れるのですが、コレがいい!
ちゃんと作者と向き合って、どんな思いで書かれたか、事前に知ってから読む楽しさがあります。
まあこれもクリスティが稀代のミステリ作家だと認識されているから許された所業なのでしょう。ポッと出の作者がドヤ顔で序文なんて書こうものなら「ひっこんでろ」と言われそうなものですが、クリスティが書くと、テレビ局の前で芸能人の出待ちをしているファンのようにキャーと歓声を上げたくなるこのミーハーな感じ…
本題に入りましょう。
まず「序文」を読むと、クリスティは本書のテーマをミステリによく登場する“書斎の死体”に設定し、このオーソドックスな題材に変化をつけてアッと驚かす展開を用意していることがわかります。
このメインテーマから外れることなく、本編の開幕からものの数ページで事件が進展するのも、彼女のプレゼン能力の高さを感じます。
同時にあらすじの紹介も省略しましょう。序文を読むだけで、まちがいなく読書欲の増進剤になるはずです。
ミス・マープルは、ポワロみたくエキセントリックな探偵じゃない分、関係者(登場人物)たちのキャラクターが一層ひきたちます。そして、彼らの会話や行動がめちゃくちゃ楽しく面白い。コージーミステリってほど、おちゃらけてもくだけ過ぎることもなく、どちらかと言うと素の人間性がユーモアにつながっているように思えます。
また本作で好きなポイントは、みんながみんな程よく“良い人”なこと。
普通ミステリでは、登場人物たちが皆何らかの秘密を抱え、怪しく見えることで、ミスディレクションとして機能するのですが、本作ではほとんど全員が自分に正直で、善人な感じなのが逆に不気味です。
とはいえ、犯罪自体はクリスティが創造した多くの作品の中でも屈指の残忍で憎むべき事件。
犯人を突き止めるため、自ら取り調べを希望する力の入ったミス・マープルの姿も印象的です。
オーソドックスな題材で書かれ、どちらかと言えば「ありきたり型」な作品ではありますが、シンプルなトリックを極限まで研ぎ澄まし、それを特異なキャラクターたちが歯車となって動かすと、切れ味鋭いミステリに仕上がります。
ありきたりだと高を括って挑むと返り討ちに遭うに違いありません。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
退役大佐の書斎に似つかわしくない死体が登場するが、これだけではクリスティの言う「奇想天外な、人をあっといわせるもの」だとは思えない。
驚愕の真相から逆算すれば、実際に老大佐が犯人で、意外な死体にも論理的な説明がつくことも考えられるが、手がかりはない。
それにマープルに依頼してきた大佐の妻が愛らしすぎる。この一家は犯人であって欲しくない。
ここはシンプルに、誰か(犯人)が事件に巻き込むためにバントリー大佐の書斎に死体を運んだのだろう。
バントリー大佐もしくはバントリー夫人に恨みがある、かつ殺人を犯す動機があった人物を探そう。
しかしマジェスティック・ホテルに舞台を移すと、ジェファースン一家を取り巻く不穏な状況が顔を出す。
死んだルビー・キーンは主人のコンウェイに気に入られており、養子縁組が約束されていた。それを気に入らない一家の面々には動機が十分あるが、義理の娘アデレードも息子マークもこざっぱりとしていて裏表がない。犯人としての素養は満たしているのだが…
中盤に差しかかると、ミス・マープルものの短編集『火曜クラブ』でも登場したサー・ヘンリー・クリザリングがコンウェイの協力者として登場する。
サー・ヘンリーのマープルへの信頼は相変わらずで心地良いし、何の罪もない娘が死んだ第二の事件に対するハーパー警視の熱意と哀しみも胸を打つものがある。熱烈なミステリファンであるアデレードの息子(コンウェイの孫)ピーターも、謎を解く重要そうな手がかりを提供してくれるなど、探偵サイドの演出にも余念がない。
謎解きに戻ると、手がかりである“爪”がよくわからない。死んだルビーらしくないと言えばらしくないのだが、それだけで死体がルビーでなかったと断定はできない。
だが、もし書斎の死体がルビーでなかったとすると、犯人は一択…あとはアリバイ崩しのみ。
推理
ジョゼフィン・ターナー
犯人
ジョゼフィン・ターナー
マーク・ギャスケル
そうか。そうすれが全て説明がつくのね。
もちろん二人の結婚で真相に到達するのですが、あまり関係性があるような描写が多くない気がします。
ただバジル・ブレイクとダイナ・リーの秘密裏の結婚という最低限の手掛かりをちゃんと用意しているのは、さすがクリスティと言うべきでしょうか。
正直、しょっぱなからサラリと書斎の死体が出てきたときは、たしかに雰囲気にそぐわない死体だとは思いましたが、そこまで珍しい設定だとは思いませんでした。
しかし、この時点でクリスティマジックは始まっていたわけです。
一度死体がバジル・ブレイクの関係者(ダイナ・リー)だという仮説を作中で提示しておく(頁34)ことで、次に死体に立候補してくるルビー・キーンの信ぴょう性が増しているのも、叙述的な仕掛けの一つかもしれません。(バカなだけかも)
いつもながら読者を手玉に取るクリスティに脱帽です。
再度序文に戻りますが、クリスティはこの設定(書斎にある死体)を思いついてから数年はほとんど筆が進まなかった、と言っています。それなのにある夏、ある一家を見ただけでここまで想像を飛躍させ、意外な展開を持つミステリを創ってしまうんですから、やっぱりクリスティは天才です。
では!