毒杯の囀り【感想】ポール・ドハティー

本作はイギリスの推理小説作家ポール・ドハティーによってかかれた歴史ミステリです。

 

 

ポール・ドハティーは、大学で歴史学の博士号を取得し、その後も歴史教師として働いた経験を生かし、数々の歴史ミステリを世に送り出しています。中には、エジプトミステリだとかアレクサンダーミステリ、古代ローマミステリなんかもあったりするので、歴史好きには垂涎ものかもしれません。

 


本作の舞台は14世紀後半のイングランドで、探偵役は、星を愛する修道士アセルスタン。彼は検死官ジョン・クラストン卿の書記を務めながら、数々の難事件に直面します。

14世紀後半のイングランドを表現するために執拗に用いられる下品な描写には、かなり不快感を覚えますが、アセルスタンとクランストン卿の凸凹コンビがそれらを多少なりとも緩和してくれています。

 

本作は歴史ミステリということで、当時のイングランドの歴史について最低限の知識が必要だったのかもしれませんが、私は皆無でした。フランスとイングランドの百年戦争については、聞いたことがある程度で、エドワード黒太子も名前だけ知っているくらいの疎いものです。しかし、時代背景については、本書の序章でサラッと触れらており、予備知識なしでも十分本作は楽しめると思います。またこの序章でスリリングに描かれる事件の発端もどこか不気味で興味がそそられるでしょう。

 


物語は、冒頭で貿易商のトーマス・スプリンガル卿に降りかかる災難を発端に、トーマス卿が日ごろ呟いていた謎の言葉や、背後に蠢く秘密結社の存在、そして次々に非業の死を遂げる登場人物たち、と多岐にわたります。

アセルスタンとクランストンは、各々の視点で、時には喧嘩をしながら、それら魅力的な謎の数々に挑んでいくのですが、この二人の調査が実に面白い。

犯罪者の巣窟のような不気味な路地裏に潜入したり、一癖も二癖もある獄長との交渉の末、監獄に囚われた情報屋に情報を聞き出しに行ったり、堂々と敵地に乗り込み刺客を放たれたり、と物語の中を縦横無尽に所狭しと駆け回り、難題にぶつかりながらも少しずつ真相に迫ってゆくのです。

 

謎以上に魅力的なのはアセルスタンとクランストン二人のキャラクターです。謎の解明のために、アセルスタンは居酒屋でクランストンと論議し、時には一人で実地調査を行い、時には教会で星を見ながら瞑想し、いろんな顔を見せてくれます。彼が修道士になった暗い過去、同じく一見ただの酒飲みで女好きのクランストンが抱える闇も、物語に絶妙に絡みながら進んでいきます。そして、ここまで軽妙なテンポで、緻密に計算されたプロットで描かれる二人の捜査は、解決編に突入すると、ガラリと様相が変わります。

 

関係者が一同に会し、さらに、序章でサラッと紹介された、若干10歳の現国王エドワード2世や野心滾らせる叔父のゴーント公までもが集められ、謎解きが始まると、勢いはぐんと増し、スリリングで興奮を誘う展開となります。

肝心の犯人については、関係者が減っていく中で自然と絞られてしまうため、意外性は少ないでしょう。トリックについてもダイイングメッセージや謎めいた言葉が多いため、どれか一つに気付いたら真相は目の前です。

 

歴史ミステリは、SFとは違い、史実に基づいているとはいえ、ほとんどが空想上の出来事を文章化するため、決してリアリティがあるように見せることは簡単ではありません。よって、どことなく非現実的な雰囲気が漂い、読んでいて違和感を感じそうなものですが、本作ではそれがあまりありません。

たぶん、人間味溢れ身近に感じる登場人物たちのおかげでしょう。

 

毒杯の囀り (創元推理文庫)

毒杯の囀り (創元推理文庫)

 

では!