僕の猫舎

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歴史のお勉強【感想】ジョン・ディクスン・カー『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』

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発表年:1936年

作者:ジョン・ディクスン・カー

シリーズ:歴史ミステリ

訳者:岡照雄

 

歴史ミステリにチャンレンジするのは、ポール・ドハティー『毒杯の囀り』に続いて僅か2回目。しかも今回は同じ歴史ミステリでもちと違います。

『毒杯の囀り』は1377年のロンドンを舞台にし、登場人物も歴史上実在した人物ですが、事件自体はオリジナル。一方本書は1678年に実際に起こった怪事件を題材にしています。

 

前者は、中世という舞台を借りた演劇のようなもので、魅力的な中世の雰囲気を味わいながら、オリジナリティある脚本を純粋に楽しむことができました。

しかし後者は、綿密な調査をもとにした細緻な歴史書であり、歴史の空白を埋める一個人の論文でもあり、事実だとされている情報をもとに、プロのミステリー作家が難解な謎に果敢に挑んだ挑戦の記録です。

だからこそ、本書のボリュームも、迸る熱量も、迫力も他の長編ミステリとは格段に違います。改めて、挫折せず読破した自分を褒めたいくらい。

 

では

あらすじ

1678年10月12日土曜日、サー・エドマンド・ゴドフリー卿が自宅を出たきり行方不明となり、五日後紛れもない奸計の痕跡が残った死体となって発見された。宮廷で渦巻く陰謀の影、カトリックとプロテスタントとの血生臭い争いが起こった動乱の十七世紀に、ゴドフリー卿の身に何が起こったのか。

何が起こったんでしょうか。

 

登場人物だけでもコレ↓ですから。

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もう1ぺージあります

 

読み終わった今、記憶に残っている登場人物はわずか数人…とにかく読むだけでも一苦労でした。

 

殺人愛好倶楽部会員のための幕間」と題された中盤まで、ひたすら事件の背景や、登場人物の紹介にページが費やされます。

たぶん学生時代に世界史の授業をしっかり聞いていれば、よく理解できたんだろう重要そうなキーワードがばしばし飛び出すので、まずは後学のためにも、ちょっとだけ歴史的背景を整理しておきたいと思います。

 

えー…まずは宗教革命ってのがあってですねえ…………えー…ルターが…あのお95箇条のアレを出したら教会が激おこで…(やばいぞ、アホがばれるぞ)

 

 

参考にしたのはコレ、古いか新しいのかもわからんけど…まあ理解を深めるのには助かりました。

 

宗教改革

まずヨーロッパの歴史ってのは宗教の歴史でもあります。つまりはキリスト教の歴史です。そして本事件が起こった17世紀を理解するには、15世紀に話をさかのぼる必要があります。

 

先ずは、ドイツの神学者ルターが教会(カトリック)へ異を唱えたのが発端。教会が販売する贖宥状(免罪符)という制度への反発です。

民衆が、戦争や飢饉、疫病で苦しみ、宗教に救いを見出そうともがく中、教会は、裕福な人間から金を集めることに執着をしています。民衆たちの教会への信頼は薄れ、宗教への関心もなくなっていきました。

そこでルターの登場です。「そんなのおかしいよ。罪の赦しってのは信仰によってのみ与えられるよ。いくらお金を積んだって意味ないよ」と言ったのです。

この教えに便乗し、教会が溜め込んだ金を奪い取ろうと、ヨーロッパ各地で宗教改革という名の戦争が勃発します。(プロテスタントの発足)

ルターの放った火矢は、ツヴィングリ、カルヴァンなどの宗教家によってスイス、イタリア、スペインそしてイングランドへと広められます。

 

イングランドの宗教改革

ヘンリー8世が離婚したいがためにカトリックから分離(カトリックの教義では原則離婚はできない)したり、その後即位したエリザベス一世がイングランド国教会(以下、国教会)を支持することでイングランドの宗教改革は進んでいきます。

 

しかし、宗教に対立はつきもの。

国教会に反対する清教徒(ピューリタン≒プロテスタント)による反体制活動が激化します。

一方カトリックは、プロテスタントの脅威に直面し、自らの教義の再定義を余儀なくされます。その結果生まれ、広まったのが、ザビエルで有名なイエズス会(本書登場のジェズイット派がそれ)です。

 

二つの勢力の衝突は、クロムウェル率いる清教徒軍の勝利に終わり、国教会は一時弱体化、本書登場のチャールズ2世の父チャールズ1世は処刑され、「君主ではない政体」であるイングランド共和国が誕生します。

しかしクロムウェルの死後、強力なリーダーを失った清教徒も勢いを失い、亡命していたチャールズ2世が王政復古を宣言することで再びイングランドの君主制が始まります。

 

これが1660年のお話なので、ここまでくれば、ようやく本書の舞台に追いつけるはずです。

チャールズ2世による王政が復古したとはいえ、風当りはまだまだカトリックに厳しく、国民の反カトリック感情は激烈なものでした。

ロンドン大火やペストの大流行など、国政状況は悪化をたどり、国民の王室への反感も増加しています。

その思いを後ろ盾に、シャフツベリー伯率いるホイッグ党と王権を尊重するトーリー党の対立が深まっているのがちょうど本書の背景です。

これが今世界中で多く見られる二大政党制の興りともいわれています。

 

そして、その争いに巻き込まれるようにして不審な死を遂げたのがサー・エドマンド・ゴドフリー卿。はたして彼の死の原因は、カトリック派の陰謀なのか、シャフツベリー一派の計画の内なのか、それとも狂人の仕業?

 

 

とにもかくにも、まずはカーが用意してくれた仮説が紹介される頁202まで辛抱強く読みましょう。そこまで読めれば、あとは勢いが付くはずです。

後半は、胸のむかつきを覚える裁判の描写がほとんどを占めますが、不思議としんどくありません。

むしろ、ここまでくると、この犯罪の影にどんな真実が隠されているのか、カーがどんな回答を提示してくれるのか知りたくてたまらなくなります。

 

頁434以降の解決編では、今までの仮説を一つひとつ検証し、唯一無二の答えを提示してくれるのですが、それがちゃんとフェアプレイ精神を尊重した答えなのには感服します。

膨大な情報量と馴染みのないストーリーということもあって、読者による謎解きという点では、到底勝ち目はないものの、カーの歴史ミステリ作家としての側面を堪能する目的で読むには十分すぎるほどの力作です。

 

もちろんミステリ初心者向きではありません。

 

というか、17世紀のイングランドやフランスの情勢・歴史を勉強できる、優れたテキストって感じでした。歴史書なら手が出ないんですが、ミステリだったからなんとか読めた気も…

 

序文でもあるように、カーが王党派に贔屓すぎるように感じる記述も多いので、100%正しい歴史か定かではありませんが、魅力的な17世紀の一面を垣間見ることができる、貴重な作品には違いありません。

 

では!