1938年発表 ヘンリ・メリヴェール卿7 高沢治訳 創元推理文庫発行
前作『孔雀の羽根』
次作『五つの箱の死』
今年最後の海外ミステリ感想記事になりそうです。でも最後に、本作を紹介できるのは嬉しかったりして…
というのも海外ミステリ界に燦然と輝く傑作長編らしいじゃないですか。
この本を読むためにこの半年は頑張ってきたと言っても過言じゃありません。そもそも本作は、多くのミステリ好事家の評価も高い。
例えば、江戸川乱歩大先生のベスト作品6作のうちの一角に挙げられたり、東西ミステリーベスト100(2012)でも44位と大健闘。
自分の中では『火刑法廷』に次ぐカーの傑作というイメージでした。
粗あらすじ
金城鉄壁の密室で見つかったのは、一人の紳士と矢が刺さった死体。当然の如く逮捕されたその紳士の弁護を引き受けたのは、ヘンリ・メリヴェール卿だった。敗訴必至の裁判にもかかわらず、無罪を確信するH・M卿の描いた犯罪の真実とは。
あらすじからもわかるように、本作は純粋な法廷ミステリになっているということに注目してください。
舞台が法廷、つまりは物語が裁判の進行に倣って進むことで、物語の柱が、はたして"被告人に犯行か可能であったかどうか?"という論点にのみ集中されているのが秀逸です。
ミステリにお決まりの、犯人はだれか、どんなトリックか、といった要素から少しピントがズレています。
陪審員を始め裁判長、聴衆さらには読者に向けて、表に見えている物証・状況の裏を懇切丁寧に指摘することで、被告人が犯人ではない可能性を徐々に高めていくところに本作の魅力は詰まっています。
そしてもう一つの優れたポイントは、やはり珠玉の密室トリックでしょう。どんなトリックか、決して物語の中心ではないとはいえ、タイトルにもなっている『ユダの窓』について触れないわけにはいきません。
正直、唯一無二のトリックだとは思いますが、付け入る隙がないか、想定外かというとそうでもありません。予定調和的な、そうだろうね、という安心感すら覚えたり…
それでもなお珠玉のトリックだと言えるのは、解決までのプロセスがとにかく素晴らしい。
徹底的に部屋中の穴という穴をふさぎ、可能性を排除した上で
頁96 犯人はユダの窓から出入りしたんじゃ
ですからねえ…
しかも、いざトリックが明かされる瞬間というのは、物語も佳境に入った最終盤のたった3~4頁のみ。
ここに至るまで、事細かに“起こったと思われること”をイチから立証し、その立証の必要性を訴えかけることで、一級品のトリックを使っているとはいえ、トリックありきではないミステリに仕上がっているのが凄いところ。
たしかに本作は、基本的には純粋なハウダニット(どうやって行ったか、本作における密室トリック)だと言えますが、物語は解決までの推理のプロセスに大半を割かれています。
くどいようですが、本当は何が起こったのかを解明することが、密室トリックの解明と同等若しくはそれ以上に必要不可欠であることが常に強調されており、純粋という言葉では足りないくらいハウダニットの極致と言って良いミステリだと思います。
※法廷(=すべてを立証しなければならない)という舞台がそもそもハウダニットと抜群にあっているように思えます。
とにかく、この最終盤まで「裁判」という四面楚歌の独特の空気の中、H・M卿の堂々たる貫録と弁論だけでも読ませるものがあります。
そのための撒き餌として「ユダの窓」が機能していると言っても過言はありません。
尋問者によって引き出される証言は、それが訴追者側からか弁護側からかによって敵にも味方にもコロコロ変わります。
序盤で登場した訴追者側の証人が、後半は弁護側で有利は証言をするなど、物語の起伏の激しさもあって読み応えは十分。
さらに、崖っぷちまで追い詰められたところからの見事な逆転劇からは、いつもの探偵VS犯人という構図では決して味わえない緊張感と高揚感を味わえます。
ミステリファン必読の傑作であると同時に、ハウダニットの最高峰としても何度読んでも(トリックを知って尚)楽しめる長編ミステリです。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
さてさて、ミステリに抉れているせいか、物語の前提すら怪しんでしまう。
はたして被告人ジェームズ・アンズウェルは本当に無罪なのか。
とはいえ、密室が核なのだから無罪で当然か…
まず、プロローグでジェームズ視点の物語が語られるが、彼が薬を盛られたのは間違いがない。
しかも、いざ薬を飲んで倒れる瞬間のエイヴォリーの台詞としては、
頁22 気でも狂ったか?
これは大根。
エイヴォリー自身がジェームズに毒を持った可能性は大きい。
なので、ジェームズを殺そう?とエイヴォリーと犯人が画策したが、犯人はその状況を逆に利用しエイヴォリーを殺害した、これが大筋だろう。
しかし、何故ジェームズに毒を盛ったかがわからない。
そうこうしているうちに、ジェームズのいとこレジナルドがエイヴォリーの娘を脅迫していたことが判明し、エイヴォリーはジェームズとレジナルドを間違って毒を盛ったことが判る。
俄然レジナルドが怪しく見えるが、はたしてエイヴォリーを殺すほどか?と考えると、金鉱を自ら捨て去るだけで、メリットは少ない。
やはり謎の共犯者だろう。
一度密室トリックの方に目を向けてみる。
初めにぼんやりと浮かんだのは、鍵穴というワード。
とはいえ、差し錠しかなく、本当に穴はないらしい。
しかし、殺害に使用された矢がクロスボウから発射された可能性が浮上し、H・M卿もそれを完全に支持しているところを見ると、やっぱりどこかから射出されたことは疑う余地が無い。
じゃあどこから?って聞かれると全く想像もつかないんだが。
後半H・M卿お手製の事件当夜の時間表が出てきたが、こういうの大好物。
というか自分で作る手間が省けるので。
この時間表だけ見ても、カーはよく事件を練っているなと感じさせられるし、行き当たりばったりじゃなく「計画性がある」という点もこの事件に共通するところがある。
誰だエイヴォリーの協力者は。
というか、動機の点を考慮するのを忘れていた。
ジェームズに動機が無く、無罪だとすると、エイヴォリーを殺す動機があったのは誰か。
遺産は全てエミリー(とその未来の子ども)に残されることから、単純に考えてエミリーには動機があるが、それならジェームズの弁護を頼んだりしない。
未来の子ども…?
すでにお腹の中に子どもがいる?
子どもの父親がその発覚を恐れたか?
いや、そんな可能性は示唆されていないし、エミリーがその事実をH・M卿に隠しているとは思えない。
クロスボウから射られたということは、隣人のフレミングも怪しい。何か不正をはたらいてそれがエイヴォリーに発覚したか、それとも積年の恨みか、エミリーへの恋慕か。
…全てが可能性としては弱い。
あと思いついたのは、他にジェームズと会ったエイヴォリーが本物のエイヴォリーじゃなかった、とか偽エイヴォリーと執事ダイアーの共犯、だとか妄想は膨らむが、根拠は無くトリックも思い浮かばない。
降参。
予想
フレミングorダイアーorエミリー(お恥ずかしい…)
とにかく複数人の共犯での計画。
エイヴォリーの弟スペンサーの事件への絡み方は全くわからない。
密室トリックはとにかくどこかから撃った(陳謝)
結果
惨敗。
ドアノブの穴ねえ…たしかに開いてますね。
まあ解説や多くの読者が指摘しているように、実現性という点では疑問符が付くところもあると思います。
なので、これ、毒矢でも良かったなあとも思いつつ。外部から射られてるのが前提なわけで、ピストルをジェームズのポケットに入れるなら、保険的な意味合いで毒を入れておくのも一つの手。
唯一残念というか個人的なマイナスポイントは、余韻が短かったこと。
長編ミステリには独特の長く深い余韻を持つ作品がたまにあります。
例えば『ナイン・テイラーズ』とか『俳優パズル』とか(個人差がございます)。
結末部への前フリが巧妙だったり、種明かしの演出の妙技のおかげで、本を閉じても尚その衝撃にめまいするような、強く重い余韻。
それが本作ではあまり感じられませんでした。
やはり犯人の影の薄さ、フーにおける手がかりの少なさ(あるにはあるんですが)が原因かもしれません。
思い返してみると、今回H・M卿は弁護士として、被告人を無罪にするのはもちろん、何が起こったか真実を暴き、さらにはレジナルドにも法による裁きを下さなければならない、という多くの任務を、同時に遂行しなければなりませんでした。
だからこそ、いつものやり過ぎ感が抑えられ、今までの中で一番優等生・エリートっぽい作品になってしまったのかもしれません。
最後に少し落としてしまいましたが、法の番人たちによって美しいロジックが組み立てられる中盤と、トリック解明までの怒涛の終盤はとにかく圧巻。
次々にH・Mが召喚する強固な証拠の数々には、もうやめて、とっくに法務長官のライフはゼロよ。とタオルを投げたくなるほど。
この容赦なさとH・M卿の相性も良く、全編通じて楽しめるエリートミステリでした。
では!