僕の猫舎

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この絵から何を読み取るか【感想】アガサ・クリスティ『五匹の子豚』

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発表年:1942年

作者:アガサ・クリスティ

シリーズ:エルキュール・ポワロ21

訳者:桑原千恵子

 

前回の記事『書斎の死体』に引き続き、半年ぶりのエルキュール・ポワロは、今まで彼が解決してきた事件とはひと味違う難事件

なんと16年も前に解決してしまった殺人事件の捜査依頼だったのです。事件の性質に興味を持ったポワロが“過去への後退”を始めるまでは良かったのですが、16年という年月のせいで風化してしまった証言の数々からはたして真相へとたどり着けるのか。

 

16年も前の事件ですから、いくらポワロの灰色の脳細胞を駆使したとしても新たな物的証拠が見つかる見込みはほとんど0。

だからこそ関係者たちの証言が大きな手掛かりとなるのですが、これはクリスティの得意分野です。

本文のほとんどを占める彼らの証言の中から、食い違いや証言の空白を探し出す作業が結構楽しくて、400頁という腹にたまる物量もくいくいと消化できてしまいました。

 

肝心のミステリの中身ですが、自分の場合変にクリスティ慣れしてしまっているせいか、「クリスティだったら、こうするだろうな」という事件の筋書き予想が見事当たってしまって、犯人と動機については的中。

とはいえ、真相がぼんやり見えてきて初めて、クリスティが用意した仕掛けの全容が見えてきます。

 

第1部の6章以降、主要な関係者による証言という形で進行するため、ある程度この時点で絞り込みは可能になっていますが、証言そのものに真相が隠されているわけではありません。ここに隠されているのは証言者たちの嘘。それも、知っている事実を隠ぺいするためだけでなく、“自分自身”へつく嘘というのが面白いトコロです。

なので、行間に込められた想いや違和感をしっかりと感じ取ることができれば、ガラリと事件への見方が変わるのが秀逸です。

これが決して犯人当てだけに作用するわけじゃなく、登場人物たちの相関性に影響を及ぼすのが…なんて言うんでしょう…画家が登場するってのも含めて、絵画的って言うんですかねえ…

例えば、世界的に有名な絵画には、隠された秘密やメッセージがあったり、書かれた背景や作者の思いを知ると絵画の見え方が変わる作品が多々あります。それと同じように、(一応伏せ字ここから一瞬で事件の姿形が変わってしまうここまで)という点で、名作『オリエント』や『ナイルに死す』に匹敵するものがあります。

ひとりの鑑賞者として、この絵から何を読み取るか。歴史に残る名画と違い予備知識はいりません。真っ向から純粋な気持ちで挑んで欲しいと思います。

 

また、シェイクスピアをはじめとしたイギリス文学の引用も多用され、ロマンチックな雰囲気が充満しているのもクリスティらしいポイントです。

シリーズ順に読むと20作は読まないといけませんが、過去に遡るという構成上の妙技を除いても、見どころは多いので、根気強く読み進める価値はある一作です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

関係者全員が一つの共通した主題に関した証言を行う、ということで、多数派の意見とそうでないものを選り分けるのが簡単。

一番わかりやすいのは、クレイル夫妻が異常な形だとはいえ愛しあっていた、ということ。

カロリンが夫を愛していた以上、彼女が“毒殺”の犯人だとは思えない。

さらに、彼女が愛する夫の死を「自殺」と言い張るのは、カロリンが犯人を知っていた、もしくは知っていてかばっている可能性を予想できる。

 

第二部の各人の証言を整理して事件を構築してみると、カロリンが庇うのは、彼女が幼少期に傷つけてしまい負い目を感じている妹のアンジェラに他ならない。

アンジェラはアミアスのお酒に毒を入れた前科があり、カロリンが勘違いしたのだとすれば彼女の逮捕後の対応すべてに説明がつく。では本当の犯人は誰なのか。

 

これまた証言に隠された事実を考慮したほうが良いだろう。

フィリップの隠したカロリンへの恋慕が原因なら。アミアスへの友情は全て嘘で殺人の動機になりうる。

フィリップの兄弟メレディスはアミアスの愛人エルサに心惹かれており、フィリップと同じ動機がある。

愛人のエルサだが、もしアミアスが他の女と同様にエルサに飽きてカロリンの元に戻ろうとしていたら?カロリンとアミアスの絆の強さを考えると、エルサが捨てられ憎悪に駆られアミアスを殺したというのも十分頷ける事件。

アンジェラについては先述の通り説明済み。

この中で動機にピンとこないのは家庭教師のセシリアのみ。彼女が犯人なら相当手の込んだ事件だが、ちょっと記述不足か。

ということでここらで。

 

推理 

エルサ・グリヤー

結果

よしよし。クリスティはこういうロマンスの仕掛けがお好き。

さすがにポワロものを20作も読んでいたら、ある程度登場人物の相関にも疑いをかける習慣がつきます。

本作も、クレイル夫妻の関係と、その他の登場人物たちの嘘を見比べるとカロリン・アミアス・犯人で構成される三角関係が浮かんできます。

毒殺といえば女性という先入観と、エルサの強い独占欲・執着心が表す人物像、そして、第一部序盤のエルサ評“獰猛なジュリエット”が印象に残っています。

 

 

 

  ネタバレ終わり

謎解きの部分では、多少難易度は低めでも、解決を経て訪れる独特の余韻も魅力のひとつです。殺人という事象が救いになるのかならないのか。殺人を絶対に許さないポワロの強い態度と、それに対比するかのような慈愛に満ちた姿勢にも注目してほしいと思います。

では!